Lunge ~差し伸べる手~
私は奴隷に成り下がってしまった。
ただ村で平穏に暮らしていたのに、ある日突然に私の日常は奪われた。
やりたくもないことを押し付けられ、強制され、時には暴力を振るわれて...
尊厳も奪われ、生きていくことすら嫌になりかけた。
「おい、こっちにこいって言ってんだ!聞こえねぇのかこのクズ!」
私の雇い主を豪語するこの男は私の腹部を蹴ってきた
もう、声も枯らしてしまった、悲しくもないし痛みも鈍ってきている
でも、身体は素直だから吐血もする。
全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部
---魔法が使えないからというただそれだけの理由で---
「おい、旦那ぁ!居るんでしょう?出てきてくだせぇよ!」
鎖もつけられない、私では解除できない魔法で私は縛られている。
忌々しいこの魔法は私が命令に背くたびに体中の内臓に鈍い痛みを与える。
「連れてきやしたぜ!旦那が欲しがってたっていうこの女!」
「ご苦労、バルーダ君。報酬はこれでいいかな?」
あぁ、この男以外にまた契約されるのか。
最初はいつかきっと良い人に巡り合えたら、もしくは一瞬魔法が解除された瞬間に逃げ出せればと何度も考えていた。
「十分ですぜぇ旦那!いい取引でさぁ。それじゃ解除するんでパパっと契約してくだせぇ。」
魔法は使えなくとも束縛が解かれたことはわかる。
この怪しげな小屋からは逃げられない、でも私の瞳に人の姿が映った。
窓に映るその人はこの男よりも体格が大きく、なんと言えばいいのか筋肉質な体系をしていた。
枯らした声を振り絞ってみようかと思った。焦燥感はわたしを邪魔した。
「お願い!助けて!」
「旦那!!!」
慌てた男たちが私を取り押さえる、きっとこいつも私を飼いならしたと思ったに違いない。
窓に映る男は一瞬私を見ると、すぐさまその場から消えてしまった...
「そ、そんな」
「ギャハハハハ、バカなやつだ!冷静に考えりゃ!こいつを助けになんざ来るやついねぇっての!」
男がしゃべり終え、次の契約者が喋ろうとした時にノックの音が聞こえた。
「すみません、何か私に言いましたか?」
ノックが終わると先ほど見た大柄な男が私の眼前に現れた。
「あぁ!?なんだテメェ!?殺されてぇのか!!!」
「まぁまぁバルーダ君、やめたまえよ。すみませんね、おそらく聞き違いではないでしょうか?私はヤゲフ、しがない商人をやっているものです。」
ヤゲフと名乗る男がごまかそうとしている。
いや......
そうだ、奴隷制なんてよくある話、いま私が売られている光景だってこの人にとっては何の価値もない...それでも...それでも
「お願い、助けて!お願いよ!!!」
なんでわたし、こんなに懇願しているんだろう
「黙れ!このクソアマ!」
間髪入れずに私の腹部を蹴り上げてきた
この痛みにも慣れたはずなのに、それでも今は痛い...
「ははは、すみません今取り込み中でして、先ほども申しましたがおそらく聞き間違いではないでしょうか?」
「なるほど、助けてと言ったのか。」
「正気ですか?」
もう...声が出せない...意識も遠のく...
「すみません、発言をしてもよろしいでしょうか。」
「アァン!?んだと!今取り込み中だって!!!!」
薄れゆく視界の目に映るのは、無数の骨に刺さったバルーダ。
何が起きたのかはわからない。何をしたのかもわからない。
「あ、あんた詠唱者だったのか!!!」
「発言してもいいかと聞いたのだ、質問の答えになっていないぞ。」
ヤゲフは惨状を目の当たりにしてこくりと頷いているのが見える。
「女、すまない。助ける必要性が理解できないのだ。奇病でな、感情を失っている。判断もできないほどにだ。」
聞こえた、確かに聞こえてしまった。
聞こえたくなかった冷たい一言が...
「あぁ...うぅ...あが...ゲホッ...ゲホッ」
口から血がこぼれてうまく喋れない
そ、それでもまだ私は...
片膝を前に、片膝はもう動かない
「ランジか?」
男とが何を言ったのか、言っているのか理解できない
「隙ありですよ!」
ヤゲフは無詠唱呪文を唱えてた。
私の契約が...
「あぎゃぁ!?」
再び目に映ったのはバルーダとは違った、まるで臓器を丸出しにしたヤゲフの姿だった。
「そうか、鍛えていたのか。」
その男は私の目の前から消え去っていく...
「俺も鍛えている。だが、ここでは施設が悪いようだな。」
もう、言葉が聞こえ...な...
「連れて行ってやろう」
男に抱えられ私の意識は薄れていった...