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今朝は体調が優れなかったものだから

作者: M川

 今朝は体調が優れなかったものだから、大事をとって仕事を休ませてもらうことにした。会社の扱いとしては、有給ということになる。有給なんて、こんなことでもなければなかなか使えないので、考えようによっては良い機会だったのかもしれない。今日はゆっくり休むとしよう。

 しかし頭が痛くてどうにもゆっくり眠れない。鼻の奥もぐずぐずとむず痒い。クシャミが出そうで出ないような、そんな中途半端な不快感がずっと続いている。風邪だろうか。ここ最近の暑さゆえ、ダラシノナイ眠り方をしていたのだが、それ祟ったのだろうか。

 病院に行こうか。しかし、保険証はどこに仕舞っただろうか。思い出せない。探すのも億劫だ。

 置き薬は、たしか、切らしていたか。

 しかたがない。近所の薬局で風邪薬を買って済ませようか。

 申し訳程度に腹にかけていた毛布をのけると、ひやりとした空気が寝巻越しに肌を撫でた。思わず身震いする。もう夏も終わりか。フラフラと屍食鬼のような足取りで洗面所へ向かう。頭の中がズッシリと重い。宿酔いのごとき鈍痛である。

 ジャブジャブと顔を洗う。上げた顔を鏡に映してみる。ビショビショに濡れた、無様な男が、そこに、いた。これが私か。まったく、忌々しい。

 寝巻を脱ぎ捨て、外出着に着替える。生乾きのシャツが肌にまとわりついて気分が悪くなる。

 外に出ると曇天。いまにもすすり泣きだしそうな空であった。

 傘は持っていった方が良いだろうか、としばし逡巡するが、なにすぐに戻ってくるのだから、と、手ぶらで行くことにした。傘というやつはどうにも好きになれない。水滴を防ぐことしか能がないくせに、奴を携帯することで片手は独占されてしまう。道具として明らかに図々しいのだ。

 薬局は商店街にある。商店街までは、私の家から3分ほどで到着する。買い物には大して時間を取らないだろう。往復を考えて、10分もあれば、帰ってこれるはずだ。それまで雨よ、どうか降らないでくれ。

 果たして薬局にたどり着くまで空は泣きださなかった。

 湿った空気の匂いが妙に懐かしく感じた。

 休日でもないのに、こんな朝から商店街を歩くなどと、考えてみればなかなか無かった機会である。

 シミの浮いた電灯が幽かに明滅する店内に足を運ぶ。鼻につく薬の匂いが、私は嫌いではない。

 風邪薬の棚を探す。漢方薬が良いとは聞いたことがある。副作用の心配が無いらしいのだ。

 陳列してある小箱をあれこれと手に取ってみる。熱はあまりないようだから、解熱作用はともかく、頭痛と鼻炎に効くやつがいい。いくつかの候補から絞り込み、目的の品を定めた。よし、これにしよう。

 会計に持っていこうとして、ふと思う。

 そういえば、かゆみ止めの軟膏を切らしていた。

 私はどうも肌が弱いらしく、ことあるごとにかぶれてしまう。もうじき蚊の季節は終わるが、ダニの被害には年中あっている。折角の休日、布団を干したいのだが、あいにくの曇天である。

 かゆみ止めのチューブ入り軟膏を見つける。これはいつも買っているものなので、逡巡する余地はない。

 さて、買物は終わりでも良いのだが、どうするか。どうせだから、不足しているものをまとめて買っておくのも良いかもしれない。

 何か必要なものはないだろうか、と考えてみる。

 そうだ、そういえば最近、眼が疲れることが多い。目薬を買っておこう。

 絆創膏も残り少なくなっていたはずだ。必要な時に切らしていて、アタフタした経験が何度かある。買い足しておくべきか。

 先日道路の段差で躓いて転んで以来、どうも左の腿の付け根、骨と骨の繋ぎ目に違和感がある。湿布薬も買っておいた方が良いかもしれない。

 半年前から下の歯茎のあたりが盛り上がり始めて、つい先月、鋭い牙が生えてきた。そこから毒液が滴るものだから口の中が荒れて仕方がない。何か良い歯磨き粉はないだろうか。

 いつからだか覚えていないが、胸の真ん中、ミゾオチのあたりにできものがあり、それが老婆の顔面の形をしている。最近では仕事中にも関わらずそいつが話しかけてきてどうにも集中できない。皮膚病の薬というか、こいつを黙らせる薬はないだろうか。

 背中の黒い羽根もカサカサと乾いて、ツヤがなくなってきた。それとは対照的に、尻尾の方は油の分泌が過多になっているらしく、常にギトギトベタベタとしている。石鹸を使い分けた方がいいのかもしれない。これも買っておこうか。

 最近どうにもイライラしてしまい、ついつい気に入らない相手を喰い殺してしまう傾向がある。特に牙が生えてきてから顕著である。ストレスを抑えるため、カルシウムの錠剤などあれば、買っておいた方がいいかもしれない。余談であるが、この前も取引先の受付の女性の態度が気に入らなかったので、回りに人がいない時を狙ってバリバリと頭から食べてしまった。死体というか食べ滓はトイレの通気口にかくしておいたのだが、結局どうなったのだろうか。私は新聞を見ないので、分からない。

 左の腕が群青色の鱗に覆われているのも気になるところだ。指は筋張って、爪はとがり、まるで悪魔の手である。ひと振りで人間の首を飛ばせるため、これはほとんど凶器というか、兵器である。おかしなこともあったものだ。いつからこうなのだろう、と考えてみるが、これは生まれつきだったような気もする。薬で治せるものでもないかも知れない。そもそも病気ではないような気がする。

 かふっ。

 空咳一つ。

 喉の奥からこみあげてくる異物感。眼球、心臓、腸、筋肉。子宮に精巣、軟骨、脂肪の塊。おびただしい量の人間の破片。無数の命の残滓。あいつや、あいつや、あの人や、あの子。彼や彼女や彼女らの欠片。私は、それらを唾と一緒に飲み込み、息をつく。鉄錆の匂い。甘酸っぱい腐敗臭。粘膜を刺す塩味。喉が痛い。喉が痛い。喉が。痛い。だから。

 うん、そうだ、喉飴も買っておこうか。

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