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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

習作シリーズ

血涙・八星射剣

作者: 筑前助広

兎に角、武侠小説が書きたいと思いたって、自分の作風すら崩して一気に書きました。

 衛鵬えいほうは、〔七星射剣しちせいしゃけん〕の使い手として、名の知れた武術家である。

 この技で各地の武術大会では何度も優勝し、時の皇帝の前で演武を披露しただけでなく、警吏の助っ人として何度も賊徒相手に戦い、特に三韓山さんかんざんの賊を討伐した際は、一人で山塞に飛び込み、三十人を斬り伏せた。

 人はいつしか衛鵬を、〔絶剣君ぜっけんくん〕と渾名するようになった。

 齢二十五にして、中華武林で勇名を馳せるまでになった衛鵬であるが、二十七の秋に忽然と姿を消した。

 人は噂した。きっと深山幽谷しんざんゆうこくの果てで、修行をしているのだと。

 しかし、衛鵬は修行などしていなかった。

 いや、ある意味修行ではあるが、それは剣ではなく、料理人としてだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「いらっしゃい! 今日は旨い豚肉が入っているよ! 広江こうこうの水で育った、丸々とした豚ちゃんだ。その豚を、大津だいしんで穫れた塩で焼くんだから、絶品さ。肉は塩で喰うのが一番だよ!」


 と、衛鵬は美馬酒家びばしゅけの店先で、声を張り上げていた。

 そんな衛鵬に対し、道行く人が


「おっ絶剣さん、今日も包丁を握らせてもらえないのかい?」

「厳しいねぇ、あんたの義父おとうさんは」


 などと、声を掛ける。


「へへ、私が不甲斐ないだけだよ」


 そう言って苦笑する衛鵬の呼び込みは、中華の辺境・黄家荘こうけそうの名物となっていた。

 衛鵬が、この黄家荘に移り住んだのは二年前。この美馬酒家の娘・小琳しょうりんに惚れたのがきっかけだった。

 衛鵬は是非とも妻にと求めたが、小琳は一人娘で婿を貰う身。その事情を話すと、衛鵬は事もなげに武術家の名を捨て、婿入りを決めた。

 事情を知る一部の者は、衛鵬を止めた。小琳が衛鵬と見合うだけの器量良しではないという事もあるが、何より絶剣君と呼ばれ前途有望な若者が剣を棄てる事を惜しんだのだ。

 しかし、衛鵬は耳を貸さずに、美馬酒家に婿入りを果たした。

 それから二年。厳しい義父の下で修業を重ねているが、剣と包丁とでは違うのか、未だ呼び込みと料理を配膳する毎日だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「絶剣君という奴がいると聞いたが」


 ある日、美馬酒家に禿頭巨漢の男が、五人に子分を引き連れて現れた。

 新たに黄家荘一帯を縄張り組み込んだ、忠祀幇ちゅうしほう呑龍どんりゅうである。

 この呑龍。兎に角、評判が悪い。欲しいものは奪う。いい女は犯す。気に入らなければ殺す。と、とんでもない男で、その子分も同じく破落戸ごろつき揃い。しかし、だからこそ、その勢いは凄まじく、忠祀山の山塞を拠点に、六ケ荘と一つ城市を縄張りにしている。


(嫌な奴が来た)


 そう思ったが、衛鵬は笑みを浮かべ呑龍を迎え入れた。


「今日は客じゃねぇ。てめぇをぶちのめしに来たんだ」

「私を? 私が親分さんに何かいたしましたか?」

「てめぇが、絶剣君と呼ばれているのが気に食わねぇ。勝負しやがれ」


 まるで素人のように、衛鵬はとんでもないと顔を振った。


「私は剣を棄てた身ですよ。もう二年も剣を手にしておりません。親分さんには敵いませんよ」


 衛鵬は宥めるつもりだったが、呑龍はそれを嫌味だと受け取り、


「てめぇにそのつもりは無くても、構わねえ。死んでもらうぜ」


 と、子分に持たせていた朴刀を掴み取って襲い掛かってきた。

 悲鳴が上がり、集まっていた群衆が四方に散る。


「野郎」


 初撃を身を翻して躱すと、呑龍の朴刀が長机を両断した。


「小癪な奴め!」


 衛鵬は店に迷惑を掛けまいと、表通りに出ると、呑龍も追って外に出た。


「や、やめろって」


 一つ、二つと躱しながら言っても、呑龍は聞く耳を持たない。それどころが、禿頭が怒りで真っ赤になっている。


「仕方ない」


 衛鵬は、諦めた様子で呑龍に対峙した。

 ただし、剣は無い。右手を前に突き出し、左手を天に突きあげている格好である。


「やる気になったかよ」


 呑龍が朴刀を振り上げ、吶喊した。一方の衛鵬も大きく踏み出すと、右手の人差し指で呑龍の眉間・鼻先・喉・心臓・腹・左肩・右肩の七か所を素早く突いた。


「勝負ありだ、親分さん」


 そう言われ呆気に取られた呑龍であるが、気を取り直し、再び朴刀を構えた。


「なんでぇ、指先でちょっと突いただけじゃねぇか」

「だが、親分さん。この指が剣先だったらどうでしょう?」


 衛鵬がそう言うと、群衆がざわつきだした。


「違げぇねぇ」

「やはり絶剣君だ」


 方々で囁かれた声は次第に大きくなり、面子を潰された呑龍は逃げ帰る他に術はなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 しかし、事件は三か月後に起きた。

 その日、衛鵬は遠く離れた寿紹じゅしょうという城郭まちで行われた、李文りぶんの葬儀に出ていた。李文は槍を得意とする武術家で、衛鵬は剣法の肥やしになればと、何度か教えを乞うていたのだ。

 しかし、その不在を呑龍に襲われた。呑龍率いる忠祀幇が美馬酒家を襲い、義父の首を刎ね、更に小琳を犯して殺すと、店を打ち壊してしまった。

 その報せを心ある黄家荘の者に聞いた衛鵬は血の涙を流し、急ぎ帰ろうとしたが、それを李文門下の侠客が止めた。


「最近、忠祀幇には朱崔しゅさいという男が加わったと聞きやした。その朱崔も中々の凄腕。感情のままに動いては、万が一がありますぜ」

「何、朱崔だと!」


 衛鵬は、目を丸くした。

 朱崔は四年前の武術大会で、唯一衛鵬の七星射剣を防いだ男なのだ。


「だが奴は、禁軍校尉だったはず」

「それが、不品行が祟って禁軍を追い出されたそうで」

「それで、忠祀幇に拾われたか……」


 衛鵬は仇討ちに走りたい気持ちを抑え、今度こそ修行の為に深山幽谷の果てへ向かった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 衛鵬が忠祀山に姿を現したのは、それから丸一年。愛妻と義父の一周忌だった。


「絶剣君だ!」


 向かって来た子分を、衛鵬は長年使い込んだ剣で屠りながら進み、いよいよ呑龍の前に辿り着いた。


「来たか絶剣君」


 まるで玉座のような間にいた呑龍は、その威勢に比例するかのように更に肥えていた。


「小琳の仇を討たせてもらう」

「へへ。いいだろう。だが、この朱崔先生に勝てるかな?」


 そう言うと、朱崔が象鼻刀ぞうびとうを抱えて部屋に飛び込んで来た。

 歳は四十ほど。立派な顎髭を蓄え、筋骨逞しい身体は禁軍の甲冑で固めている。その姿だけを見れば立派な禁軍校尉であるが、その眼には狂の色が漂っている。


「やっと、お前と雌雄を決する時が来たか」


 朱崔は象鼻刀を突き付けて言い放つと、衛鵬も素早く剣を構えた。

 剣先を朱崔に向け、左手は天に突きあげた、七星射剣の構えだ。


「ほう、七星射剣か。だがな、絶剣君。俺には通じぬぞ」

「そう思うなら、試してみるがいい」


 それから対峙となった。

 お互いに不動。潮合いを探っているのだ。見守る呑龍が生唾を呑み込む音すら聞こえる静寂を破って動いたのは、衛鵬だった。

 剣を突き出す。それを朱崔の象鼻刀が払う。更に突く。弾く。今度は、朱崔が象鼻刀で足を払った。衛鵬はそれを跳躍して躱す。


「死ね」


 着地の際を狙われた。

 朱崔は象鼻刀を大きく振り上げる。しかし、それもまた隙。衛鵬は、七星射剣を放った。

 眉間・鼻先・喉・心臓・腹・左肩・右肩に突きを放つ。


「俺には効かん!」


 流石の朱崔も、その全てを象鼻刀で払った。

 そう思った刹那、八つ目の突きが朱崔の喉笛を貫いていた。


八星射剣はっせいしゃけん


 朱崔がどっと斃れるのにも目をくれず、衛鵬は呑龍を見据えていた。




 こうして見事に仇を討った衛鵬は、呑龍の心臓を愛妻と義父の墓前に捧げると、忽然と姿を消し、それ以降姿を見た者はいない。

 噂によれば、更なる剣術の奥義を求め、東国の日本に旅立ったという者もいるが定かではない。



[了]

次回、「絶剣君 日本流れ旅」にご期待ください!(嘘)


あと、よかったら時代小説の方も読んでください!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 言葉の選び方が良く、短い単語の中にちゃんと映像が詰まっていて、楽しみながら読めました。 また、1ページに収まる文章量として最適なストーリーの長さであるとも感じました。 更に、その中でも物語…
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