【第8話 情報収集】
【第8話 情報収集】--------------------
さて、どうしたものだろうか。まさか、四天王が私とジュリアの結婚の邪魔をしたことをあんなに気にかけていたとは思ってもみなかった。ジュリアについては今からでも様子を見に行きたいところだ。しかし魔王として会うことはまず不可能だろう。しかも、私が姿を見せることでジュリアを余計に苦しめることになるかもしれない。察知されないのであれば、ミザーナのいうように姿と気配を消してそっと様子をうかがう程度なら大丈夫か。
王都に活気がない原因は、ミルノの優秀な情報団員にかかればすぐにわかるだろう。これは詳しい情報が入ってからの対処でも問題ない。勇者についても本人達が倒されると元の世界に戻されると知れば、少しでも早く戻りたいと願う者が死を選ぶことも必然だ。しかし、その事実を知る方法が問題だ。情報源が根も葉もない噂や魔族から出たものなら当然罠だと思うだろう。先代魔王も知らせる方法を考えたはずだ。なぜ私たちにその情報が伝わっていないのか。何か理由があるのだろうか。これは慎重に考えなくてはならない。
しかし、先代魔王についての話は驚きだった。私は勇者として召喚されてからずっと魔王は悪の象徴だと思っていたが、その行動の真実が本当に正義に基づいたものであったのなら私も敬意を払わねばならないだろう。私に先代魔王と同じことができるだろうか。
そしてミルノ。普通は自分たちの王に早く死ねとか、言えないだろう。よっぽどの思いで話したのだろうことはわかる。しかし、その後の自分たちの境遇はどうするのだ。魔族の暮らしや四天王の人情の厚さ、先代魔王の思いを知った今、余計に<永遠の死>を自ら選ばせる訳にもいかない。
とりあえず、これから対応すべきは、まずジュリアについては様子を見に行く。次に、山岳ルートとアルとリチの異変の原因を解明して必要なら対策を取る。同時にフィレン王国やミルマ公国についての情勢も引き続き集めておこう。魔王軍の動きとしては、まず大陸全土の状況を把握するまでに各国に何か動きがあればすぐに対応できるように軍の再編成をすることだ。魔王城守備隊と攻略軍などのバランスを考えないとな。このあたりはデザミー魔王軍総指令に任せよう。
あとは、どうも魔王としての話し方は窮屈で困る。威厳なんてどうでもいい。話し方を変えると宣言しておこう。それと、魔族の顔の紋章どうにかならないかな?なければ見た目は人間と同じだし、第一、紋章がない方が女性は絶対に美人が引き立つし可愛いく見える。魔族の象徴としてとかプライドに関わることなら無理強いはできないな。必要なものならそのままでもいいか。
色々と考えているうちにあっという間に二日が過ぎた。その間、食事もした。運ばれてくる食事は、何の変哲もない人間の料理と同じものだった。魔族の味覚も人間と同じらしい。それと、魔族にはしっぽがあると思っていたが、亜人種と魔物にあるしっぽは魔族にはなかった。本当に紋章と魔力、身体的な強度以外は人間と変わりがない。さて、そろそろ動き出すか。玉座に座り、デザミー魔王軍総指令に本日正午に各自の情報を持ち寄るように<テル>を飛ばす。あとはのんびりと昼を待つか。
ランプの薄明かりの中、かすかな寝息が聞こえる。足音を立てないようにゆっくりとベッドに近づく。薄いレースのカーテンを通してぼんやりと愛しいジュリアの寝顔が見える。部屋の隅にいた護衛の女兵士と侍女の2人は魔法で眠ってもらっているので心配ない。そっとカーテンを開き、ジュリアの耳元で小さく声をかける。ジュリア、愛しいジュリア。ジュリアがゆっくりと目を開けるが私の姿は見えない。しかし、気配を感じてくれたのだろうか、ジュリアが口を開く。<魔王様!>え?魔王様??
「魔王様、魔王様!」
目を開くと、目の前に顔というよりキスするときと同じくらい近い場所に四つの目がみえる。驚いて声を上げるところだった。ちょっと近すぎるだろ。どうも寝てしまったらしい。そう、魔族も魔王もちゃんと寝るのだ。びっくりしたついでに思わずつぶやいた。
「あれ?夢だった?」
「あら、魔王様ったら、ジュリア様の所に行かれた夢でも見られていたのですか?」
ん?なんかこのフレーズは以前にもあったような気がするな。周りを見渡すと、優しく微笑むミザーナとミルノ、間が悪そうに少し視線を外したデザミーとザールの姿があった。そしてデザミーがひとこと。
「ミザーナ、ミルノ、慎みなさい!」
「はい、失礼いたしました、魔王様。」
そう言いながらも、まだミルノの目がいたずらっ子のように輝いている。あぁ、ソーニャみたいだ。ふとミルノとソーニャの顔がダブって見えた。ちょっとばつが悪いが、ばつが悪いついでにこちらからの提案を一気に話してしまおう。
「報告を聞く前に提案があるんだが、良いか?」
「はい、何なりとお申し付けください。」
4人の声が揃う。真剣に私の話を聞こうと4人の眼差しが集中する。なんとなく言い出しにくいが、ここで引いてしまうとこの先ずっと言い出せないような気がする。まずは、聞きたいことを聞いてしまおう。少しの間をおいて話し始める。
「魔王を始め、魔族の顔や体には紋章があるが、これは生まれ落ちるときに、すでについているものなのか?」
「魔王様、この紋章は数百年前の魔王様が決められた紋章でございます。」
魔王が決めた?ということは、それ以前には紋章がなかったということなのだろうか。生まれつきということは、生まれるときには模様がついたまま生まれてくるのだろうか。詳しく聞いてみると、魔族が人間より強いことを明確に表すにはどうしたらいいかを考えた数代前の魔王が紋章を考え出したそうだ。紋章は生まれ落ちるとその血族に代々伝わる紋章を魔法を使って刻み込むらしい。
「では魔族の者達は、その紋章に愛着を持っているのか。紋章を消すことはには、かなりの抵抗があるのだろうな。」
いろいろと話を聞いてみた結果、紋章があってもなくてもいいようだが、紋章がないと人間との戦いの際、見分けがつきにくいということだ。そして、紋章は魔力で消したり出したりすることも自由。人間の中で諜報活動をしている魔族は、この紋章を消して人間に溶け込んでいるらしい。まぁ、紋章があればすぐに魔族とばれるわけだから当然といえば当然だ。
「皆の者に提案なのだが、もし魔族の中で反対意見がないのならば、紋章を消して生活するというのはどうだろうか。」
「魔王様の御心のままに。魔族で魔王様の決定に異を唱える者などおりません。」
「それではこの決定を<テル>を使い魔族全員に伝えます。」
デザミーがすぐさまこの決定を魔族全員に伝える。目の前でも四天王の顔から紋章が消えていく。えらく素早い対応だが、本当にこれで良かったのだろうか。まぁ、紋章はいつでも復活できるらしいのでよしとしよう。ちなみに魔王の顔の紋章も<消えろ>と頭の中で考えただけであっさりと消えてしまった。
さて、もう一つの提案、私の言葉遣いについてはどうなったかというと、やはり<御心のままに>ということで、私の好きにしていいらしい。しかし魔族の私に対する言葉は変わらなかったので、自分だけが異質な気がしてかなりこそばゆい。四天王には少し砕けた言葉遣いをするようにと頼んだが、長年使ってきた言葉を変えるには時間がかかりそうだ。ただミルノだけはすでにかなり砕けた感じで話せている。
「では次に、みんなからの報告を聞かせてくれ。内容に応じて私たちも大きく動かなくてはならないかもしれないよ。最初に山岳地帯の様子から頼む。」
ザールの報告を受けてわかったことは、ドルドとフルドの間の山岳トンネルと山岳道を含む山岳ルートに増えている魔物も相当数になっている。魔物によって完全にルートが遮断され、山からあふれた魔物は時折王都近くまで降りてきており、ラノム王国の魔物討伐隊は人員を増やしているが手一杯の状態だそうだ。これも異常事態だ。何かの作為が働いていると考えるのが妥当だろう。
ミザーナによると、王都では新しく召喚された若き魔王が王国に攻めて来るという噂を広めて不安を煽っているのは、フィレン王国から来た商人達で、その物腰や目つきから見て諜報機関の者に間違いないとのこと。流布している内容は、もうすぐ魔王軍が攻めてくるという内容で、国民の不安を解消するためにラノム王国の軍がタビスとソリルに派遣されつつあるようだ。
いつになくミルノが真剣な顔をして一歩前に歩み出た。
「魔王様、最後に重要な情報です。これは人間と魔族両方に関わる重大な案件です。もしかするとこの大陸規模での戦争が起こるかもしれません。」
「それほどの一大事が発生してるのか?詳しく話してくれ。」




