【第6話 王国の情勢】
【第6話 王国の情勢】--------------------
ミルノを従えて<ルラ>を唱え、謁見室前の扉の前に飛ぶ。謁見室に入ると、すでにデザミー魔王軍総指令、ザール魔王軍騎士団長、ミザーナ魔王軍魔法団長が待機していた。そこにミルノ魔王軍情報団長が加わり、魔王軍四天王が勢揃いした。ゆっくりと玉座に向かう私を四天王が片膝をついて迎え、私が玉座に腰を降ろす。
ザール騎士団長がやや緊張した面持ちで訪ねる。
「四天王の緊急招集とは、いったいどんな情報が入ったのだ。まだ3時間しか経っていないが、そんなに重要な情報が集まったのか?早く話せ。」
ミルノは私たちを見回した後、ゆっくりとした口調で話し始める。本当にあの短時間で王国の情報がある程度形になったのだろうか。さすがにミルノの情報網はすごいな。
「カルサ情報部員とその枝からの緊急連絡です。お知らせする情報は、全部で4つあります。発生した順を追ってお知らせします。実は、すでに王国では新しい勇者の召喚が終わり、新たに3人の勇者が揃っております。」
「それはいつものことだ。魔王が降臨すれば1日以内に勇者を召喚する。今回の勇者も強い剣士に育ちそうなのか?」
「それより、今回召喚された勇者は何人だ?魔法使いはいるのか?私の好敵手になりそうか?」
ミザーナ魔王軍魔法団長が期待を込めた目でミルノの顔をのぞき込んでいる。ザールとミザーナ、私が思っていたより少し違う意味で勇者を待ち望んでいたのか?戦えるのがうれしいように聞こえるのだが。
「ミザーナ、それは後でよい、ミルノ、残りの情報を早く話してくれ。」
さすが魔王軍総指令だ。デザミーが二人を制して次の情報へと促す。デザミーの落ち着いた態度に、ミルノに向かって身を乗り出していたザールとミザーナが姿勢を正して口を閉じた。まるで叱られた後の子供のような表情をしているように見えるのは気のせいではないだろう。
「二つ目なのですが、王女が病に伏せっており、しかも王都はまるで水を打ったように活気がありません。勇者の召喚の儀が行われたすぐ後に王都の町中が沸き立っていないなんて、今までになかったことです。」
ジュリアが病気に・・? 王都では、新しい魔王が降臨したことや新しい魔王の名前はもちろん、間違いなく勇者が魔王になったことも聖堂のお告げでわかっているだろう。ジュリアがショックを受けて病に伏せることは十分に想像できることだ。夫になる寸前の勇者が魔王になるなんて、普通は考えられないことだから。
王都では、勇者である私や仲間が召喚された日は、歓迎の宴などで数日はかなり賑わっていた。王都で何が起きたのだろう。私が魔王になったことだけが原因とは考えにくいのだが。魔王になってもやはり王都のことが心配だ。ミルノが私の顔色をちらりとうかがった後、話を続ける。
「そして3つ目は、アルとリチの町のことですが、見ただけでわかるほど日に日に人口が増えています。特に傭兵やならず者の数が急増しているとのことです。」
「最後に、ドルドとフルドの間の山岳トンネルと山岳道に魔物が急増しているようです。」
どんな勇者が召喚されたのかは興味があるが、召喚された直後の勇者はまだまだ弱い。私も2年かけてやっと強くなった実感がわいたくらいだ。急いで対策を練る必要はないだろう。ジュリアの病気についてはかなり心配だが、今の私の立場では、悲しいことだが見舞うこともできない。魔王がお見舞いに王国の城に入るなんて前代未聞だ。なんとかしてジュリアの様子を見る方法を見つけなくては。
「勇者は力をつけるために1年以上は訓練を重ねるであろう。今はまだ静観してよい。」
「はっ!」
四天王が口をそろえたように一斉に返事をする。
「ではミルノ、王国の姫と王都の様子は引き続き情報収集を続けよ。」
「わかりました、魔王様!」
たしか、山岳トンネルと山岳道は騎士団長のザールも親交のあるドルイド達の統括する地域だったな。種族にかかわらず交流を持つ中立地帯であり、3国に挟まれた工業地帯でもある、物資輸送の要の場所だ。魔物によってルートがふさがれると、3国間の物資や人の移動が海側ルートしか使えなくなるから、いつもより8日は人も物資も移動が遅れることになる。仲のよい国同士なので大きく支障をきたすというわけでもなさそうだが、少し気になるな。魔族にとっては特に問題はないことだが。
「山岳地帯はドルイド達の領域だったな。ドルイドとの親交が深いザールよ、出向いて状況を確認してまいれ。」
「はっ、魔王様。完璧に調べ上げて参ります!」
アルとリチはラノム王国とフィレン王国との国境に近く、海沿いに我が魔王城に繋がるルート上にある。フィレン王国も魔王城に攻め込もうとしているのだろうか。早急に事態を掌握する必要があるな。
「アルとリチか。アルは特にラノム王国とフィレン王国との重要な交易拠点だったはずだな。」
「はい。そして過去、王国連合で我が魔王城をリチとタビス、ソリスの3方から攻め込んできたことがあります。」
デザミー魔王軍総指令が即座に答える。
「ではミルノ、引き続き調査を行い、フィレン王国の動向とともに、アルとリチの人口増加の裏に何か企みがないかを探って参れ。」
「わかりました、魔王様。」
「魔王様、私めもアルとリチの情報収集に加わってもよろしいでしょうか!」
意気込んでデザミー魔王軍総指令が名乗りでる。出番がなかなかなくてやきもきしているのだろうか。えらく生き生きとした目でこちらを見ているのだが、総司令が城を開けるとなると私にお伺いを立てる配下が増えそうな気がする。
「いや、万が一この城が攻められたとき、総指令が留守というわけにもいくまい。お前は城に留まり、魔王軍の動きをコントロールせよ。」
「わかりました、魔王様のおっしゃるとおりにいたします。」
先ほどの生き生きした表情から一気に元気をなくしたように肩を落とすデザミー。すかさずミルノが慰めに入る。
「総司令、魔王様にいいところを見せたいなら、まだいっぱいチャンスはあるから大丈夫です。情報収集ついでに勇者たちの様子を見に行くとかの抜け駆けもだめですよ~。」
「い、いや、そんなわけではないぞ、ミルノ。勇者達を見てみたいなぞ、こ、心の片隅にもないぞ。」
デザミーの心を見透かしたかのようなミルノの言葉に、少し照れと焦りの混じったような表情を見せるデザミー。こんな様子を見ていると、魔族も人間と同じように、茶化したり慰め合ったり冷やかしたりするように感じる。心の中は、普通の人間とあまり変わりはないのだろうか。
「ところで皆の者、先ほどミルノに聞いたのだが、魔族も人間と同じように魔物に殺されると復活できないそうだが。」
「はい、誠にございます。」
「お前達を死に至らしめるほど強い魔物はいるのか?」
「おります。フルドの山側に住むラスクと呼ばれる魔物の他、この大陸には3体ほど強い魔物がおりますが、今の魔王様ならば、たぶん片手で倒せるレベルです。」
「そうか。では特に、ザールよ。お前の行く山岳地帯のラスクには気をつけよ。無理はするなよ。」
「はっ!ありがたきお言葉、恐縮至極に存じます。」
「では皆の者、解散せよ。」
「わかりました、魔王様!」
4人がドアから出て行って5分もしないうちにまた揃って戻って来た。えらく神妙な顔をしているように見える。いったい何があったというのだろう。入ってきた4人は、玉座の前にかしずき頭を垂れたままだ。何か言うか行動に移したいができずにいるのはわかるが、私からするとこの状態は不気味以外の何物でもない。不安な気持ちが高まり、背中に冷や汗が一筋流れていくくらい緊張してきた。




