【第5話 魔族と魔物】
第一章
【第5話 魔族と魔物】----------------------------
「ミルノ、ミルノはいるか。」
頭の中でなんとなく呼びかけてみた。テルという魔法だ。すると、5秒もしないうちに謁見の間の入り口が開いた。
「魔王様、お呼びでしょうか。」
考えただけでミルノが現れた。何と便利な魔法だろう。勇者の時にも使えたが、伝達範囲は狭く、グループも3人までに限定されていた。しかし、それだけでもこの魔法が元の世界で使えたらスマホとか必要なくなってお金の節約になる。なんとか持って帰りたい魔法だ。
「今、頭の中で考えただけなのだが、ちゃんと伝わったのだな?」
「はい、テルという魔法を使えば、魔王様が伝えたい相手とお考えを頭の中で述べられるだけ伝わります。魔族以外の人間や魔物の他、この世界すべての生命を持つ者に伝えることも可能です。」
これは勇者の時より便利になったな。魔法のレベルが高くなったからだろうか。そういえば勇者として召喚されてすぐに、先代魔王の<召喚されし新たな勇者よ、王国とともにあがき、我が手によって滅び去るがよい!>って頭の中に響いてきたな。あれも考えてみれば、この<テル>だったのか。
「うむ。しかしそれは、私の考えがすべて皆の者に筒抜けと言うことか?」
「いえ、魔王様が望まれたときに、望まれた相手にのみ効果を発揮いたします。」
「そうか、わかった。」
本当だろうか?まぁ、嘘をつく必要のないことだから大丈夫だと思おう。考えていたことがすべて伝わっていたらとてもまずい。<ミザーナの胸がこぼれそう>とか<ミルノが可愛い>とか、魔王の威厳どころじゃなかったな。それに玉座に座ってたとき、魔族全員が<復活できない永遠の死>って考えていたからな。本当に忠実な魔族達なら、この思いが伝わっていたらすでに全員消え去っているはずだ。少なくともミルノが生きているということはセーフということだろう。
「魔族を治める身として、まずは魔王城のことをよく知りたいと思う。この城のすべての場所に案内し、説明せよ。」
「お任せください、魔王様。気になることがございましたら、その都度お尋ねください。」
こうしてミルノと衛兵2名を伴い、魔王城ツアーが始まった。魔王城は、地上3階、地下2階からなる5階建てらしい。3階が魔王の部屋と寝所、謁見の間と衛兵の詰め所がある。2階は四天王のフロアで、四天王の家族と側近が住み、会議室もある。1階は魔王城の維持に必要な一般魔族の住むフロアで、各家庭の家と食料や雑貨を売る店、武器や防具を売る店などもある。
すべての階への移動は階段を使わなければならないが、ミルノの話では四天王のみ移動魔法の<ルウ>で謁見の間のドアの前にとべる。魔王は好きなときに好きな場所へ飛べるらしい。
ツアーでいくつかの疑問が解決した。まず魔族も人間と同じような食事をとり、物を作り売買して生活していることがわかった。ほとんど人間の生活と変わりないようだ。
地下1階は食料庫と宝物庫がほとんどだ。主な食料源は、魔王城の周りや海に住む動物や魔物、そして農耕で得られた野菜などだ。やはり人間の生活とよく似ている。
そして魔族の復活に関わる厳重に警備された地下2階は、全フロアが再生の間であることもわかった。今は戦いがないので、フロアは清掃が行き届いた広間にしか見えない。
魔王城の様子もほぼわかったし、ここでミルノに勇者の頃から疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「ミルノよ、魔族と魔物は結局のところ、どう違うのだ?」
「魔族は魔物よりもはるかに知能が高く、ほとんどの者は魔法が使えます。そのため、魔族と呼ばれるようになったようです。魔族は結婚して家庭を持ち、子供を育てて家族を養います。また、人間と違うのは個々の能力が生まれつき人間より高いことと、魔力が当たり前に使えることくらいです。」
「それに対して魔物は、自然の中から発生する妖精と同じで、様々な場所で様々な生物の感情を受けて卵が形成され、受けた感情に応じた姿で卵から生まれます。優しさやいたわり、愛情などの感情は妖精を生み、嫉妬や嫉み、悲しみや怒りの負の感情は魔物を生むと言われていますが、それを確かめるすべは有りません。」
「魔物の知能は低く、言語を理解する者もそう多くはありません。一部の魔物の中にも魔法を使う者がおりますが、知能が低いために使える魔法は初級魔法ばかりです。」
この世界では、魔物と妖精は同じ種族と言うことだろうか。感情を受けて生み分けられるのなら、戦争のない平和な世界が訪れれば魔物は減るということか。もしそうなれば良いのだが、人間の世界にも嫉妬やねたみがつきることはないだろう。ということは、減ることはあっても、この世界から魔物が根絶されることはないのかもしれない。
「魔物は家族を持たず、コロニーと呼ばれる小グループを形成します。そして自分たちの欲求を満たすために行動します。たとえば食料を得るためや、コロニーのストレス発散のためだけに、動物を狩るだけではなく魔族の村や人間の町を襲ったりすることもあります。」
「ミルノ、魔族と魔物は卵から生まれるという以外に、あまり共通点はないのだな?」
「恐れながら魔王様。魔族は卵で生まれるのではありません。地下での復活は卵ですが、新たな命を得るのは人間と同じく赤ん坊が母親のおなかの中で育ち、産み落とされます。」
「そうなのか、では魔物は魔族とは全く違う生き物なのだな。どちらかと言えば人間に近いようだ。しかし、王国との戦いでは魔物を使役することもあったようだが。そういうこともできるのか?」
「基本的には魔物を使役することはできません。魔物達は知能が低いため、そのときの感情で動きます。我々の言うことを完全に理解し、従うことができないのです。ただ、魔物を後ろから追い立てて人間との戦闘に持ち込むことはできますが、すぐに逃げてしまったり、逆に追い立てる魔族が襲われることもあるので使いこなせないのです。」
そうか、今まではずっと魔物は魔族が使役して人間を苦しめてきたと思っていたんだが、少しというよりかなり間違った認識だったようだ。そういえば、魔族にも家族があるのに魔王城の周りにはほとんど魔族がいなかったな。なぜだろう。
「ミルノ、魔族は家族もあるのに、そんなに増えている様子がないが、なぜなのだ?」
「人間が攻めてくる以前は、魔王城の周りにも、魔族の町や村がありました。」
「魔王城の周りには魔族の家は見られなかったが?」
「人間が攻め込んできて多くの魔族が死にました。王国が魔王城に進行すると、人間に追われた魔物が行き場を失い魔族の村や町を襲います。そして魔物が去った後には人間が襲って来るのです。今も生きているのは、魔王城に住む魔族と、海側にあるゴムラという村に住む少数の魔族だけです。」
「魔族は魔王城の地下で復活するので減らないのではないか?」
「地下で復活できるのは、魔王城を守るために戦う者、つまり基本的には兵士のみです。そしてその家族は魔王城では復活できません。魔王城の地下で復活するために登録できる人数には限りがあるのです。しかも、魔物に襲われて命をなくした魔族は復活できません。どういう仕組みかはわかりませんが、そうなっています。」
そうか、復活は登録制なのか。復活できるのは戦士のみということは、魔族の戦士の家族や一般の村人、商人達は死んだままになるということか。人間はどんな職業でも魔族に殺されると聖堂で蘇る。魔族は死んだままでは、よほどのことがない限り人間に対する恨みは消えないだろう。
そしてもう一つ、人間も魔族も魔物に殺されると復活できない。これも共通点ということがわかった。
「人間は魔族や魔物に襲われたり殺されてして魔族や魔物を恨んでいるようだが、お前達にも同じような感情があるのだろうな?」
「仲間や家族が死ねば、当然悲しみや恨みの感情が生まれます。しかし、我々にも人間界の聖堂と同じものがあります。」
「どういうことだ?」
「はい、実は、先ほど魔王城で復活できる人数には制限があるとお伝えしました。」
「先ほどの話は嘘だったのか?」
「いえ、滅相もございません。我々魔族は、魔王様には嘘がつけないのです。正確には、魔王城以外にも復活できる場所があるのです。ゴムラの海辺には、ゴムラ洞窟と呼ばれる横穴があります。魔王城に登録できないまま人間との戦いで死んだ魔族は、その洞窟の奥で卵の状態で蘇るのです。」
「それは、魔王城の復活と何が違う?同じ卵での復活ではないのか?」
「ゴムラ洞窟では、とても小さな卵の状態で復活し、何年でもその中で生きることができます。中にいる本人が復活の意思を示せば、およそ一週間かけて死んだときの年齢まで成長し、生まれ出てきます。当然、魔王様の命令も我々の呼びかけも届きます。従って、魔王様が復活せよとご命令されれば、みな復活するでしょう。今は平和になったら声をかけるから、それまではお休みなさい。と伝えております。それでも我々の食糧確保のために、そして家族に会いたいがために自ら進んで復活するものも大勢おります。」
「そうか、みんな村人や商人、子供達、つまり兵士以外なのだな?」
「はい。そして魔王城に暮らしていて登録できなかった私や他の団長の家族、兵士達の家族達も眠っております。」
「うむ。」
長い会話が途切れ、私はしばらく考え込んだ。考えてみれば、魔族に殺された人間は聖堂で復活し、人間に殺された魔族は魔王城の地下かゴムラ洞窟で復活する。ということは、この世界で復活しないのは魔物に殺された魔族や人間だけと言うことになる。魔王軍は扱いにくいので魔物をほとんど使わない。人間は魔物が魔王軍の手先と信じて魔物に襲われ亡くなった恨みを魔族に向けている。人間と魔物の間には、未だに埋められていない勘違いがあるのだ。
いったいいつからこの戦争は続いているのだろう。魔族と人間がともに仲良く暮らしていけた時代はなかったのだろうか。これから、人間と魔族が共に生きる世界は作れないのだろうか。色々と考えているとき、魔王軍情報団員からの連絡が入ったようだ。
「魔王様、団員からの情報です。至急、魔王城謁見室までお越しください」
「わかった。すぐに行こう。」




