【第5話 訓練の終了と恋の始まり】
昨晩の探索でバルニアの西の村から少し南に下ったところに大型の魔物たちの巣があることがわかった。巣自体はまだ新しいもので、たぶんこの魔物たちがここに巣を作ったために小型の魔物たちが西の村に逃げて来た結果、西の村が襲われる形になったのだろう。
さて、今日は総仕上げだ。その後は街の酒場を借り切って打ち上げの予定だ。なんだかんだいっても城や屋敷で静かに進むパーティーより、みんなでわいわいと騒げる酒宴の方が楽しい。もう少ししたら起きようかと思っていたら、部屋の戸をノックする音。こんなに早くから誰が何の用だ?
「開いてるよ、どうぞ入って。」
「おはようございます。失礼します。」
なにやら深刻な顔をして入ってきたのはマシュウくん。相談があるというので聞いてみると、昨日の朝のテルビジョンの話しだった。今朝もナディア姫からテルビジョンが来たらどうしたら良いかという相談だった。
「えっと、ナディア姫がマシュウくんにだけテルビジョンを送ったのはなぜか予想はついてる?」
「多分、異世界から来た上に、さらに海を渡った異国に来た私に励ましのエールじゃないかと。」
「うん、そうかもしれないね。それで、もう一つの可能性はないの?」
「ないわけではありませんが、ちょっとそれは考えにくいことなので。」
「すべての可能性を考えておくのが基本じゃなかったっけ?」
「まあそうなんですが。」
マシュウくんにしては、なんとも歯切れの悪い話し方だ。実はナディア姫のテルビジョンについてはすでにミルとジュリと話をしていた。アルタの迷宮に入った初日に姫や騎士たちを助けたときから、姫はマシュウくんが気になって仕方がないようで、最近はマシュウくんのことをよく聞きに来るらしい。
俺としては姫は守護騎士のソルトくんと恋仲だと思っていたが、ソルトくんには他に思い人がいるらしい。マシュウくんのうろたえたような態度も面白いが、気が散りすぎるのも困るのでちょっと話を進めてみることにした。
「それで、マシュウくんは元の世界やこっちの世界で付き合ってるとか気になる女性はいるのかな?」
「元の世界は社畜でそんな余裕はなかったんだけど、こっちに来てから、何というか、身分が違うというか。」
「んで、それは誰?マシュウくんの真ん中の人の名前は?」
「いや、そこまでというわけでもないんだけど。えっと、綺麗な人だなとは思っている人がいたりいなかったり。」
「いなかったり?いるんでしょ? んで誰なの?」
「その人は勇気があってそれで優しくて、泣きそうになりながらも気丈で頑張っているんです。ダンジョンで出会ってから、ずっと気にはなっているんですが、身分が違うし、見て愛でる感じです。」
「ダンジョン、気丈、俺が知ってるその人ってナディア姫?」
「は、はい。それで、昨日の朝目の前に現れてびっくりしてしまって。」
「なるほど、それは両思いのサインが出てる気がします。今朝もテルビジョンが来たらこう言ってください。『無事に戻ったら、大切なお話があります。待っていてください。』と。必ず伝えてください。」
「いや、ちょっとそれはですね、なんというか。」
「伝えなければそこで一緒の冒険は終わりになります。」
「どうしてですか?これとそれとは話が違うのではありませんか?」
「いえ、心が落ち着かないまま危険な旅をすれば、必ず命に関わることが起きます。マシュウくんも俺も、死んでしまったらこの世界での復活はできませんよ。それだったら、生きるためにすることは1つでしょう。」
「わ、わかりました、ちょっと頑張ってみます。でも身分とか、色々と考えさせられます。」
「マシュウくん、あなたは召喚された勇者なんだよ。つまり本来なら目的終了後には王女と結婚するとかそんな英雄クラスの人物なんですよ?身分とかそんなこと言っていたら俺はどうなるんですか?一生ジュリと結婚できないじゃないですか。」
「あ、それもそうですね。うん、そうだ。頑張ります。ちょっと元気が出てきました。ありがとうございます。」
しかし今朝はテルビジョンが入らなかったようだ。朝食のときにマシュウくんの顔を見ると、ほっとしたような少し残念なような複雑な表情をしていた。ま、そのうち連絡が来るだろう。今日は訓練の仕上げに集中してもらおう。
***
「ダグ、右から牽制お願い。私が左目を狙ってフレアを打ったらクレオが針を落として」
「はい」「任せろ」
このグループは魔法使いのナシスがリーダーだ。なかなか状況に応じていい指揮を執る。ダグが槍で突きをハサミに当てるとサソリの魔物が向き直ろうとする。そこにナシスがフレアを目に放つ。
ハサミで顔を防御しようとしたところに、クレオが左から素早く接近して剣で尾の先に着いている鋭い針を根元辺りから払い切り落とす。エビぞって腹を見せたところにナシスの爆裂魔法で腹を割きながらダグが目の隙間に槍を突き込みとどめを刺す。
素早い連携であっという間に大型のサソリを倒していく。ほんの数日前までは、逃げるのが精一杯だったとは思えないほどの立派な戦いぶりだ。これだけできればもう十分だろう。
右の奥にいるのはかなりの大物を相手にしているカティーナのグループだ。ここはダイナスが指揮を執っている。さすがの貫禄だろうか、念話のテルだけで指揮が済んでいるようだ。
カフスとダイナスが正面からサソリの魔物のハサミに対峙し、尾の針を前に突き出した瞬間に横からカティーナが腹に爆裂魔法を放って腹を割く。ひるんだと同時にカフスとダイナスがハサミの付け根に刃をさして切り落とす。見事だ。
冒険者たちは5人一組になって正面と斜め後ろから挑んでいる。やはり正面は牽制で前衛の盾装備の冒険者が攻撃に耐え、腹を見せたところで際から腹を切り裂き針を切り落とす。あくまでも正面は囮に徹している。このパターンも剣に魔力を込めるから実現可能になった。
ほぼすべての実戦訓練が終わり、集合場所に参加者が集合しつつあるとき、南から大きな土煙が上がる。距離にして600mくらいだろうか、あっちはたしかデルがいざというときのサポートにまわっていたはずだ。
「マスターのおっしゃっていたアルマジロとか言う魔物が接近中です。サソリを倒し終わった2グループが対処して善戦しましたが、堅い甲羅を攻略できず私が撤退を指示しました。足は遅いのですが追ってきていますので、あと少しでそちらに到着します。どうしますか?私が仕留めましょうか?」
「いいよ、こっちで倒し方を教えるので、足止めしながら少し時間を稼いでくれ。」
「皆さん、今からアルマジロの魔物の倒し方を教えます。余裕がある人は集合場所に来てください。」
全員に念話を飛ばして南を見ながら待機していると、かなりの大物がノソノソとこちらに向かってくるのが見える。いや、ノソノソと見えたけど近づいてくると結構足が早いじゃないか。
「あれはディューンです。アスティアではアルマジロとも言うのですね。」
「あぁ、私の生まれたところにいたところにいたアルマジロに似ていたから勝手に言ってたけど、ディューンと言うのですね。では、改めてディューンの倒し方を見せましょう。」
「ディューンの弱点は目と腹です。その部分は非常に柔らかくて魔法や刃が通ります。そこで、目に攻撃して視力を奪うか動いているときに腹、つまり地面から攻撃を仕掛けるわけです。2つのパターンで攻撃してみます。」
火炎魔法の連打で目に攻撃を集中すると、足を止めて前足で目を防御する姿勢をとる。そこに中級の水系魔法メガクァで腹部に大量の水たまりを維持し、そこに中級の火炎魔法メガフレアを打ち込む。
水蒸気爆発が発生してディューンはあっという間に高さ数m飛び上がって背中から落下。そこに氷系魔法のアイシングで作られた氷の刃が降り注いだが、爆発だけで内臓を飛び散らせて絶命したのは誰の目にも明らかだった。ちょっと威力が高すぎたか・・・。
「今のは中級魔法の複合技で、大量の水の中に高熱のフレアを発生させて爆発を起こさせます。本当はひっくり返して腹に氷系魔法で攻撃する予定でしたが、ちょっと威力が大きすぎたみたいです、ごめんなさい。」
「いや、なんともすごい魔力ですね、それを見学させてもらっただけでも励みになります。」
「本当、私達も魔法に力を入れなきゃいけませんね。」
カティーナさん、ナシスさん、ナイスフォロオ!とまぁ、こんな感じで最終日を終え、見違えるように強くなった兵士や冒険者たちが打ち上げで大いに盛り上がっている中、俺たちは多くの人たちに冒険の話しを請われてフィレン王国やラノム王国での戦いや、ミルマ公国の迷宮の話で盛り上がった。
宴が終わり、屋敷で明日の準備をしながらどうして昨日まで俺に話しかける人がほとんどいなかったのか、その理由が判明。夜に下見に行っているのを知っていたミーナが、俺の自由度を上げるために認識阻害魔法をかけてくれいたそうだ。
嫌われているわけじゃなくて安心したよ。でもそういうことは事前に教えてくれたらよかったな。さて、明日はついに迷宮に挑戦だ。ここの迷宮にはどんな魔物がいるのか楽しみだ。




