【第3話 ウルの街 】
馬車の中でカティーナからアスティア大陸の話を色々と聞いた。この大陸には2つの大きな国があり、北側をルーマ王国、南側をクルト王国ということ。どちらも赤土の大地を持つ荒れ地バルニア地方を共有の中立地帯として仲良く安定した関係を保っていること。今から向かうのはバルニア地方のウルの街であることなどだ。
ウルに到着する前から高い壁が見え始める。ここも魔物対策が万全のようだ。門を入るときに身分を示すギルドカードを提示するとすんなり受け入れられた。中に入ると、街というより都市に近い広大な商業地帯が広がっていて、奥にはラノム王国の城と同じレベルの建物が見える。
馬車はそのままその城のような建物の中へと進んだ。到着後すぐに、4人とも別の客室に案内されて鍵を受け取り、そのまま荷物を置いて風呂に案内される。風呂でゆっくりした後は部屋に戻って念話をしながら寛いでいると、召使いの女性たちが俺たちを迎えに来て貴賓室に案内された。
貴賓室では初老の男女が迎えてくれた。その横にはカティーナと、その妹、弟らしきまだ若い子供がいる。テーブルに着くと、紅茶だろうか、良い香りがする飲み物の入ったカップとクッキーのようなものがのった皿が目の前に置かれる。それで準備が終わったのだろう、初老の男女が立ち上がって深々と頭を下げて話し出した。
「私はクルト王国の公爵でハルス、隣は妻のラフィーヌです。その横にいるのは長女のカティーナ、長男のカフス、次女のティア-ネです。今日は、我が娘カティーナと兵士、村人たちを救ってくださりありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ、厚かましくも一泊のお誘いに乗り、突然お邪魔してしまい申し訳ありません。」
「そんなことはございません。娘たちの命の恩人に対してできる限りのことをさせていただきたく思います。」
「そうです。何泊でもしていただいて構いません。」
話しのやりとりの中で、俺たちがロキシアナ大陸から来た冒険者であることや、マシュウくんが自分は勇者として召喚されたこと、10日程度の旅で帰ることなど、差し障りのない程度に伝えた。その後、会場を変えて豪華な晩餐に舌鼓をうちながら、この国の名産品や魔法の広がり、魔物たちの様子について話し合った。
「では、この国の人たちは、あまり魔力が高い人は少ないのですか?」
「はい。魔力を持たない人はほとんどいないのですが、魔力量は少ないのです。これはこの大陸全体の人々に言えることです。」
「そのため魔法も生活魔法が主なのです。ないよりは遙かに良いのですが、魔物と戦うために必要な強い魔法を使うとすぐに魔力が切れてしまいます。」
「それで今日も苦戦することになったわけですね。なるほど、理解できました。」
「もしよろしければ、今日フィル様が使われた爆発する魔法を教えていただけないかしら。それと、皆さんが魔物を攻撃したときの剣技も教えて欲しいのです。」
そこから昼間に魔物を退治したときの話しに移り、カティーナが俺たちに剣術と魔法の指南を求めてきた。結界魔法に加えて昆虫型や甲殻類型の魔物に有効な間接攻撃や爆裂魔法があれば兵士や村人たちの命が救えると思ったようだ。
話し合った結果、急ぐ旅でもないので明日から3日間という日数限定で俺たちが分担して色々と教えることにした。マシュウくんは教えるのが大好きなのでニコニコ顔だ。
俺たちが歓待の宴の後、俺の部屋に集まって明日からの計画を話し合っていると念話が入った。
「フィル様、私はこの町の宿屋で働くミルニアと申します。ミル様よりの伝言です『無事なようで安心しました。各街にも連絡を回したので団員経由で念話ができます。』ということです。ご用がございましたら何なりと申しつけください。」
「ありがとう、ミルニア。しばらくは大丈夫そうだ。ここでやることができたので帰りが数日遅くなると伝えてくれ。」
「わかりました。突然の念話失礼いたしました。」
さすがミル!遠い街にもちゃんと配下がいるんだな。まるで戦国時代や江戸時代の忍者のようだ。ミルと連絡がついたことをみんなに伝えて解散した。そういえばジュリに伝言しなかったけど、まずかったかな?魔王は魔力が大きいみたいだし、ちょっと話しかけてみるか。
「ジュリ、こんばんは!着いた所はアスティア大陸だったよ。人助けをしたら家に招待されて、3日ほど兵士たちの訓練をすることになった。少し帰りが遅れる。待っててくれ、愛しているよ!」
送っては見たものの、返事が来る様子はない。かなり距離も離れているから仕方ないか。夜も更けてきたところだし、ちょっと散歩にでも行ってみよう。ミーナたちに散歩に行ってくると念話を送り1人で夜の街に出た。
時間的にはすでに深夜だが、街はまだ所々元気に活動しているようだ。俺は街の明かりが多い方へと足を進めた。たぶんそこにギルドがあるはずだ。賑やかな通りに出るとギルドらしき建物があり、看板にはギルドマーク。当たりだ。
初めての街なので、お約束が通用するか試してみることにする。ワクワクしながらギルドのドアを開けて一瞬足を止め、カウンターへと歩み寄る。
「よぉ、兄ちゃん。こんな夜更けにギルドに何の用だい。」
お約束来た!この先の展開を楽しみにしながら声がした方に顔を向けると、思いもかけない流れになった。
「まぁ、こっちに来て一緒に飲もうや。」
「おぅ!何度も修羅場をくぐったいい顔してるぜ。」
「こっちに来て冒険の話でも聞かせてくれや。」
残念ながら、今までの戦いの中で身についたものが顔や雰囲気に出ているらしい。そういえば、ミルマ公国を出発するときに変装をやめたんだった。仕方ないので他の冒険者たちと同じテーブルに着いて昼間の話しをすることにした。
「するとあんたが真珠色の翼のマスターか!」
「ロキシアナの話もこっちじゃ有名だぜ。若いのにすごいな!」
「もっと話を聞かせてくれ、こんな有名人と話せるたぁ、こりゃ、一生もんだぜ!」
なぜかフィレン王国やラノム王国、ミルマ公国の話だけではなく、昼間のことまで事細かに伝わっていることに驚いた。そして請われて剣に魔法を込めて魔物を斬る方法を教える頃には、このギルドの職員までやって来て真剣に話を聞いていた。少ない魔力を節約しながら威力を最大にする方法とか、この世界では誰も試していないようだ。
この世界に来て思ったんだが、ほとんどの人は純朴で、素直に習った基本パターンを素早く実行できるように訓練はするが、あまり魔法と剣技を組み合わせて新しい技を作るとか、そういう工夫をすることがほとんどない。国と国、つまり人間同士の戦いが必要のない世界で、魔物を退治する以外に戦うことがないので、それで十分だったのかもしれない。
この街のギルドにも挨拶が終わったし、門の外を見に行くとしよう。塀の外に出るときにギルドカードを見せて門番に挨拶をすると、いやに改まったお辞儀で見送られた。ここにも話が伝わっているのかな?変化の少ない世間だと、少し変わった話でもあると、あっという間に噂が伝わるんだろうか。
ウルの街から近い範囲でバルニアの大地をまわり、オオトカゲとサソリの巣をいくつか見つけた。繁殖期が終わったばかりなのか、小型と中型の個体が多い。明日の訓練が終わったら、明後日にはここに連れてきて戦闘実技の成果を試させてみるとしよう。
自分の部屋に戻った俺は、横になりながら何が『お前にはまだ早い。』のかを考えてみた。成長なのか、年齢なのか、何かを成し遂げていないのか。RPG的に考えれば可能性として一番高いのは前提クエストか。
転移魔方陣を抜ける前にやるべきクエスト。もしかして、他にもダンジョンがあってそこの何かをクリアする必要があるのだろうか。そんなことを考えていると、いつの間にか眠りに落ちていた。何日かぶりの眠りは思った以上に深かったようだ。
気がつくと、そこは白い空間だった。また白い所に来ちゃったよ。これで何度目だろう。引っ張られたり落とされたり、あんまり良い印象がない場所だ。
『まあそういうな。何か困っているようじゃの。そこでヒントをやろう。この大陸のヒントはメビスじゃ。頑張れよ。』
あぁ、これは<天の声>か。ジュリは神様の声とか言ってたな。ヒントをありがとうと一応言っておく。できたら転移魔方陣の最終目的地がどこか教えて欲しいんだけどね。目的がわからないクエストの前提とか、今まで暇つぶしにしかやってないんだが。
ふと目が覚めると、なぜかとても爽やかな気分だった。久しぶりに寝たからなのか、ヒントをもらったからなのか、それとも。あれ?なんか良い香りがする。
「フィル、おはよう!」
聞き慣れた声に振り返ると、そこにはイスに座って優しく微笑んでいるジュリがいた。




