【第1話 転移魔方陣】
明日の朝、転移魔方陣を通って向こうに行くメンバーが決まった。俺とデルとミーナにマシュウくんだ。マシュウくんを誘う予定はなかったんだが、本人がどうしても行ってみたいと直訴してきたのでラノム王も仕方なしに許可したようだ。ジュリの直訴は速攻で却下された。まぁ当然そうなるだろうね。
とりあえず食料は余裕を見て一ヶ月分を俺のアイテムストレージに入れて運ぶ。金貨は使えないかもしれないので、金銀のインゴットと宝石数種類も持って行く。あとは俺たちの予備の武器とか着替えなど。テントやシュラフに似た筒状の寝袋みたいなのも少しと、ジュリやミルが絶対あった方が良いと言ってコートなどの防寒着まで押しつけてきた。
とりあえず明日の準備はできたし、この大陸にいる人族と魔族全員にはテルビジョンで可能な範囲のモノリスの情報も公開したので、あとは時間がたてば今よりもっと魔族と人族の共存共生も進むだろう。もしかしたら、魔族という言葉もなくなるかもしれない。そんなことを考えていたらドアをノックしてソーニャが入ってきた。
「フィル様、お部屋でジュリ様が呼んでいらっしゃいますよ。」
「そうか、ありがとう行ってみるよ。」
「そうですか、ごゆっくり。転移先から戻られたときにはお子様が誕生とか、良いですよね!」
「こらこら、またそんなこと言って。大人をからかうもんじゃないぞ。」
「いえいえ、ただの期待というか、希望的観測です!」
「では、お邪魔しました~。」
相変わらずのソーニャだ。もし転移先から魔方陣でここに戻れなかったら、転移先の場所にもよるが戻るのに時間がかかるかもしれない。ルラで飛ぶには位置関係がわかる必要があるけど、まぁなんとかなるだろう。そんなことを考えながら歩いてジュリの部屋の前に着きドアをノックする。
「はい、鍵は開いてます。どうぞ。」
「やぁジュリ。ソーニャから呼ばれてるって言われてきたんだけど。」
「うん。とりあえず中に入って。いよいよ明日出発なのね。できれば一緒に行きたかったんだけどなぁ。」
「そうも行かないよ。本当に危険な場所かもしれないし、俺もじゅりを連れて行くのは避けたい。」
「でもね、フィルだけ行かせるのはやっぱり不安なのよ。」
「仲間も一緒だし、きっとなんとかなるよ。」
「だって、フィルは前科があるもの。結婚式のときの!」
「あれは<天の声>が空気を読めなさすぎたからだよ。式の最中に呼ばなくっても良いのにね。」
「そうよね。でも<天の声>って、正体は誰なのかな?やっぱり神様なのかな?」
「多分そうだと思う。色々話をしたけど、召喚された目的が終わったら、元の世界に帰るか止まるか選択させてくれたし。」
「あ、そうだったわよね。でもダブル召喚されるとか、神様が狙っていたとかいう可能性もあったりして。」
「あの声の主が神様なら、空気読まずにやりかねないよな。」
「痛っ!」
「フィル、どうしたの?」
「いや、なんかが目に飛び込んできて、イタタ。」
「見せて。あ、なんかある。え?これは??」
ジュリがその柔らかい指先で俺の目から涙と一緒に頬まで流れ落ちたものをつまんで俺に見せる。『天罰』と書かれた小さな米粒だった。どうしてこんなものが?そういえば、以前も<天の声>の悪口を言っていたらカーテンフックが頭に刺さったことがあったよなぁ・・・。
「フィル、神様が見守ってくれてるみたい。神様の悪口言っちゃだめよ。」
「そ、そうみたいだね、見守るというか、過干渉?」
「ほら、また罰が当たっちゃうよ?それで、目はもう大丈夫?」
そう言いながらジュリの顔がまた近づいて俺の目をじっとのぞき込む。あ、これって・・・・・・。そして静かに俺たちは唇を重ねた。<天の声>さん?神様?ナイス天罰!空気読めないとか言ってごめんな。良いとこあるじゃないか。
『まぁ、たまにはサービスじゃ。』
「あれ?フィル、今何か言った?」
「いや、俺じゃないよ。きっと神様を褒めたご褒美に返事でもしてくれたんだろ。」
「え?フィルったら、私の考え読めちゃったの?」
「いや?そんなの無理だよ。どうしたの?」
「もう、フィルのバカ!」
なぜかジュリは耳まで真っ赤にしてすねたそぶりを見せながらも微笑んでいる。なんとなくジュリの考えが俺と同じだったと気がついた。なんか照れるな。その後もしばらくの間、ジュリと二人きりの時間を過ごし、みんなで夕食をとって明日の朝の最後の一仕事と転移に備えて早々に床についた。眠れない俺は、ミルから渡されたこの世界の地図を見ながら、他の大陸の情報網と情勢、不測の事態に陥ったときの連絡方法について少し遅くまで話し合った。
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「ここが最深部の32階層か。俺たちだけじゃ絶対到達できないな。フィル、ありがとうな。」
「なに、気にするなって。元々キュエルの国の迷宮だし、国王や王族が来れないのも何だかな。」
「これで俺たちも主立った騎士も通えるようになる。本当に助かるよ。」
「万が一のときにはここに逃げ込め。食料の備蓄も16階層とここに置いておくといい。」
「まあ、そんな事態にならないのが一番だけどな。」
「フィル殿、色々とお気遣いかたじけない。」
今日の最後の一仕事は、真珠色の翼のフルメンバーでミルマ公国の国王や王妃、キュエルやナディア王女たちに精鋭の騎士たちをここに連れてくることだった。会話の通り、王族が自分の国の迷宮の最深部を知らないのによそ者が知っているというのもプライドが傷つくだろうし、何かあったときに一時避難場所としても使える。
「それじゃ、そろそろ行って来るとするか。予定通り向こうで10日前後は様子を見てから戻るよ。」
「ああ、待ってるよ。気をつけて。」
「行ってらっしゃい。」
「なにとぞ、ご無事で。」
「あっちでも念話が使えたら必ず呼びかけてね。待ってるね。」
「あぁ、じゃあ行ってきます。」
こうして俺たちは転移魔方陣の中に入る。やがて魔方陣が発動し、俺たちは知らない世界に飛ばされた。到着した場所、正確にはそこは何もかもが真っ白な世界だった。




