【第12話 古代の細菌】
俺たちが迷宮に潜り始めてほぼ2ヶ月がたとうとしている。最近ではマシュウくんに加えて真珠色の翼のメンバーも騎士の訓練に教官として駆り出されていて、対魔物戦の連携や体捌きなどをみっちりと騎士たちにたたき込んでいる。さらに定期的に騎士たちを連れて迷宮に潜り実戦経験を重ねてきたので、騎士たちだけでも18階層でレベル上げできるようになってきた。
それとは別に、真珠色のメンバーに手伝ってもらいながらソルトくんと騎士長ウォルフさん、副騎士長マリンさんと上位騎士のサイラスさん、ミライさんで20階層を攻略中だ。前衛がソルトくんとウォルフさん、後衛がサイラスさん、中央が魔法防御と魔法攻撃担当のマリンさんとミライさんで5人パーティーを組んで攻略に当たっている。中衛にミニーさんが参戦できれば完璧な6人チームができるが、彼女はまだ少しここには早いので18階層で訓練中だ。
マリンさんとミライさんにミニーさんは、ミーナを師匠として魔物を相手に実戦訓練をし、魔力と魔法攻撃力アップの特訓をこなしてかなり腕前を上げた。さらにミーナの攻撃より先に身につけるべきという信念の元、防御と回復に力を注いでいてそのレベルは上級魔法の域に達している。
実はすでに真珠色の翼のメンバーで最下層を攻略している。予想通り32階層が最下層だったが、そこには他の階層に行く以外の転移魔方陣があった。そしてモノリスの文字の転写も終わり、解析が終了している。16階層と同じガラス容器も見つかった。モノリスの解析結果の公開はまだ行われていない。
解析結果はミルマ大公の要望で先延ばしになっていた。一週間後にこの国で行われる大陸の連合会議で3国の国王と魔族の代表、つまり俺が同席した場で公開し、その後の対応を話し合うためだ。
この2ヶ月でいろんな変化があった。一番は魔族と人族との交流が非常に円滑になったこと。フィレン王国とラノム王国からも国の代表として騎士たちが順番に迷宮にレベル上げをしに来ている。その指導を真珠色の翼のメンバーで行い、交流を深めている。
最初はラノム王国の騎士たちとはぎくしゃくした感じだったが、元々俺がラノム王国で召喚された勇者で仲が良かったことや、魔女ルミスの策略でラノム王国が侵略されかかったときに魔族がそれを阻止したことなどもあり、次第にわだかまりも解けてきた。フィレン王国の騎士やラノム王国騎士団長ダリルや騎士長キュエル(ミルマ公国の王子)の力添えも大きかった。
そして2ヶ月前に公開された16階層のモノリスからもたらされた情報で、この世界の人々が魔力を得た起源を人々が知り、同時に魔物は魔族が使役しているのではないことが各国民に浸透してきた。魔族が積極的に魔物討伐にも協力して交易や魔法技量向上の訓練にも携わったことで、最初は戸惑っていた人々も魔族に対する恐れや憎しみの感情が薄れてきた。
「フィル、それでその細菌っていうのは下の階層にもまだうようよいるってことはないの?」
「うん、大丈夫みたいだ。風邪の菌や16階層に保存してあった細菌と同じで、感染したあと落ち着くと感染力がなくなるみたいだし、一緒に行ったマシュウくんもなんともないし。」
「残念、私も感染したら魔族の仲間入りできて結婚もスムーズにできたのにね。」
「いや、それとこれは別でしょう!フィル様もそれはお望みではないのでは?」
「ザクったら、乙女心がまだわからないの?ジュリア様は言ってみただけよ。」
「そ、そうなのか・・・。」
「いや、でもそうなれば私達も嬉しいんですけどね!」
「ジュリアの顔が真っ赤だからそれ以上突っ込まないように!」
「は、はい。」「ごめんね~。」
そう、32階層で見つかった細菌は16階層で見つかったものより強力な細胞内に共生する細菌で、その細菌に感染すると魔力は通常の2倍以上、筋力上昇させるほどのエネルギーを作り出す性質を持っていた。つまり、この細菌に感染すると魔族になるわけだ。この情報は最重要機密だが、実質的な発見者である真珠色の翼のメンバーにはすでに公開されていた。
さらにモノリスから得られた情報は、人族と魔族の争いの発端について書かれたものだった。こちらはメンバーにもまだ話していない。勇者と魔王の召喚に関わる情報も含まれていたからだ。これを知って、各国の王たち、国民たちはどう考えるだろう。俺の目指す魔族と人族の共存と平和の実現がかなうだろうか。
「フィル、今暇か?18階層にイレギュラーが出たんだが、ちょっと手伝いを頼めるか?」
「キュエルか。誰を行かそう?かなり切迫してる?」
「まだ大丈夫だが、魔法があまり効かないゴーレムなんで、物理攻撃力のあるデル殿かマシュウ殿辺りだとありがたい。」
「わかった。経験値的にデルを向かわせよう。少し耐えててくれ。」
「ということで、デル、頼める?」
「はい、すでに18階層に上がる階段まで来ています。行ってきます。」
「さすがに早いね。頼んだよ。」
「了解です。」
これは、一般的なMMORPGと同じように魔物に与えたダメージとレベル差で経験値配分が決まるので、レベル差の一番少ないデルが行くのが当たり前のようになっている。おかげで騎士たちの間ではデルの人気が高い。でも、一番デルの認知度が高い理由が「脅威の大食い」だということは本人には内緒だ。
デルがヘルプから戻ってから昼食をとることになった。俺たちはいつもは屋敷から持参した弁当を食べるのだが、今日は騎士たちと豪勢な弁当を食べることになっている。サイラスさんとマリンさんの結婚記念日ということで、マリンさんがミライさんとジュリとミルの4人で今朝早くからうちの屋敷の調理場に籠もり、全員分のお弁当を準備してきた。
美味しい弁当に舌鼓をうち、食べ終わる頃にジュリとミルがサプライズ。
「ではサイラスさんとマリンさんはこちらに並んで立ってください。」
「お二人の右手でこのナイフを持って。」
「これは、フィルのいた世界の結婚披露宴で行われるケーキ入刀というものです。」
「お二人の末永いお幸せを祈って、目の前のケーキを切っていただきます!」
「ケーキ入刀!」
「拍手!!」「パチパチパチ!!!」
俺はその瞬間の映像を「今日はサイラスさんとマリンさんの結婚記念日です!」という念話と一緒に迷宮と地上にいる騎士や仲間に送る。テルビジョンという新しい魔法だが、意外と簡単に実現できたので時々こうして使っている。まだ一般には未公開だが、かなり便利だと好評を得ている。
このあと、なぜかすごい数のお祝いの念話が来て、二人がその対応でしばらくの間パニックになったことの責任は追求されなかったが、その様子を見たみんなの目が一斉に俺に向いていたことは気づかないふりをしておいた。
テルビジョンの魔法術式は、ラノム国王に見せてからラノム国発ということで一般公開する予定なので、今までもジュリの勇姿やドレス姿、マシュウくんの活躍の様子も動画としてラノム王と王妃に送っている。あまりにも好評過ぎて毎日要求されて大変だったので、ジュリとマシュウくんにも魔法術式と使い方を教えて二人にも送ってもらうことにしている。
こうして俺たちは親交を深めながら楽しい日々を送っている。今のところ目新しい大陸外の情報や大陸内での問題もない。つまり、現在はこの大陸全土がとても平和な日々だと言えるだろう。つかの間の平和にならないように頑張らないと。
次話は明日(6月10日)の予定です。




