【第3話 魔王再臨】
【第3話 魔王再臨】--------------------
どうも明るい場所に移動したようだ。祭壇の前に戻れたのかな。暗闇から明るい場所へと急に移動したために、眩しくて周りが見えなかったが、どこか広い場所にいるようだ。周りにはたくさんの人影が見える。少しずつ目が慣れてくると、フロアの模様に見覚えがあることに気づいた。初めて召喚されたときは王国の謁見室だったが、ここはどこだっけ。最初のうちは、ざわめく声が聞き取れなかったが、だんだん声もはっきり聞こえるようになってきた。
「魔王様!生け贄をお召し上がりください!」
「おぉ!魔王様が降臨なされたぞ!」
「魔王様、万歳!!」
「おぉ、素晴らしき魔王様、感動に、この身が震えます!」
魔王様?生け贄だと?目を見開き、ゆっくりと周りを見渡すと、魔族に取り囲まれた自分の立ち位置に気づく。まずい、新たに召喚された魔王に捕まったのか!そういえば、ちょうど魔王は100歳だった。次の魔王の召喚の年だ。自分のことで頭がいっぱいで、そのことを忘れていた。よく見れば、ここは魔王城の謁見の間だ。まずいな、いつの間にか私は生け贄としてここに連れてこられたようだ。まだこの世界に戻るドアに入っていなかったのに、なぜこの世界に飛ばされたんだ。
このまま新しい魔王によって殺されたら、王国の聖堂で復活できるだろうか。そういえば<天の声>に、こっちに残った後で死んだら復活できるのかを聞いていなかったな。失敗した。このまま死ねば、こっちの世界で復活することも、元の世界に戻ることもできないかもしれない。かなりまずい状況だ。
慌てて剣を抜こうとしたが、剣の柄があるべき場所にあったのは、持ち慣れた聖剣バリューの柄ではなく、何度も魔王との戦いの中で目にしたから見間違うはずのない、魔剣デスサイザーの柄だった。
それに気づいたと同時に、なぜか体が自然と動き、デスサイザーの柄をつかみ、剣を引き抜いて正眼に構える。
な、なんだ?体が勝手に動くぞ?オートバトルモードでも実装されたのか?そして目の前に供えられた魔物の首をはね飛ばす。ほとばしる血しぶきが霧のように広がり、思ってもいなかった言葉が、力強く私自身の口から放たれる。
「皆の者、我に従え!」
「我々のすべては魔王様のために。魔王様、万歳!!」
私の発した言葉に呼応して、この部屋の魔族達が一斉に声を上げる。
「魔王様、万歳!!」
いったい何が起きたんだ。<皆の者、我に従え!>とは何だ?確かに自分の口から出た言葉ではあるが、自分の意思とは違う別の誰かがそう言わせたのは間違いない。しかし、この状況を考えると私が魔王として召喚されたということは疑いようのない事実のようだ。そして、私の体が、言葉がれを受け入れたことになる。私が魔王?何がどうなっているんだ。さっきまで、私は勇者だったはずだ。
混乱した頭の中を整理しようと考え込んでいると、すぐ側にいた一人の魔族が私に向き直る。身長は魔族の中でも高い方だ。見た感じ190cm程度。がっしりとした体格にあつらえたような太い腕。彫りの深い顔と鋭い眼差しを、さらに精悍に見せつけているのは、額から胸元にかけて流れる高位魔族の紋章。たしか、彼の名は魔王軍総指令のデザミーだ。
「魔王様、召喚の儀でお疲れかと存じます。どうぞ玉座におかけください。」
今気がついたが見知らぬ魔族達も視界に入ると、その魔族一人ひとりの名前が自然に頭に浮かんでくる。どうも、本当に魔王になったみたいだ。仕方ないので、促されるままに玉座に腰を下ろし、どうするかと考えていると、正面のドアから上級魔族のデルとダイナブが背の高い人型の魔物、オーグを連行してきた。
「魔王様、地下一階の宝物庫にオーグが数体入り込み、魔王様の宝を物色しておりましたので、その場で始末いたしました。侵入の目的を吐かせるために、このオーグを連行いたしました。新しい門出に際し、失礼かとは存じましたが、何かの謀があっての行動ならば大変だと思い連れて参りました。魔王様、四天王様、いかがいたしましょう。」
魔族の宝物庫か。そういえば、魔族は人間と同じような<宝>の価値観を持っていたな。少なくとも、魔物よりは物の価値を共有することができそうだ。そういえば、私は魔族の生活をよく知らない。魔物は、自分たちが欲しいものは奪うだけで売買はしない。魔族はどうなんだろう。剣や鎧は自分たちで作っているようだが、魔族の世界には貨幣を使い、売買を行う習慣はあるのだろうか。
そんなことを考えていると、いきなりオーグが自分の口から短剣を取り出し暴れ始めた。突然の行動に対応が遅れたデルとダイナブが短剣の刃に傷を負い倒れる。その瞬間、私の心に怒りの感情が生まれた。
「静まれオーグ!我が魔王城での勝手は許さんぞ!」
本当に自然に口から言葉が放たれた。威嚇しようと思ったとたんに出た言葉だ。自分の言葉に自分でびっくりしたが、もっと驚いたのは、叫び終わるとほぼ同時にオーグの体が硬直してドサリと倒れ込んだことだ。他の魔族が素早くオーグに攻撃を加えたのだろう。
傷を負ったデルとダイナブがオーグをのぞき込み、絶命していることを確認するとこう告げた。
「さすがは魔王様。お言葉だけで魔物の命を絶つとは!」
「魔王様のお手を煩わせてしまい、申し訳ございません。」
魔王軍騎士団長のザールが申し訳なさそうに私の方を向き、片膝をついて右腕を自分の胸に当てて目を伏せる。ザールはデザミーよりやや身長が低い。186cmくらいだろうか。しかしデザミーに勝るとも劣らないがっしりとした体格だ。日に焼けた浅黒い肌に太く切り上がった眉。デザミーとは少し違う魔族の紋章が、隈取りをしたかのようにくっきりと開かれた目を印象づける。そして固い意志を示す厚い唇。
ザールはそのままの姿勢で私の言葉を待っているようだ。何か言わなくては。勝手に発せられた言葉は良いとして、いや、良くはないのだが。私の発した最初の言葉が王様というか、魔王としての言葉なので、そのまま魔王として威厳があるような言葉を使う方が良いのか。
「騎士団長ザールよ、私の言葉だけであのオーグは絶命したとは考えにくいのだが、お前達のうちの誰かが攻撃したのか?」
「私どもは何もしておりません。魔王様のお言葉は、私どもの渾身の一撃を遙かに凌駕しております。」
ザールは言い終わると安心したように姿勢を正し、直立してオーグの屍を一瞥する。いや、言葉だけで倒せるって、完全にチートレベルだな。それが本当なら、この魔王は少し強すぎないか?勇者だったときの私がいくら頑張っても今の魔王である私を倒せそうにない。そのうち王国軍が攻めてくるとして、王国軍に勝ち目があるとはとても思えない。
「ふむ・・。ではデルとダイナブ。情報が得られなかったのは残念だが仕方あるまい。オーグの屍を始末せよ。それと、自分たちの傷の治療を忘れるでないぞ。」
「わかりました、魔王様。ありがたきお言葉、恐縮至極に存じます。」
「では、失礼いたします。」
オーグを連行してきた二人は、帰り道にはオーグをひょいと担いで戻ることになった。待てよ?あのオーグ、まさか魔族の胃の中に入るとかいうことはないよな?今日の晩餐はオーグのフルコースとか・・・。いや、考えるのはやめておこう。そういえば、魔族は何を食べているのだろう。色々とわからないことだらけだ。そういえば、魔族の食事のことなんか考えたことがなかったな。それと、魔王はお腹がすくのだろうか。おぉ、つまらないことを考えられる余裕が出てきたかな?
しかし、若き魔王、どうも相当に魔力というか、眼力というか、とにかく魔王としての力が完全にチートレベルだということはわかった。この強さなら、この世界を支配することも容易いのかもしれない。魔王城を中心に、2つの王国と1つの公国のすべてを支配して、この大陸全土に魔王帝国を築くなんてこともできそうではないか。
ふと気づくと、いつの間にか玉座の左に魔王軍情報団長ミルノと総司令のデザミー、右には魔王軍魔法団長のミザーナと騎士団長のザールが立っていた。どうもそこが4人の定位置のようだ。そう、この4人が魔王軍の四天王だ。先の戦いの中では、四天王のうちの3人は2年間修行を重ねた勇者とほぼ互角かやや劣る程度の力を持っていた。味方につけるなら、とても頼もしいメンバーだ。修行を積まない召喚されたばかりの勇者ならとてもかなわないだろう。




