【第5話 別れ】
俺の正体がばれて話し合いをした後、ひよりはジュリと二人きりで話がしたいと言うことでその場に残った。俺とシコクレンさんが先に階下に戻ったとき、少し長く二階にいたので王子たちが気にするそぶりを見せたので、勇者一行に加わらないかと説得していたといってはぐらかしてくれた。
しばらくすると、アゲハ(ひより)とジュリが仲良く笑顔で降りてきた。何があったのか念話でジュリに聞いてみたが<姉妹だけの秘密ですよ。>と言って教えてくれなかった。アゲハも同じ答えで、俺の顔を見てニッコリと微笑んだ。いったい何なんだ。まぁ、仲良くしてくれるに越したことはないんだけど。
そうこうするうちに計画実行の時間が近づいたので、それぞれの持ち場に分かれて決行の合図を待った。魔女ルミスの動きがないのは不気味だが、強力な多重結界を張っているので王城から逃げられることはない。何かの秘策があると思っていいだろう。
時間になり、計画通りに王城に正面から攻め込んだが思った以上に抵抗が少ない。魔女ルミス一派ではなかった衛士たちは、王子たちの姿を見ると剣を納めて傅き、抵抗せずに道をあける。敵はマーカーで確認して確実に倒し奥へと進む。民衆はその様子を見て歓喜の声援を送っていたが、王城の奥へと進むにつれて歓声は届かなくなった。
第二王子ラッセルたちから念話が入る。尖塔に侵入したが幽閉されていた国王と王妃の姿はなく、衛士の話によると1時間ほど前に魔女ルミスの配下が連れ去ったということだ。人質にして交渉でもしようと考えているのだろうか。
俺たちは、各階の部屋をしらみつぶしに敵を倒し、監禁状態の臣下を救出しながら最上階の謁見の間に到着した。そこには魔女ルミスが不敵な微笑みをたたえて王座に掛けていた。
「王子に勇者、そして冒険者たちよ、よくもまぁ、わらわの計画を台無しにしてくれたものじゃ。」
「魔女ルミス!それはこちらの台詞だ。国王と王妃を返してさっさと自分の国に帰るがいい。」
「国王と王妃とは、この者たちかえ?」
その言葉が終わると同時に縄で自由を奪われた国王と王妃が連れて来られる。2人とも猿ぐつわをされ、後ろ手に縛られている。王妃は目を覚ましているが、顔色は優れない。ちょうどそこに尖塔から移動してきた第二王子ラッセルが到着して叫ぶ。
「観念して早く父上と母上を解放しろ!ここで命を奪っても聖堂で復活するだけだ!」
「ほぅ、復活するのか。では、試してみるか。あれを連れてまいれ。」
数人の戦士が連れてきたのは、魔道士に憑依された人型のメタルゴーレムだった。その手にはロングソードが握られている。
「魔物に切られても復活するとは初耳じゃ。どれ、見てみるとしよう。」
「ま、待て!!」
制止も届かず、ゴーレムのロングソードが国王の首を一瞬ではね飛ばす。謁見の間は悲鳴と怒りの声に包まれた。その中に癇に障る高い笑い声が響く。
「復活したかの?見てまいるがよい。まだ王妃の首は落ちておらぬが、もう一度試してみるかえ?さあ、わらわに斬りかかって見よ。どうした?」
「お前は絶対に許さぬ。第一王子イシェルの名にかけて、お前には復活できぬ死を与えてやる!」
「ほう。わらわに手も足も出せぬ小僧でも、口だけは達者のようじゃ。言いたいことは後で聞いてやろう。それより、早くその腕輪や足輪をはめるがよい。そうすれば王妃の首は飛ばぬぞえ。」
いつの間にか俺たちの目の前に出現した拘束装備を指し示して王子たちに選択を迫る。目の前にある隷属の腕輪と魔封じの指輪、力封じの足輪を装備するか王妃の首を飛ばすかの選択だ。
「王子、それを装備するということは、この国を滅ぼすということです。おやめください。」
「フィル、それはわかっているが、王妃を、母を見捨てるわけにはいかぬ。」
「国王と王妃は強い意志と決断力を持った息子が自慢だとおっしゃいました。ここは正しい決断をされますように。そうですね、国王様?」
「その通りだ、イシェルにラッセルよ。国や民は我々のためにあるのではない。国民あっての王族だ。」
「国民あっての私たちだと言うことを忘れてはなりませんよ、我が息子たち。」
そう言いながら謁見の間に入ってきたのは、先ほど首を落とされたはずの国王と、今まさに首を落とされようとしているはずの王妃だった。その両脇と後ろをミザーナとジュリ、デルが固めている。
「父上、母上!」「ご無事でしたか。」
「それはまがい物じゃ。国王は死に、王妃は我が手中にあるのじゃ。戯れ言に惑わされず我に従うがよい!」
「魔女ルミス、では貴女の横にいるのは何者ですか?」
そう言いながら、ミーナがパペットの魔法を解除する。あっという間に首をはねられた国王と王妃の姿は、元の木のパペットに戻る。
先日の尖塔で国王たちと話したとき、ミーナが国王と王妃にかけられていた魔法や術式をあっさり解除し、持ってきたパペットに2人の情報をコピーして身代わりとして脱出し、国王と王妃はこのときまで隠れ家の屋敷で回復魔法をかけて休んでもらっていたのだ。
「何ということじゃ。忌々しい奴らめ。奴らを殺してしまえ!」
魔女ルミスのことばに一斉に斬りかかる配下たちとゴーレム。俺と勇者たちは素早く立ち回り、攻撃してくる敵の四肢に傷を負わせ行動不能にする。俺は魔法を注ぎ込んだ剣でゴーレムを袈裟斬りして一撃で倒す。奥ではミルが魔術師たちを結界で縛り捕らえていた。
「これでお前の配下は全員聖堂院送りか行動不能になった。あきらめて捕まるがいい。」
「どうせ王族殺し未遂も国家反逆の罪も死刑じゃ。それならお主たちを皆殺しにして恐怖で国を支配するだけじゃ。」
その言葉と同時に謁見の間の壁を突き破って数体の魔物が侵入してきた。それに反応して下がった俺たちのいた場所で、侵入した魔物たちが捕らえていた魔女ルミスの配下を食い殺して魔女ルミスの傍らに立つ。身方にも容赦のない攻撃だ。
侵入したのは、人より一回り大きなカラスに近い容姿の魔物2体と、背丈は3mほどで上半身は羽毛覆われた鷹のようだが、胴体は虎に似ていて鋭いかぎ爪をもつ足が4本。背中の後ろからしっぽまでは尾羽になっている、いわゆるグリフォンというやつだ。
たぶんグリフォンはミルが最近姿を見せなくなったと報告のあったラスクだろう。四天王クラスの魔力と攻撃力を感じる。これほどの魔物に憑依して動かせる魔術師となれば、魔族でも上位クラスになる。魔女ルミスから感じ取れた力では操ることは不可能なはずだ。
「・・・テクレ、コロシテクレ・・・。」「ワレラヲコロセ・・・。」
ラスクたちからの念話が全員の頭に漏れあふれて聞こえてくる。よく見てみると、ラスクと大烏の耳のすぐ後ろに何かが突き刺さっている。あれは何だ?そこにミルから念話が入る。
「マスター、あの大きな魔物がラスクです。耳の後ろに針があります。あれには直接脳を支配する魔法術式が組み込まれているようです。たぶん、あの針で隷属させているのだと思われます。マスターの能力なら倒すのは容易ですが、我々には荷が重いかと。」
「わかった。ラスクは俺がなんとかしよう。みんなは他の2体を頼む。それで、あの針をどうにかすれば術は解けるんだね。」
「はい、たぶん。でも針を抜いたからといって敵対しないとは限りません。今までも友好的というよりお互いに不干渉を貫いてきましたので。」
念話の途中で魔女ルミスが俺たちに攻撃するように指示を出す。ゆっくりとした歩調で両脇に大烏を従えて近づくラスク。魔女ルミスは勝ち誇ったような顔でその様子を眺めている。
シコクレンさんとアゲハが右、デルとジュリが左で大烏を受け持ち、ミルとミーナは王子や騎士団員や衛士とともに国王と王妃を守りながら回復、防御魔法でのサポート体制に入る。俺は抑えていた能力を解放し、目の前で攻撃態勢に入ったラスクたちに対して念話を送る。
「今からお前たちの頭に打ち込まれた針を抜く。少し苦しいかもしれないが我慢しろ。」
「ムリダ、ミンナコロセ。」「ムリダ」「コロセ」
「まあ、そんなに死に急ぐことはない、いくぞ。」
前衛の仲間に魔物を殺さず抑えるように頼み、後衛のミルとミーナには魔物3体に最大魔力で解除魔法<クリア>をかけるように指示を出す。ラスクは強力な対魔法、対物理結界を纏っているので、俺は能力を解放して解除魔法<クリア>を右の拳に込める。
魔物たちとの戦いが始まるとすぐにミルとミーナがクリアを発動する。両脇の魔物はすぐに仲間に抑えられたようだ。俺は右から鋭く繰り出されたラスクの前足をすり抜け、踏み込んでラスクの右胸に強烈な拳をたたき込む。同時に麻痺魔法<スト>を込めた左の拳を打ち込み、ラスクの行動を止める。
魔法の発動と同時に3体の魔物をそれぞれ押さえ込むと、俺は移動魔法ルウの応用で3体の頭に刺さっていた針だけを手元に移動させた。初めて使った応用魔法だったが、なんとかなったようだ。
「グッガァ!」「ギッ!」「クァ!」
ラスクたちは叫び声を上げて倒れ込む。すると、ラスクは何本もの尾羽を白い矢のように高速で放った。
「危ない!!」
「?!」
尾羽に気づいたアゲハが手裏剣でいくつかを迎撃し、それぞれが飛んできた尾羽に対処する。俺は飛んできた尾羽をたたき落としながらもう一度ラスクの体を調べる。そして尾の根元に刺さっていた針を見つけ、素早くその針を抜き取る。他の2体にはもう針はないようだ。
この隙を突いて、みんなの死角から魔女ルミスが俺に向かい黒い矢を放った。俺ははまだ認識していない。ただ1人気づいたジュリが防御魔法を最大強化して俺と矢の間に滑り込んだ。
黒い矢はジュリの結界に弾かれることなく、剣をもはね飛ばしてドリルのように回転しながらジュリの体を貫こうとする。それに気づいた俺が魔力を込めた剣でその黒い矢をたたき折る。黒い矢はその姿を魔烏に戻しながら霧散した。
その直後、アゲハの手裏剣が魔女ルミスの腕を吹き飛ばしたが、ジュリアの背後に転移したアゲハが突然倒れ込み、同時にラスクが起き上がって魔女ルミスに飛びかかり前足の一撃で魔女ルミスの体を引き裂く。これらはほんの一瞬の出来事だった。
「アゲハ!」「アゲハちゃん!」「妹ちゃん!」「ひより!」
アゲハは魔女ルミスが放った2本目の黒い矢を体に受けて倒れていた。黒い矢に気づいたが、手裏剣で打ち落とすことが間に合わないと判断し、ルウで飛んで身を挺してジュリを守る盾になったのだ。ジュリは倒れたアゲハの体を抱きかかえて必死に回復魔法をかけているが、黒い矢が抜けず効果がない。
俺は急いで針を抜いた要領で魔法で矢を抜こうとしたが、なぜか矢は移動できない。急いで最大魔力でクリアを込めた手で黒い矢を抜き取る。
黒い矢の正体は、手に持った瞬間読み取れた情報でわかった。強力な魔法防御と物理防御の術式が組み込まれた針を刺し、その上で魔烏を矢に変異させた殺人の矢だった。魔物に殺されると復活できないことを利用した最悪の武器だ。
「ジュリちゃん、やくそく・・・。」
うっすらと開いた目で俺の顔をみながら最後の念話を放ち、ひよりの体が霧散した。間に合わなかった。
「うああぁぁぁ!!!!」「アゲハちゃん!」「妹ちゃん!「アゲハ!」「勇者殿!」
俺は悲しみと怒りの叫びを上げた。頭ではわかっている。勇者は死ねば元の世界で甦ると。しかし、肉親が目の前で死ぬことに慣れることは一生かかっても不可能だろう。今いる世界で再び会うことはないのだから。
「クックッ、嘆き悲しみ、苦しむがよい。わらわに刃向かった者の末路じゃ。再び攻めてきたときには、もっと多くの嘆きを味あわせてくれよう。」
魔女ルミスの頭上に炎の塊が生まれる。爆裂魔法で自ら命を絶ち、聖堂院で復活する計画か。俺はコンマ数秒でその目の前に飛び、その魔法が発動する前に、ひよりの体から抜き取り右手に掴んだままの黒い矢を力任せに魔女ルミスの胸に突き刺す。
「な、何だと!わらわの力が、命が・・・。」
それが魔女ルミスの最後の言葉だった。俺は手に残った黒い矢を握りつぶして破壊し、その場に立ち尽くした。そして訪れる静寂。国は取り戻せた。国王も王妃も、その他多くの臣下たちも無事だ。これで平和な世界に戻る。だが、ひよりはこの世界にはいない。
立ち尽くしていた俺は、右手に温かみを感じた。ジュリが両手で俺の拳を包み、回復魔法をかけてくれていた。俺は怒りと悲しみの混じった感情の高ぶりで、あまりにも強く拳を握りしめており、自らの爪で手を傷つけ、血を流していたのだ。
「ジュリ、ありがとう。」
「うん。終わったね。」
そういうと、じゅりが身を寄せて俺の肩に頭をもたれかけて言った。
「大丈夫、ひよりちゃんとの約束は、きっと守るから。フィル、1年待ってね。」
どんな約束をしたのだろう。よくわからないが、ジュリが側に来てくれたおかげで落ち着くことができた。振り返ると、仲間が俺を見てうなずく。国王や王妃、王子たちは深々と頭を下げて感謝の念を現した。
こうしてフィレン王国で始まった一連の事件は終わりを告げた。
悲しい別れはありましたが、とりあえず戦いは終わりました。最近とても忙しいので、書きためた話がなくなりました。次話から少し短くなるかもしれません。
* 次話は24日(水)の予定です。




