【第2話 闇の中の真実】
【第2話 闇の中の真実】------------------------------
闇の中でどうしたものかと考え込んでいると、天の声が聞こえてきた。
「ここは異世界とこの世界の中継点であり、召喚者の通り道でもある。」
「使命を成し遂げた勇者に、この世界の真実を伝え、選択の機会を与えよう」
そこで語られた真実は、以下の通りだ。
「まず、召喚は、召喚される者が睡眠に入ったときにのみ行われるのじゃ。」
「そして召喚された者も、この世界の住民と同じように年をとることになる。魔物も魔族も同じじゃ。」
それって、召喚されたときに言って欲しかったんだけどな。でもまぁ、多分そうじゃないかとは感じていたけどね。
「この世界の住人は、魔王軍と戦って死ぬとレベルが1ほど下がった状態で聖堂で復活するじゃろう?魔族も倒されると、1日後には1年若返って魔王城の地下で卵から復活する。しかし、魔物に襲われて命を失った者は、聖堂でも魔王城でも復活しないんじゃ。そして、召喚された勇者や魔王は死んでしまうと、この世界では復活できないのじゃ。これは知っておるの?」
「いやぁ、この話って召喚されたときに教えてくれるのは普通じゃないの?」
「言うのを忘れとったのじゃが、王国で教えてもらったのじゃろう?」
まぁ召喚された日に、魔法省大臣のキユウから言われていたし、僕と同じ日に召喚された勇者達が聖堂で復活できなかったから間違いない。でもそれだけに、死は怖いものだった。
「ちなみに、今までに召喚された者は大勢いるが、ここ60年くらいは、一度も魔王討伐に成功した勇者はいなかったのう。あぁ、そうじゃ、魔王の歳は今年でちょうど100歳じゃった。魔王は100歳で使命を終える。寿命を迎えて元の世界に戻れる年じゃ。ちょうど魔王の入れ替わりの年じゃて。召喚された歳が40歳じゃったからのう。60年ほど魔王として君臨したことになる。老衰で死ぬより少しだけ早く元の世界に戻れたのう。」
いやそれって、魔王は老衰寸前だったってことか?ものすごく強かったであろう魔王の全盛期って無敵じゃないか。ちょっと待てよ?魔王が元の世界に戻る?
「えぇとな、おぬしも今の話で気づいたと思うが、魔王は魔族が召喚した異世界人であり、召喚された時点でこの世界に満ちた魔力と等しい強大な魔力を持つのじゃ。」
「おぬし達勇者が召喚されたときに、ステータスが高かったのと同じことじゃな。」
やっぱり。いったいどこの世界から召喚されたんだよ、魔王!!若くして召喚されたら50~60年くらいは絶対に倒せないじゃないか。若い魔王のときに召喚される勇者って、とってもかわいそうじゃん。今回はちょっとラッキーだったのか?
「それとな、召喚された勇者が魔物や魔族の手によって死を迎えると、自動的に記憶を消されて元の世界へと送り返されるのじゃ。それ以外で病気などでこの世界で死ぬことはない。まぁ、寿命は別じゃがの。」
そう言われれば、確かに勇者はみんな健康だったなぁ。
「ん?送り返されるってことは、元の世界に戻るってこと?」
「その通り。魔王軍に倒されると、ずっと眠っていたあちらの世界で目を覚ますのじゃ。」
あぁ、なんとなくニュースで見たことがある気がする。40年ぶりに目を覚ましたとか、なんとか。きっと似たような世界に召喚された人だったんだろう。
ってことは、召喚された者は、死ねば元の世界に帰れるのか。死んだら戻れると知れば、自殺すればいいけど、でも待てよ?それって魔王を倒さないとわからないってことか。今まで、みんな死んだらそこですべて終わるって思っていたからこそ、歴代の勇者は死ぬことを恐れていたんだが。
「なぜ召喚されたときに元の世界の記憶があるのに、戻るときには消されるんだ?」
「あちらに戻っても、異世界の話なんて誰も信じてくれんじゃろう? ずっと昔に記憶を持ったまま戻った勇者がおっての、戻った世界でただの変人扱いされて、本当に頭がおかしくなったそうじゃ。それを防ぐ意味もあるのじゃ。」
「それでの、お前のように、このルールは使命を終えたときにのみ知らされるのじゃ。そして、使命を果たした者のみの特典として、元の世界に戻るか留まるかの選択ができるのじゃ。」
「天の声さん、ちょっと聞いてもいいかな?」
「何じゃ、申してみよ。」
「私がここに来てちょうど2年くらい経つんだけど、もしかして元の世界では1秒だったとか、50年過ぎてるとかってない?」
「よい質問じゃ。こっちの1年は、あっちの1年と同じじゃ。そういう仕組みにできておる。」
「じゃぁ、もしかして魔王の討伐に30年かかったらあっちでも30年過ぎてるってこと?」
「その通りじゃ。」
これって、結構やばい真実ってやつだ。でも魔王、100歳で元の世界に戻っていいことがあるんだろうか。待てよ、会社を約2年休んでいるってことは、休み長すぎてクビになっている可能性が高いな。たしか私が入社した年の秋には、胃を壊して半年休んでいた先輩が首になったはずだ。
勇者として活躍したなら、相応の報酬とか特殊な能力を持って元の世界に戻るかもしれない。会社をクビになっていても、普通の生活で一生暮らせるくらいの何かがもらえる可能性もある。これは少し期待できるかもしれないな。
「ちょっと聞かせてくれ。私は召喚されたときに社会人1年目だったんだけど、もし会社クビになっていたら、保証とかあるのかな。」
「残念じゃが、それはないのぅ。こちらで頑張れたのじゃ、戻ってもきっと頑張れるはずじゃ。」
「いやいや、結構現実の世界は厳しいのですが!」
「人生80年。一生のうちのたった2年じゃ。まぁ、よいではないか。」
「いや、全然よくないんですけど!」
「元の世界の設定じゃ、召喚された勇者が戻ってきたら、1秒しか経っていなかったとか、すごい報酬や力を持って戻ってきたとかあるんだけど、そんなのはないのかな。」
「いや、わしはあちらの世界でそんな話は聞いたことがないのぉ。あちらの世界の君は、2年寝たきりだから、戻ったらまず体を鍛え直すところから始めねばならんのう。」
予想通りの不幸な展開に少し滅入ってきた。しかし、全く何もないはずがない。小説やゲームの世界では、必ず何かいいことがあったはずだ。
「報酬や特殊能力はないのかな。こっちの世界のアイテムや姫様を連れて行けるとか!」
「申し訳ないが、何も持ち出せないし、誰も連れて行けないのぅ。もしそんなことができたら、あちらの世界はパニックになっとるわい。」
これって、完全に召喚され損なパターンだ。召喚されたのは家で寝ているときだし、このまま帰ることになったら、現実世界ではきっと会社はクビになってる。労災は降りないだろうし、体もやせ細っているだろう。こちらで鍛えた肉体は持って帰れない。戻って就活しても、就活時期は過ぎているから4浪と同じ扱いだ。この就職難の時代に就職先が見つかるのは至難の業だろう。待てよ、物が無理ならあれがある!
「こちらで習得した魔法や勇者の特殊スキルとかは元の世界で使えるのかな?」
「あっちの世界に、はたして魔法はあったかな?しかも、こちらの世界の記憶は消えるのじゃ。夢の中で思い出しても、目が覚めれば夢だったと思う程度じゃろう。」
どうも帰る選択肢には、いいことがありそうもない。まぁ、彼女もいなかったし。少し落ち着いて考えれば、こっちに残った方がかなりお得なことは間違いない。あぁ、でも心残りが1つだけある。元の世界の妹のことだ。
両親は、妹が高校を卒業してすぐに自宅以外の財産を処分して、妹の学費や生活費を入れた通帳を残して「妹を頼む。達者で暮らせ!」って、さっさと海外に移住しちゃったんだった。妹はまだ大学生だ。ブラコン気味だったから、きっと私が寝たきりになって心配をかけているに違いない。
「こっちの世界にいたままで、元の世界の様子を知ることや干渉することはできるのかな?」
「う~ん、無理じゃなぁ。こちらで死んで元の世界に戻り、再び召喚されることがあれば行き来はできるがの、しかし、記憶は消えておるから、意味のないことじゃて。」
これじゃ、一度戻ってからこっちに来ることも無理っぽい。妹のことだけが気がかりだが、リアルマネーも通帳にたっぷりあるし、一人でも十分にやっていけるとは思う。他に気になることは特にないけど、妹のためにあと1つだけ聞いてみよう。
「もしこちらに残ることを選んだら、元の世界の私の体はどうなる?」
「あちらの世界の肉体は必要なくなるから、処分じゃな。」
「処分とは?」
「まあ、一般に言う<死>と言うことになる。死んで埋葬されるんじゃよ。」
葬式代出せずにごめんな、妹よ!
「ちなみに、使命を果たせずにこちらで生きている限り、あちらの世界で何があってもあちらの体は死なないようにできておる。」
それっていつでも戻れるようにって措置か。何があってもって、洪水で水没しても火事で焼かれても死なない体なのか。そっちの方が報酬を持って戻るより技術的に難しくないか?まるで動かないゾンビみたいだ。是非遠慮したいな。
「他に質問はないかな?そろそろ決めてもらいたいのじゃが。」
「だいたいわかったよ。もう聞きたいことはない。」
「そうか、わかった。さぁ、選ぶがよい。元の世界に戻るなら<戻る>という意思表示をして、そのまま静かに目をつぶっておれ。目を開けたとき、元の世界に戻っておる。」
「この世界にとどまるのなら、<残る>ことを意思表示して目の前に現れる光のドアを開けるがよい。ただし、二度と元の世界には戻れぬと思え。」
私は悩むことなく、この世界に残ることを選択した。
「この世界にとどまるよ。」
そう叫ぶと、やがて闇の中に光に包まれたドアが現れた。
「そのドアを開けて進めば元の祭壇に戻れる。ただし、ここでの記憶は消えてなくなるじゃろう。」
「姫と結婚して幸せになるがよい、さらばじゃ!」
どうやら天の声の主は去ったようだ。あのドアの向こうでジュリアや仲間が待っている。さぁ戻ろう。結婚式を挙げてジュリアと幸せになろう。私は光のドアへと進み、ドアノブを掴もうとした。
突然、後ろの闇の中から、反抗しがたい力で体を引っ張られる。
「おぃおぃ、どうなってんだよ!もう一歩なのにくそっ!」
そして強烈な力は、ドアノブに必死で手を伸ばす私をあざ笑うかのように、私の体を闇の中へと引きずり込んだ。




