【第8話 真珠色の翼】
開戦の前日、フィルは四天王にある提案をしてびっくりさせた。<ギルドに冒険者として登録する>と言い出したのだ。
「たぶん明日には開戦すると思う。それで、朝、戦いが始まる前に王都のギルド本部に行って登録してくるよ。」
「し、心配なので、私がついて行きます。」
「私も行きます。なんか楽しそう。」
「いや、ちょっと1人で行ってみたいんだ。お約束の色々も体験してみたいし。」
「お約束?何ですかそれ?」
「ひ・み・つ!」
「え~!!」
というやりとりがあり、とりあえずフィルだけで登録に行き、この騒動が終わってから希望者も登録することになった。フィルは顔を変え、ステータスの調整をして夜明けとともにギルド本部に向かう。本部の朝は早い。というか、性質上は24時間営業である。
ギルド本部の入り口は、期待していたスウィングドア(ウェスタン調ドア)ではなく、レバー式ノブがついたドアだった。ちょっと残念だが、土埃や虫が入ってくるのも困るので仕方ないかと納得してドアを開ける。正面には長い受付カウンター、その左には張り紙がたくさん貼ってある依頼用の掲示板。掲示板前にはいくつかのテーブルとイスがあり、数人の冒険者らしき人が座って張り紙を眺めている。
カウンターのすぐ右は、奥に通じる通路。そのすぐ右は2階に上がる階段。2階にも数人の人の気配がある。お約束の高レベル冒険者専用らしく、少し頬が緩む。階段から右は広めの食堂になっていて、早朝にもかかわらず何人もの冒険者が食事をしたり、話し込んだり、打ち合わせをしており、ドアの外の静けさが嘘のように活気がある。
足を踏み入れると、最初のお約束体験スタートだ。一気に視線が集中して会話が止まる。そして、また何事もなかったかのようにざわめきが戻る。カウンターの受付嬢は、残念ながら「嬢」ではなく「氏」だった。残念・・・。2番目のお約束体験はあきらめて、そのまま冒険者としての手続きを開始する。すると、次のお約束体験が来た!
「よう兄ちゃん、そんなちっこい体で冒険者になるって、冒険者をなめてんのか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。冒険者の資格は体の大きさで決まるものではないでしょう。」
「はんっ。力もなさそうだし、そんなひょろっ子じゃぁ、あっという間にあの世域だぜ。」
「まぁ、これから頑張って、あなたのような立派な体格の冒険者になれるように頑張りますよ。」
「お、おぅ、まぁ、頑張れよ。」
あれ?なんか間違えたかな。ここでトラブルがってのがお約束のはずなのに。あっ、勇者の頃の癖で相手上げしちまったか。相手下げして怒らせなきゃいけなかったのに<あなたのような立派な体格の冒険者に>って失言だった。ちょっと練習してくればよかった。リプレイしたいところだが、もう言ってしまった後の祭り。今回は我慢するか。
そうして無事に手続きが始まる。まずは名前。ここは親しい仲間が私を呼ぶときによく使っていた<フィル>にする。基本ステータスは魔法術式が込められたギルドカードが自動で読み込み、表示されるので書く必要がないらしい。ユニークスキルなどは表示されない。カードは色々と相手に見せる場面が多いため、全て表示されるとトラブルの元になるらしい。
さらに手続きが進んでいき、自分がマスターとなりチームを作るときのチーム名を書くことになった。やっと念願の名前が使える。召喚前に、とあるゲームで知り、いつかメンバーになりたいと思っていた名前『真珠色の翼』。残念ながら活動が停止していたのでメンバーにはなれなかったが、名前の綺麗さとメンバーの強さと優しさに強いあこがれを持っていた。
「じゃぁ、これがギルドカード。君のランクはレベルに合わせるので<C>、グループレベルは<2>だ。レベルはこのカードの裏に魔法で書いてあって、君とグループメンバーのレベルが上がれば自動的に上がるようになっている。」
「わかりました。」
「それと、個人ランクはレベル50になればB、あとはレベルが10上がるごとにA、S、SS、Gと変わる。まぁ、生きているうちにSSとかGになれるのは基本、勇者クラス以上だけどね。それと、グループレベルは人数が増えるか高レベル者が入れば上がり、脱退するとその人が入って上がった分の80%が下がる。レベルに合わせて聖堂院からの加護の強さが変化する。まぁ、のんびり頑張りなさい。」
「はい、頑張ります。ありがとうございました。」
こうしてお約束のイベントを少なくとも2つ逃した私がギルド本部を出る。
「フィル、おはようございます!」
「フィル様、おはようございます。」
「あ、もう朝の念話の時間か、おはよう!」
「おはようございます、ジュリア様、ソーニャ。」
「ジュリア様、おはようございます!」
「皆さん、おはようございます。」
いつものおはようコールが始まったが、この会話の中で私が冒険者に登録したことがジュリアにばれてしまった。ジュリアも冒険者登録をしたいといいだしたが、すでに勇者一行として冒険者登録をしているし、Sランクの有名人だ。新しい勇者グループのメンバーでもあるし、私と一緒に冒険できるはずもない。なんとかあきらめてもらおうと思ったのだが。
「そういえば、フィルったらステータスとか顔とか見たら正体ばれちゃうはずなのに、どうやって登録したの?」
「ジュリア様、それは私たちの魔法術式で顔を変えたりステータスの表示だけ変えちゃったからですよ。」
「え?そんなことができるんなら、私もできるよね?」
「ソーニャ!またやらかしたな!」
「あにゃぁ・・・。」
「本当にソーニャったら。」
「人型パペットもあるから、身代わりも大丈夫。お貸ししますよ。」
「・・・」
結局、ジュリアの疑問に答えたソーニャのひと言に、魔法団長ミザーナのいらぬ一言が加わってジュリアも冒険者登録をすることになった。今日のゴタゴタが終わらせたら、他の希望者もまとめて連れて行くことになった。この先の楽しみのために、今日は頑張るとするか。
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時間は少し進み、たぶん今は午前10時頃だろうか。私は現在、王都の西門前でにらみ合っているフィレン王国とラノム王国の騎士団が一望できるリオ山脈近くの丘の上にいる。私に同行しているのは、ミザーナとその配下5名、魔王軍騎士団の精鋭5名の11名であり、私を入れても12名だ。本当の冒険者は私だけだが、全員が名前を変えた上に装備も職種もバラバラにして冒険者を装っている。
フィレン王国の騎士団は約2万5千人で、ラノム王国の援軍という形で王都の外壁に達している。しかし、魔物達とは戦おうとせず、いったん王都に入ることを要求している。さすがに不審に思われたのか、門は開かず門の前のラノム騎士団約5000人ほどと距離をとってにらみ合っているところだ。
すでにミザーナと魔法団員は防御結界を張り、大規模な攻撃魔法を展開する準備ができている。戦いが始まればフィレン王国騎士団の中央を縦断する形で攻撃魔法の雨を降らせ、その後私とミザーナ、精鋭5名の計7名で王国側の5千人程度を殲滅する予定だ。この戦いでは、後方フィレン王国の騎士団にはフィレン王国に一度戻ってもらうことにする。たぶん、その後は二度とこの国には足を踏み入れることができないだろうけど。
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最初に開戦したのは、デザミーの配下で今回の戦いで名誉挽回をはかるデルとダイナブ率いる2隊だ。あの程度の傭兵達なら5分もあれば終わるだろう。そして予想通り、2番目にデール隊と魔物達との戦いが始まった。そろそろ私たちも出陣するとしよう。
ちょうどそのとき、フィレン王国の騎士団は魔物の集団に向けて兵を進めだした。しかし、急にUターンして王都入り口を固めていたラノム王国の騎士団へと牙をむいた。
最初の刃が交わされた瞬間、ラノム王国の防御結界の外に陣を構えていたフィレン王国の騎士団の最前列に火球や氷の刃、爆裂魔法を大量に落とした。威力は人族並みに落としはしたが、思った以上に範囲が広がり、半数以上は王都の防御結界にぶつかり跳ね返った。それはあたかもナイアガラの滝のように空を埋め尽くすように広がり、後方にまで降り注いでいるように見える。しかも、跳ね返された爆風は熱風となってフィレン騎士団に吹き付ける。はじかれた攻撃魔法は下に落ちる頃には威力はほとんどなくなっているのだが、見た目の激しさは地獄の炎が襲ってくるように見える。
熱風を浴びながらそれを見たフィレン王国の騎士団の陣形や統率は乱れに乱れた。そして、多くの騎士団員(実際には1000人程度だ)が爆炎に包まれ、氷の刃の餌食になる様子を目の当たりにしたフィレン王国の騎士団は、後方からじわじわと撤退し始め、魔法攻撃第2弾が発動すると、我先にと馬を駆り大慌てで撤退し始めた。
私以下7名は炎のナイアガラの滝を背に結界内のフィレン騎士達の間に乱入した。ラノム騎士団からの死角を確認しながら力を振るう。私の持つ剣は鋼の剣だが、魔王の魔力をともなう魔法を付加しているため、剣を一振りするだけで、前方5m辺りまでの敵の剣や体をあっさりと斬り飛ばす。これでも威力は最小にしてある。もちろん斬った手応えなどない。ただ剣を振ったら斬っちゃったという感じだ。
この魔法剣はイメージを具現化したものだ。剣を振るとき、自分のイメージに従って剣の先から魔法の刃が伸び、イメージした角度の範囲にある全てのものを切断する。それは、敵の体も防具も剣でさえも柔らかい豆腐に包丁を入れたかのようにスッと切り離してしまう。つまり、斬られた者からすれば、気づいたときにはすでに<死んでいる>のだ。この魔法の刃に指向性を持たせることができたのは、昨日の夜の練習の成果だ。そして、自分のイメージが適用されるため、身方や斬りたくない者は傷つけない。
少し離れたところでは、ミザーナが自分を中心に防御魔法を展開し、自分を軸として円を描くようにいくつもの風の刃と氷の刃を水平に高速に回転させている。敵に近づくと、刃の回転半径を広げる。半径5m以内にいる敵は、その刃にずたずたに切り裂かれ、四肢を飛ばし、体中から赤い噴水を放ちながら倒れて絶命する。矢が飛んできても強力な防御魔法やエアシールドによって矢自体をはじき飛ばす。そして遠方の弓兵には高速の氷のつららや火球を放つ。久しぶりに見るミザーナの戦い方だ。敵として戦ったときにはやりにくい相手だったが、身方だと非常に心強く感じる。
我が精鋭達はといえば、鉾やハルバードや槍、身幅の広い長剣や片手剣を振るう度に、周りの敵の手足や首、上半身が空中を飛んでいく。どちらかというと、切れ味より力押しという感じだ。戻って落ち着いたら、少し剣の使い方の講習会を開いて特訓をしなくちゃいけないな。刃物の意味を理解して有効に活用できないなら棍棒で十分だ。
そんなことを考えていると、なにやら大きめの馬にまたがったフルメイルの騎士が目の前に立ちはだかった。話には聞いていたが、一応ステータスを確認してみた。間違いなくこいつが今日の戦いの目的であるカインという男だ。
この世界の人族の装備を見ると、フルメイル装備の騎士や戦士、冒険者はほとんどいない。それは、戦場において利便性を追求すると当然のように排除されるからだ。フルメイルは重いため、防御力はあっても動作が遅くなる上に動きにくい。しかも可動部位や可動角が限られるため、動き自体の制約が多くなる。しかし、カインは鎧の重さを感じさせないほど軽やかな動きで馬を降りる。
「そこの冒険者達、なかなか強いようだな。我らに刃向かう根性もなかなかのものだ。しかし、今日我に出会ったことを後悔することになるだろう。」
なぜかカインは自分に○亡フラグを立てながらこちらを睨みつける。そしてランスを地面に突き立て、代わりに長剣を構えた。こいつには聞きたいことがいくつかあるので生かして捕らえる必要がある。フィレン騎士団もほとんどが倒されてあまり人数が残っていないので、大技も目立つので使えない。結界で逃げられないようにしてから手足を無力化して手っ取り早く捕らえるとしよう。
「マスター、ここは私にお任せください。」
「いや、私が先に!」
「いやいや、ここはお譲りください。」
精鋭達が物足りなかったのか、カインとの一騎打ちを申し出てきた。
「わかった。希望者が多いのに誰かを選ぶのは公平性に欠けるので、私が行こう。」
「マスター・・・。」
「ということで、私が相手をしよう。」
「若造が、調子に乗りよって。先に逝って仲間を待つがよい。」
そう言いながら構えた長剣を思った以上の速さで振り下ろす。
「マスター、危ない!」「危ない!」「まずい、避けて!」
ミザーナや精鋭達の念話が飛んでくるが、なぜか私にはその剣の速度がそれほど速いとは感じない。2激目、3激目の連続攻撃を警戒しつつ、自分の剣にかけていた魔法の種類を変えてカインの右肘辺りを切り払う。金属の鎧もろとも右腕が落ちる。
「ば、ばかな!」
「私の目で斬撃が捕らえられないだと!」
「いや、見えてますよね?」
「うん、ばっちり見えます。」
「めがねが必要な人かもね。」
「老眼とか?」
いやいや、消えるように見えるトリックで彼からは消えたように見えただけなんだけど。これも見抜けないなんて、やっぱりあとで特訓が必要だな。簡単に言えば、鎬の面を見せながら接近すると大きく見えてくる。その途中で急激に剣の刃を正面に向けながら死角方向に引いてしまうと知覚範囲から剣が消えたように見えるわけだ。簡単に言うと、剣の太さが急に細くなって目を騙しながら死角に移動してから斬りつけるわけだ。子供だましのレベルで、実践ではあんまり使えないけどね。
というわけで、左手で剣を構えてまだ闘気を失っていないカインの左腕と片足に深手を負わせ、その間にミザーナが服毒を防ぐために毒検知、組成破壊を実行して身柄を確保する。ちょうどその頃になってラノム王国の騎士団が敗残兵を捕らえ、生き残りを探索をしながらやってきた。
「君たちのおかげでかなり助かった。冒険者の諸君、ありがとう。」
「いえいえ、お疲れ様でした。この男は懸賞金首ですの私たちが捕らえました。連れて行ってもよろしいでしょうか。」
「ああ、構わないよ。何のお礼もできないが、それくらいは大目に見よう。」
「ありがとうございます。それでは、失礼します。」
こうしてフィレン騎士団の撤退とカインの捕縛という目的を果たした私たちはルウでリオ山脈近くの丘に飛び、カインから必要な情報を引き出した。その後のカイン?実際には賞金首じゃなかったので、ちゃんとどこかの聖堂まで送って差し上げましたよ。




