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【第2話 再会2】

【第2話 再会2】--------------------


気を取り直したミルノが慎重に次のベランダへと近づく。この部屋もベランダとの間のドアが開かれている。ミルノが防御魔法を最高値にしてそっと中をうかがい、念話で様子を知らせてくる。


「シコクレン様はイスに腰掛けて剣のお手入れをされています。大丈夫なようですのでお越しください。」


きっとこれが本来のミルノの所作なのだろう。さっきまでの浮かれた様子はなく、最小限の的確な動作でベランダに立つ。その後も抜け目なく、すべての事象に対応できる姿勢である。やはり本来は大変優秀なのだと納得させられるのだが、調子に乗せると大変なことになるということも、また事実なだけに安心して見ていることはできない。これもミルノならではなのだろう。


「そうね、あのとき3人目の剣の受け流しが甘かったからしのぎに少し傷がついちゃったのよね。」

「6人相手だとやっぱりまだ9連激は必要かな?魔王と戦うにはまだまだなのかなぁ。」

「元勇者の魔王ってどれくらい強いんだろ?そういえば、名前も聞いてなかったなぁ。」

「魔王を倒したら、元の世界に帰るときにこの剣持って帰れるかな?」

「戻ったとき、ゲームの中でチートキャラが作れるくらいの能力はもらえるよね?ちょっとは優遇されるよね?」

「もしかして、元の世界でも魔王が生まれて勇者として戦うとか、ないかなぁ、ないよねぇ・・・」

「でも、もしかしたら・・・」


ずいぶん独り言が多い勇者様だ。そして、その独り言は、この世界の報酬とか元の世界でもこの世界の力を使っていかにチート生活を送るかとか、この世界の何を元の世界に持って帰ろうかなど、最初はさすがゲーマーだと感心するも、延々と続く独り言は、私たちがあきれて立ち去るまで続いていた。剣を持って帰りたいとか、いろんなこと言っていたけど、実は何も持って帰れないし、スキルどころか記憶さえ無くなるんだよ、シコクレンさん。


これで一応、新しく召喚された勇者全員の様子が確認できた。今日の訪問予定で最後に残っているのはジュリア。今はたぶん夜の11時くらい。そろそろジュリアも寝入った頃だろう。ミルノの案内で5階にあるジュリアの部屋を目指す。そのとき、チラチラッと振り返ったミルノの目が、目がっ!・・・やれやれ、懲りない子だ。


ラノム王国の一家が住まう5階は、半分から奥に当たる部分が住居スペースで、それらの部屋にはベランダがない。中央には幅の広い廊下があり、騎士団の控室から廊下が一望できる。そして各部屋の前には上級騎士団員の歩哨が立ち、部屋の中には王族の信頼が厚く、戦闘能力の高い従者や侍女が騎士団員とともに控えている。廊下の歩哨は、定期的にドアについている小窓を開け、中の団員と異常の有無の確認をとる。


「では魔王様、歩哨の定期確認後、すぐに部屋の内側とジュリア様のベッド周りに二重結界を張って侍女達を眠らせますので、その後、ルラでお入りください。定期確認の間隔が短いので、長居できません。素早くお願いいたします。」

「わかった、よろしく頼むよ。」

「いよいよですね!愛です!!」

「行きます。」


一気に「ルラ」で室内に入り、ジュリアの眠るベッドの近くへと移動する。やっと愛しいジュリアの顔を見ることができる喜びから、心臓は高鳴り、自分の目元が潤んでいくことを感じる。勇者として召喚され、初めてこの王城広間で謁見したときに全身を走り抜けた電撃は、完全な一目惚れの証だった。そしてともに戦う中で交わした言葉の数々、初めて思いを告げ合った日のことなどが甦ってくる。


ジュリアの枕元にある魔法石を使ったランプの薄明かりが、ベッドを包む天蓋の中を柔らかく包み込んでいる。そしてその静かな空間の中から聞こえるジュリアのかすかな寝息。ジュリアを起こさないように、ゆっくり、ゆっくりとベッドに近づく。


薄いレースのカーテンを通してぼんやりと愛しいジュリアの寝顔が見える。部屋の隅にいた護衛の女兵士と侍女の2人は魔法で眠ってもらっているので心配ない。そっとカーテンを持ち上げてベッドの脇に跪き、ジュリアの寝顔をのぞき込む。


「フィル様、夜這いですか?」


「!!!」


「あら、緩んだ口元が大きくあいて、ちょっとお間抜けなお顔になりましたよ?ジュリア様に見られたら恥ずかしいので、お口を閉じましょうね、フィル様。」


「ジュ、え?えぇぇぇぇえっ!!」


驚いて言葉を口に出してしまい、慌てて口を閉じる。ジュリアの口元がわずかにピクリと動くが、まだジュリアは眠ったままだ。立ち上がってジュリアの枕元の奥を見ると、そこにはランプの陰に腰掛けてこちらをいたずらっ子っぽい笑顔で見ている・・・、私が勇者だった頃の侍女、ソ-ニャがいた。え?どうしてソーニャがここに?いや、侍女ならいてもおかしくないけどどうして枕元にいて、しかも眠っていないんだ?


「ソーニャ、またフィル様をからかって。今日はだめですよ!」

「勇者様、すみません。ソーニャは魔王軍情報団の副団長で、私の妹なんです。」

「だって、私も久しぶりにお会いするのに、寝たふりなんてぇ。」


いつの間にか念話に入っているソーニャ。いやいや魔王軍情報団の副団長って、ずっと王城の中にいたってことか?王城や王都の情報がえらく詳しく伝わると思ったら、そりゃそうだと納得させられてしまう。王城の情報の穴って、密かに作られた小さな蟻の穴っていうより、対抗6車線の高速道路で繋がってますよ、ラノム王様。


「魔王様、時間が限られております、お早目に。」

「あ、あぁ」

「愛です、純愛です!」

「そして二人の影は1つとなり・・・。」


外野、やかましすぎる。1人で来ればよかったと後悔しながら、ジュリアの顔をのぞき込む。声を掛けたいところだが、今日の所はしっかり顔をみて帰ることにしよう。夢の中で伝わってくれとばかりに、心の中でジュリアに語りかける。<愛しいジュリア、きっと堂々と迎えに来る。心変わりすることがない限り待っていてくれ、愛しているよ。>


するとジュリアの口角が再びピクリと上がり、閉じたまぶたの隙間から一筋の光が耳たぶの方へと流れる。そしてジュリアは、ゆっくりと目を開いた。妹の時と同じように、魔法によって私達の姿は見えないし気配も感じることはできないだろう。じっとこちらを見つめるジュリア。本当は姿を現し、こんな感じで見つめ合って愛を語り合いたいのだが、それもかなわない。そしてジュリアが口を開く。


「フィル様、もちろん私も愛しています。永遠に!」

「!!!」


そう言って潤んだ瞳のジュリアが上半身を起こし、ベッドの上にかがみ込んだ私に抱きついてきた。


「!!!!!」


慌てて念話でミザーナ達に確認する。


「どうして見えているんだ?ジュリアはまだ夢の中なのか?」

「ジュリア様は起きていらっしゃいますよ。」

「っていうか、魔王様、またお考えがダダ漏れになっています。」

「ジュリア様に向けてって言うか、ここにいる全員にダダ漏れw」

「私とジュリア様で、すぐに会いに来てくださらなかったフィル様を驚かそうって話してこうなっちゃいました。」

「やれやれ、私はやり過ぎないようにって言ったのに。」

「いいじゃない、私たちもヤキモキしたし!デザミー達も気が気じゃなかったのよ!」

「フィル様のヘタレは今に始まったことじゃないですからねぇ。」

「フィル、会いに来てくれてありがとう!何があってもあなたへの愛は変わりません。」


ん?なぜかジュリアまで念話に入ってきてるし。ソーニャ、またいつものパターンでやらかしたのか。それにしても、えらい言われようだ。もしかして、デザミーやザールもグルなのか?たしか<ジュリア様をお連れしても大丈夫なように準備万端です>って言ってたよな。それにしても、魔王軍ってラノム王国をはじめとした人族の敵だよね?何をどうすればこんな状況になる?


なんだか魔王城であれこれと魔王と王女の関係で悩んだことがばからしくなるくらい、幸せな時間が今ここにある。ジュリアは抱きついた姿勢で少し震えながら小さな嗚咽を漏らしている。きっと寂しい思いや悲しい思いをたくさんさせてしまったのだろう。本当にすまない。あれもこれも、意地悪な<天の声>の主の責任にしてやろうか。結婚式の途中で呼ぶからこんなことになったわけだし、もう<天の声>の主のせいでいいや。


<プスッ!>


ん?


「魔王様、天涯のフックが頭に・・・。」

「・・・・」


ま、まさか<天の声>の主?いや、偶然だろう。頭に刺さった(といっても実害はないが)フックを抜いてそっと起き上がりながら、ジュリアの腰と背中に手を回して抱き寄せる。すると、してやったりという満面の笑顔でソーニャが私の顔をのぞき込む。


「ジュリア様とお幸せに、フィル様!」


ソーニャには、いつか幸せのお裾分けとして10t拳骨でもプレゼントしようと心に決めた一瞬だった。


「魔王様、そろそろお時間です。どうされますか?」

「ジュリア様もご一緒に連れて帰られますか?」

「純愛の逃避行、ステキですフィル様!」


ミザーナの念話に追撃のようにミルノとソーニャの声。ジュリアの腕がいっそう私を強く抱きしめる。


「今日は、このまま戻ろう。状況の確認をして次を考える。」

「ジュリア、待っていてくれるね?」

「はい、でも、もう少しだけこのままで・・・。」

「うん。」


あれ?いつものような茶化しが入らないなと思って視線をミルノ達に向けると、ミザーナが左右にいるミルノとソーニャをヘッドロックするように捕まえて器用に2人のほっぺを力強くつねっていた。


「魔王様、時間です。」

「わかった、戻ろう。」


抱きしめていた腕の力を緩めると、ジュリアも体を少し離し、顎を上げて私を見上げてスッと目を閉じる。ジュリアに回した腕を戻し、両手でジュリアの両肩を軽く支えてゆっくりとその唇へと・・・。


「そこです!ぶっうぇぇっうぁぅ」

「いっいゃぇ!」


ミルノとソーニャの最後の抵抗もミザーナに半分は阻害されたようだ。なぜ念話じゃないかは追求しないでおこう。軽いキスを終えてジュリアの頬を流れる涙を指の背でぬぐい、目を見ながら告げる。


「またすぐに来る。ちょっと情報が多すぎて、色々と動かなければならないこともあるし、ちゃんと落ち着いたらまた連絡する。ジュリア、愛してるよ。」

「今度はすぐに来てくださいね、お待ちしております。私も愛しています、フィル様。」


ジュリアは真っ直ぐ私の目を見て優しく微笑みそう答えた。


「では一気に魔王城に飛びます。ルウ!」


ミザーナの呪文でその場から私たち3人の姿は消えた。後に残ったジュリアとソーニャがニッコリ微笑み合った後、何事もなかったかのように、それぞれベッドの中と枕元のイスへと戻ったとき、結界と眠りの魔法が解けた。そしてそのすぐ後に巡回兵がドアの小窓を開けて中の女性兵士と安全の確認をしたのである。本当に時間いっぱい濃い時間を過ごしたらしい。


その日は、ソーニャのにやけ顔とジュリアの幸せそうな寝顔が幸福結界でも作ったのだろうか、ジュリアの部屋にいる女性兵士や侍女だけではなく、ラノム城で寝ている者も起きている者も、全ての人や動物が、なぜか幸せな気分で朝を迎えることとなった。

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