【第1話 再会】
第2章に入ります。この章から、フィルが魔王城外で活躍する様子を中心に書いていきます。魔王が対処するにはまだ狭い、たった1つの大陸で起きる出来事に、フィルは、四天王は、ジュリアや勇者達はどう動くのでしょうか。あまり書く時間がないため、文が今まで以上に雑になりそうです、ごめんなさい。
<不定期ではありますが、読んでいただけると幸せます。>
【第1話 再会】---------------
新月で真っ暗なようだが、王城の3階から見渡す限りの庭や通路は魔法石に込められた光魔法「ライト」の効果で一定間隔で照らされており、月が出ていない分、独特の幻想的な美しい世界を作り出している。なぜこのベランダを選んだかというと、このベランダが一番広くて唯一歩哨や騎士団の控室から直接見ることができないからだ。その代わり、すぐ側に歩哨が二人立ち、開閉の気配や侵入者の姿はすぐに発見される仕組みだ。私たちは魔法によって姿と音と気配を隠し、念話で会話するのでまず気づかれることはない。
「じゃぁ、最初に勇者達の様子を見に行こう。」
「ジュリア様のところが先じゃなくてもいいんですか?」
「あっ!ジュリア様を連れて歩くと目立っちゃいますもんね!」
いや、違うから。誰も連れて帰らないから・・・。
「まず最初は鉾戦士のマシュウくんのところに行ってみよう。」
「わかりました、案内しますのでついてきてください。」
ミルノを先頭にベランダからベランダへと移動し、勇者の部屋を目指す。
「この次のベランダが勇者マシュウさんの部屋です。慎重に行きましょう。」
「了解!」
そして先頭のミルノが勇者マシュウの部屋のベランダに到着すると同時に、いきなり部屋からベランダに向かい高速で鉾が飛び出しミルノの鼻先をかすめた。
「ひゃっ!」
ミルノが念話ではあるが叫び声を上げ、ミザーナが警戒態勢をとって腰の杖に手をかける。
「いや、まだ手に頼りすぎだ。腰を入れてもっと鋭く!」
「常に初激に続けて次の切り返しを意識して!一撃で勝負が決まるとは限らないよ。」
「最低でも二の手、三の手を一連の動作としてイメージすること。鉾は躱されたら振りが大きい分次の動作が遅れるからね。」
「はい、マシュウ様、ご指導ありがとうございます!」
「び、びっくりした~・・・。」
一瞬で「ルウ」を使って退避し、私に抱きついていたミルノが半涙目、半笑いの顔をして私の顔を下から見上げる。殺されても復活できるとはいえ、痛みは人並みにあり、人族とあまり変わらない体力のミルノからすれば、人族の一撃でも命を落とす可能性は十分にある。よっぽど怖かったのだろう、目からポロリと一粒の涙がこぼれ落ちる。
「ミルノ、魔王様から離れなさい、みっともないですよ。」
「あ、はい、失礼しました・・・。」
「ミルノ、大丈夫か?」
「は、はい、びっくりしただけです、ごめんなさい。」
いやに素直なミルノ。涙をさっと拭いてニッコリほほえむ。ちびってなければいいのだが。
「騎士が教えを請いに来ていたんですね。」
「そうみたいだね。いい人みたいだし、信頼できそうな人の周りには人が自然と集まるんだよね。」
外から様子を見ていると、やがて数人の騎士がお礼を言って部屋から出て行った。
「よし、次に来たときには必殺パターンをいくつか教えてっと。」
「この世界も楽しいなぁ。戻れなくっても普通に生きていけそうだ。」
「魔王と戦わずに話し合いで解決できたら騎士団にでも入れてもらおうかなぁ。」
そうつぶやきながら、自分の鉾を振っていくつかの型を確認して鉾を収めた。
「魔王様、なんか報告通り、本当にいい人っぽいですね。」
「ほんとだね。魔王と話し合いをするとか言ってるし、信頼できそうだね。」
「いえ魔王様、油断は禁物です。最後まで警戒を怠りなきように。」
「はいはい。」
「ハイは一回ですよ~?」
「・・・・・」
立ち直りの早いミルノだった。そして次に向かったのはアゲハの所だ。ちょっと待てよ?アゲハは女の子だったはず。もし着替えているシーンとかだったらまずくないか?ミルノのからかいのネタができそうないやな予感がするので提案してみる。
「その、あれだ。」
「どうされましたか、魔王様。」
「どれですか?」
「ミルノ!」
「ごめんなさい~。」
「いや、アゲハは女の子だったよね。着替え中にいきなりっていうのもまずいと思うので、二人で先に中の様子を見て確認してくれないか?」
「わかりました。しばらくお待ちください。」
「さすが魔王様。ジュリア様に操を立てていらっしゃいます!」
「ミルノ、なんか今日はえらくテンションが高くなですか?」
「だって、素晴らしい記念すべき再開の日ですもの。少しくらい、ね?」
「ね、じゃありません!」
「はぁ~い。」
さすがミザーナお姉さん(実の姉ではないが)だ。ちゃんと押さえるところがわかってらっしゃる。二人がそっとベランダの脇から部屋の様子をうかがう。
「魔王様、ベランダのドアは開いており、中から人の気配はするのですが、アゲハ様は見える範囲にはいらっしゃらないようです。」
「私が中をうかがってきますね。」
ミルノがベランダから部屋へと踏み込もうとした瞬間、部屋の中から何か小さな物が高速で飛びだしミルノの頬をかすめる。
「ひっ!」
ミルノは身動きせず、とっさに防御魔法を強化する。すると飛び出したはずの何かはUターンして戻り、再びミルノのすぐ側を高速で通り過ぎていった。
「魔王さまぁ~!」
次の瞬間<ルウ>で私の胸元に飛び込んできたミルノが私の胸に顔を埋めて抱きついてきた。一度あることは二度あるというが、二度目は間違いなくミルノに降ってわいた災難だろう。さすがにちょっとかわいそうになって、そっと大丈夫だよといって頭をなでた。
「必殺、ヨーヨー手裏剣! ん?なんか手応えがあったような・・・。」
どうやらアゲハさんは必殺技の練習中だったようだ。毎日の訓練って部屋でやってるんかい。それって、鍛錬場でやってほしいんだけどね。部屋の中は運動場じゃないよ!と突っ込みを入れたくなったが、今回はお忍びなので口を閉ざしておこう。
「今ので80度くらいか、真横まで曲げて戻ってくるときに別の角度で戻せば攻撃範囲が広がるかな?」
「これで3枚一度に別々の角度に曲げれば・・・。」
研究熱心なアゲハさんだ。ん?何か聞き覚えのある声のような気がする。どこで聞いた声だろうか。私が勇者だった時にはアゲハさんはいなかったんだが、なぜか記憶に残る声。
「はぁ、今日もそろそろ図書館に行って続きを調べてみようかな。」
「魔王様、アゲハ様が武器を仕舞われました。こちらにお越しください。」
「魔王様、早く早く!急がないと図書館に行っちゃいますよ!」
せかされたのでスッとベランダに移動する。
「あっ、魔王様!ちょ・・」
「これはチャンス!ラッキーなんとかです魔王様!!」
ベランダから見えたのは、ちょうど薄いトレーニングシャツの裾を両手で頭の上まで上げて脱ぎかけ、肌があらわになった女性の後ろ姿だった。
「あ・・・見ちゃいましたね、魔王様?」
「バッドタイミングです、魔王様!」
ミザーナとミルノが念話で話しかけてくると同時にミザーナの両手が私の両目をかくしたが、時すでに遅しというわけで、こちらの世界に来て初の<ラッキー○○>を体験させていただいた。ミザーナの指の間から見えるのは、右斜め後ろからの姿だ。初というラッキーだったが、すぐに私の目は彼女のウエストに釘付けになった。決してくびれフェチというわけではない。嫌いじゃないが決してフェチではないのだ。
彼女の右ウエストにある傷跡が私の意識をそこに固定させた。長さは10cmに満たないが、きれいに縫合されず、稲妻のようにジグザグになり浅黒く見える傷跡。確かにそれは見覚えのある、忘れようにも忘れられない傷だ。
「魔王様、魔王様、どうされたのですか。」
「魔王様、見えたのが嬉しくって固まっちゃいましたか?」
身動きも返事もしない私に驚き、二人が話しかけてくる。しかし、私は二人の念話に反応できず、思わず口を開いて言葉でつぶやいた。
「ひより・・・」
「だ、だれ!」
まずいとばかりに、ミザーナとミルノが必死に私の体をベランダ中央から端へと押しやる。向こうからは見えないのだが、警戒してさっきの武器を投げられると防御結界に当たって結界が反応し、存在がばれる可能性がある。脱ぎかけた服を戻して部屋の中を見回すアゲハ。そのとき、彼女の顔がはっきりと確認できた。その顔は間違いなく元の世界に残してきた実の妹<ひより>そのものだった。
警戒しながら鋭い目つきで武器を手に持ったアゲハは部屋の中を見回し、違和感がないことを確認した後、ベランダに出てくる。私たちはベランダから少し離れた壁際へと静かに移動したので、触れることもないし、魔法ですべて気配も消しているので見つかることはない。
「え?お兄ちゃん?お兄ちゃんどうしてここにいるの?ちょっと、横の女の子達って誰よ!」
間違いなくこちらを凝視して話しかけるアゲハ=ひより。<女の子達>っていうことは、複数を指すので間違いなくミザーナとミルノのことだろう。ミザーナとミルノを見ると、ミザーナは困惑した表情で私の方を向き、ミルノは目尻を下げつつわずかに眉間にしわを寄せ、あり得ないという風に私を見ながら顔を横に振っている。
再びひよりの方を見ると、ずっとこっちを見て今にも攻撃するかのような姿勢をとっている。なんかやばい、本当に見えているっぽい。勇者特有の、不可視魔法を見破る特殊なスキル(ユニークスキル)持ちなのだろうか。ひよりが怒って怒鳴り始めたりすると歩哨や控え室の騎士団員がやってきてしまう。早く対応しなければ。
「あ~ぁ、こんな風にお兄ちゃんに会えたら最高なんだけどなぁ。まぁ、お兄ちゃんのことだから、異世界でハーレム作ってるとか、ありえないかぁ。」
「まずいなぁ、幻聴まで聞こえてくるなんて。早くなんとかしてお兄ちゃんの所に戻らないと。なんか最近、お兄ちゃんエキスが不足してるんだよね。」
「きっとお兄ちゃんが寂しがって、可愛くって愛おしい妹の私を呼んでいるんだ!お兄ちゃん、絶対に帰るから!まっててね!」
見えてなかったんかい!!思わずこっちから話しかけそうになったじゃないか。しかも、お兄ちゃんエキスってなんだよ。ブラコンひよりめ。危ない、危ない。いや、まてよ?どうしてひよりがこっちに来ているんだろう。たしか、アゲハ(ひより)は看病中にうとうと中に召喚されたらしいから、あっちの世界では私とひよりの兄妹そろって病院のベッドで寝ているのか?兄妹そろってって、ちょっと恥ずかしいじゃないか。
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ちょっと考えてみる。今、ひよりは元の世界に帰りたがっている。帰るためには、こっちで死なないといけない。しかし、今のひよりは強いので、四天王クラス以上でないと普通に戦っても死にそうにない。私がひよりをこちらの世界で殺すなんて絶対に無理だ。痛い思いをさせるとか、命を奪うとか、兄として、家族として絶対にできそうにない。他人なら使命感を持ってすれば躊躇なくできそうなんだが・・・。
どうしたらいい?魔族から死んだら戻れると教わっても信じる可能性はほとんどないだろうし。ラノム王国の地位のある人か聖堂院の誰かから伝える方法はないかな。 しばらくの間、様々な思いと葛藤で頭の中が混乱していると、声が聞こえてきた。
「・・うさま、魔王様!」
「しっかりしてください、どうされたのですか!」
ふと念話で必死に話しかけてくるミザーナ達の声に気がついた。
「あ、ごめん、考え事をしていた。」
「あの、ひよりって誰ですか?」
「あのアゲハさんってお知り合いなんですか?」
「そのことは後で話そう。ひより、いや、アゲハさんはどうなった?」
「さっとシャワーを浴びて着替えて図書館に行ってしまわれました。」
「そうか・・・」
私の顔色と反応を察したのか、ミザーナはもちろん、ミルノも突っ込みを入れることなく心配そうにじっと私の顔を見つめている。そんな二人に心配をかけたことを謝り、アゲハさんについては魔王城に戻ってから話すと伝え、少し落ち着いてきたので次の勇者の所に行くことにした。
「ミルノ、私の国には<三度目の正直>という言葉がある。これは、一度や二度失敗しても、三回目にはちゃんとうまくできるという意味だ。」
「わぁ、魔王様、私のことを心配してくださっているのですね、ありがとうございます!次は慎重に、必ずスムーズに中の様子を把握します!なんといっても私は情報団長なのですから。」
「あら、ミルノ、先代魔王様もこんな言葉を教えてくださいましたよ。<二度あることは三度ある>」
「・・」
「・・・」
「・・・・」
「まぁ、落ち着いて慎重に行こう!」
「はい・・・。」
元気のないミルノであった。




