【第10話 ゴムラ洞窟】
【第10話 ゴムラ洞窟】--------------------
ミルノとミザーナによる移動魔法「ルウ」のピンポイント移動に関するレクチャーで到着地点の精度を上げるコツを確認しながら、ルウの阻害魔法である結界魔法との関係や、認識阻害魔法「レコイ」、透明化魔法「クラリティ」、移動にも使える防御魔法のひとつ「エアシールド」を習うことになった。勇者として活動していたときには周りのメンバーにかけてもらうばかりだったので、何もかも新鮮な知識だ。魔法自体は詠唱を言葉として発する必要はないが、周りの人にどんな魔法を使うか知らせるために言葉にすることが常態化しているらしい。
移動魔法の「ルウ」は便利だ。一度行った場所の記憶がある場所なら、その記憶を元に飛ぶことができる。しかも、術者と同じ空間にいる者も術者が意識すれば一緒に飛ぶことができる。同行できる人数は術者の魔力とレベルにある程度比例しており、魔族ならレベル1で3人程度。魔族の四天王ならレベル1で10人は一緒に飛べるそうだ。ちなみに私は魔力は高くても魔法レベルはまだ「2」なのだが、魔王特権なのか一緒に飛べるのは30人程度らしい。いや、レベル2で30人ってすごくないかな?ラノム王国にいるレベル30程度の魔法師でも10人くらいしか一緒に飛べなかったはずだ。
ちなみに「ルウ」で移動できない場所は、高いレベルの結界呪文がかかっているところ。しかし、結界呪文のレベルを凌ぐレベルであれば通過できるそうだ。つまり、レベルが上がるほど結界を通り抜けることができるということらしい。また、結界は通過できる者の指定もできるそうで、当然ながら人族の結界は、対魔物防御、対魔族防御の結界で、魔族の結界は対魔物防御、対人族防御の結界だ。
結界呪文もいろいろあるが、基本的には結界魔法の「アル」に続いて属性を表す言葉を唱える。例えば、王都に魔物がルウで飛んで来られないようにするには「アル、魔物、王都」という具合だ。通過可能者指定の場合は「アル、王族、騎士団、勇者一行、城」のように、後ろに通過可能な身分や人物名と範囲をつける。術者のレベルが高いほど制限付与も増えるので、王都や王城には高レベル術者による多重結界が張られている。
常時結界は、術者が呪文と魔力を込めた魔石を置けば完了だ。魔石は大きければ性能がよいというわけではなく、小さくても数が多ければ、大きな一つの魔石と同じ効果を発揮する。この魔石は、魔物を倒すと手に入れることができるし、ダンジョンの壁面や山や地面を掘ることでも鉱物として手に入れることができる。
勇者の時には仲間の「ルウ」に便乗するだけだったが、自分で使うとその便利さがよくわかる。今回のレクチャーでは、一度ミルノとミザーナにゴムラ洞窟前に連れて行ってもらい、魔王城に戻って今度は私の呪文でゴムラ洞窟に飛ぶ、結界魔法を通過する練習や認識阻害、透明化魔法の同時使用などを50回程度繰り返し練習して魔法のレベル上げや移動精度などを上げた。魔力が高いため、消費魔力は全く減っていない。さすが魔王!
魔法の練習後、実践を兼ねて認識阻害と透明化をかけたまま、さらに足跡を残さず足音も消すテクニックを駆使しながらミルノとミザーナにゴムラ洞窟を案内してもらった。当然会話は念話のみだ。足跡を残さない魔法や音を消す魔法を使ったわけではなく、単に防御魔法「エアシールド」を応用したテクニックを実践練習したわけだが。
防御魔法「エアシールド」で足下にシールドを作り、それに乗って移動する。上下左右の移動も楽だし、足場が安定するのでシールド上で体を動かすのも地面にいるときと同じで違和感がない。他には地面に触れる前に足下に小さなシールドを作り地面に触れずに歩いたり、同じくエアシールドで全身を覆う薄い膜を作り、衣擦れの音も聞こえにくくしたりと、いろいろな応用テクニックを学ばせてもらった。ミルノに言わせると、これらは魔王軍情報部員の基本テクニックだそうだ。
洞窟の奥には多くの卵というか、白いマユのようなものが並んでおり、その中には魔族の人々が眠っている。そして世話係だろうか、のんびりとマユの間を掃き掃除したりマユを愛おしそうにきれいに掃除する魔族が何人もいた。彼らはマユの管理人ではなく、中にいる魔族の家族や親族だそうだ。マユの中にいる魔族の多くは先の戦いで犠牲になった子供たち。私が勇者だった頃に王国兵士達が子供を手にかけた記憶はなかったのだが、ミザーナの説明によると広範囲魔法で犠牲になった町や村の子供たちだそうだ。情勢が落ち着くまでマユの中で休ませているらしい。
ゴムラ洞窟の一番奥にドアがあった。その奥に入ると、今までの白いマユとは違う、少し赤みを帯びたマユが2つある。そのマユを前にしてミザーナが少し困ったような顔で説明を始める。
「このマユは色も違いますよね。このマユは、私たちが生まれるずっと前からここにあるのですが、呼びかけても何の反応も返ってこないんです。」
「でも、先代の魔王様は、時々こちらに来られて、このマユの前で瞑想されていらっしゃいました。」
「でもでも、害意も感じませんし、温かな気配を感じるんですよ。きっと中にいる人は優しい人です!」
ミルノが重ねて主張する。ミルノはこの赤みを帯びたマユの中の人がお気に入りのようだ。
私もマユの中の人に呼びかけてみたが、何の反応もない。ただ、心が落ち着くというか、ミルノの言うように温かな気持ちになるのは確かな事実だった。とりあえず自己紹介だけしておいた。そして、また来ますと言い残してその場を離れた。
その後、ゴムラの村の様子を見て回り、魔物に壊された建物や荒らされた畑を協力して復旧させている魔族の働きぶりや生活の様子を見た。顔の紋章が消えた魔族達の生活は、あらためて人族と何の変わりもないものだと思った。そして<なぜ人族と魔族が争うようになったのか>という疑問が頭をよぎった。
「ミザーナ、ミルノ、ちょっと聞きたいんだけど。」
「何でございましょう、魔王様!」
「私にわかることなら何でも聞いてください!」
「いつ頃から、そしてどうして人族と魔族が争うようになったの?」
「それは先代の魔王様も疑問に思われ、いろいろと調べられましたが、ずっと昔から過ぎてわからなかったみたいです。」
「魔王城が何度も勇者達に壊されたので文献も残っていないんです。」
結局のところ、魔族には古い資料も言い伝えも残っておらず、いつから人族と魔族が争うようになったのか、その理由は何なのかはわからないということ、そしてそのずっと昔の争いの発端あたりの時代から、すでに赤みを帯びたマユがあったらしいということがわかっただけだった。
その後、夕方になるまで今日レクチャーを受けた魔法の練習を重ね、見事に師匠であるミザーナから<免許皆伝>をもらい、さらにミルノからは魔王軍情報部のトップクラスの技能だという太鼓判ももらった。
ついでに「こうしたい」と思うと勝手に呪文が頭に浮かんでくるのだが効果がよくわからないので、ミザーナ達に魔法名を伝え、使用方法と効果のレクチャーを受けた。だいたい感覚がつかめたところで夕方になったので食事をとるため王城に戻った。
今日は月のない新月の夜。隠密行動に適した日であり、勇者だったときには魔族の侵入を最大限に警戒した夜でもある。王城では多重結界を最大限に強化し、巡回兵も普段の2倍だ。しかし、ミルノからすれば何の問題もない、行動に適した夜だそうだ。この話を聞いたら、王城の結界をかける術士たちも涙目だろうなぁ。
「魔王様、そろそろ夜も更けて参りました。出発いたしましょう。」
「いよいよジュリア様との再会の時ですね!」
「ジュリア様をお連れしても大丈夫なように準備万端です。」
「寝所の掃除も完璧でございます、行ってらっしゃいませ。」
いやいや、何の準備が万端だって?誰も連れて帰らないから、ほんとに。様子を見に行くだけだというのに、また気を回しすぎの四天王達、何を考えているのやら。ちょっと苦笑いしながらミルノとミザーナとともにベランダに出る。
「では、出発します。」
3人で認識阻害魔法「レコイ」、透明化魔法「クラリティ」、「エアシールド」をそれぞれ詠唱し、私が移動呪文「ルウ」を詠唱し、ミザーナ、ミルノの名前と人目のない王城3階のベランダをイメージした。一瞬視界がぼやけ、瞬きした次の瞬間には、視界に薄暗いベランダの一角が写り無事に到着したことがわかった。




