指先があたたまる頃
銘尾友朗先生主催『秋冬温まる話企画』参加作品です。
それなのに温まってない……。強いて言うなら最後かも知れません……。
昔から妹のことが大嫌いだった。
「ねぇアキロー、コンビニで買って欲しいものがあるの」
夕飯前、年子の妹は俺の部屋に勝手に入った挙句、開口一番にこう言った。
「海鮮シチューまんってのが美味しそうでね、でもお金なかったから買えなくて……。ね、いいでしょ? 買ったら2人で食べよう?」
勝手なことばかり言いやがって。妹はいつもそうだった。小学生の俺がおつかいの駄賃で買ったアイスも妹が全部食べたし、高校に上がってすぐ俺がお年玉やらお小遣いを貯めて買った自転車は妹が駄々をこねて数日で妹のものになった。あと妹はとにかくうるさかった。どうでもいいことを俺にベラベラと話続ける。親は「明朗はお兄ちゃんなんだから」「日菜はお前の可愛い妹なんだから」とテンプレのようなセリフをほざいた。あ、ちなみに可愛いなんて1ミクロンも思ってない。マジで。
妹が勝手に話を進めているのが酷く癪に障る。昔の俺なら怒りを抑えつけて「わかった」とコンビニに行くだろう。でも今は妹が害虫に見えて早く追い出してやりたい。
「メシの前だろ」
「大丈夫! ご飯もちゃんと食べる!」
あぁ、うるさい。こういう調子のいいところも大嫌いだ。俺は静かに溜息をついた。
「俺も忙しい。後にしろよ」
「後っていつー?」
「お前も16なんだから自分で考えて動くくらいしたらどうだ」
「何それ? 何その言い草」
さっきまで間延びしていた声に棘が入った。あぁ、面倒くさい、面倒くさい、うるさい、うるさい、うざい。
「可愛い妹の我が儘を聞かないって言うの!? パパとママに言いつけるよ!」
「勝手にしろよ。どうせお前1人じゃ何も出来ねぇんだから」
「何それ? 何それ!? 意味わかんない!!! アキロー最近変だよ! 私が相談しても聞いてくれないし、お願いごとしてもママが言うまで動いてくれない! アキロー変わっちゃった! アタシ優しいアキローが好きだったのに!!!」
「うるせぇさっさと出てけよクソ女!」
俺の言葉を聞くや否や妹は顔を真っ赤にしてぎゃあぎゃあと騒いで目覚まし時計を俺に投げつけた。
「ふざけんなよクソッタレ! テメェこそウチから出てけよ! 身ぐるみ剥がされてゴミ捨て場で野垂れ死ねカス兄貴!!!」
部屋を出たら「ねぇパパ~! アキローがぁ~!」と親父に泣きつく妹に呆れて笑うしかない。騒ぎの元凶がいなくなって部屋は静かだ。多分親父が説教……まではいかないけど、なんか諭してくると思うからとりあえずヘッドホンを着けて80リットルのスーツケースをクローゼットから出した。
「明朗、お前日菜を泣かすんじゃないよ……ってどうしたそんなもの出して?」
「ん? アイツが出てけっつったから荷物まとめる」
「バカなこと言ってないで降りてきなさい。ご飯も出来たんだから」
ちゃんと謝って仲直りするんだよ。親父はそう言って降りていった。ホラな。結局聞くのはアイツの言う事だけ。俺が悪者。アイツは都合いいところを切り取って話すに決まってるんだから。
夕飯は食べずにスーツケースに着まわせる服と泊まり用のアメニティを適当に詰め込んで、リュックにはノートと参考書、それからスマホとバイト代2ヵ月分が入った財布を入れた。夜行バスは当日予約出来たから最初は駅前のコンビニに行こう。荷物を持って降りると親父と妹がテレビを見て笑っていた。お袋は風呂に入っているらしい。俺は構わず玄関に向かう。こういう時ってどう挨拶すればいいんだ? 「行ってきます」も変だし。まぁいっか適当で。
「じゃあね」
俺は玄関のドアを閉めた。
大阪に来て3日が経つ。バレー部の先輩だった尾崎さんは大阪のある市役所で公務員をしている。と、尾崎さん本人から聞いた。
「なぁ明朗、お前いい加減帰ったら?」
「え? 嫌です住みますここに」
「いや、住みますじゃねぇよ学校どうすんだよ」
「ちゃんと勉強道具持ってきてますよ。尾崎さんいない間は勉強してるしさ、授業は多分大丈夫」
「そうじゃな……あー……日菜ちゃんから連絡来てんじゃね?」
「……もしかしてアイツに連絡とかしてます?」
大阪に着いたときからLINEがうざい。「どこにいるの?」「ずっと探してるんだよ?」「早く帰ってきて」とそんなLINEばっかりだ。そもそも「ウチから出てけ」って言ったのお前だからな? そこお忘れなく。まぁでもLINE見てたらよく分かる。きっと学校でもやってるな、兄が行方不明になった悲劇のヒロインって奴。 何それギャグ? すげぇ面白ぇ。
「連絡は誰にもしてねぇよ。色々事情があって来たんだと思うし。っていうかお前『アイツ』って。日菜って呼ばねぇの?」
「呼ばない」
名前を呼ばなくなったのはいつだったか。アイツは俺を名前で呼ぶけど、俺はアイツを名前で呼ぶ方法なんてもう忘れていた。
尾崎さんが風呂に行っている間、俺はテレビのデータ放送を見た。なんだか俺のことがニュースになっているらしい。自分から出てったって警察に言えば良かった、畜生。まぁ言ったところで警察が味方になるとも思わないけど。
「ニュース出てるだろ」
尾崎さんが頭にタオルを被ったまま出て来て、そのままキッチンへ行った。
「もし警察来たらどうします?」
「全力でお前を引き渡す」
「うそ~。尾崎さんは味方だと思ったのに」
軽口を叩いていたらマグカップが二つテーブルに置かれた。中身はインスタントのコーンスープだった。口を火傷することもなく、胃の中が温まるのを感じる。
「分かるよ。俺も姉貴のパシリみたいなことしてたから。我慢できないところまで行き着いたんだろうなって思う。でも今まで我が儘聞いてくれたのに突然『ダメ』って言われたら『なんでなんで』ってなるよ」
尾崎さんはいつも正しい。でも正しいからなんだ? 妹はかぐや姫に出て来た貴公子みたいにものを貢ぐ俺が大好きなんだ。今回は俺が要求を聞かなかったから「出てけ」なんて言葉が出たんだろう。両親も両親だ。そんなに妹が可愛かったら妹が生まれた時点で俺を捨てればよかった。世間体? それこそ知ったことじゃない。黙ってコーンスープを飲み干してテレビに目を向けた。明日は朝から晴れるけど12月並みの気温だとテレビの中のお姉さんが言った。
尾崎さんが仕事に出る前に彼の自宅アパートを出た。肌寒いのでとりあえずコーヒーショップでトールサイズのラテを買う。コーヒーショップを出た後あてもなく歩いていると公園が見えた。遊具はブランコと滑り台とジャングルジムだけだったけど、子どもたちが思い切りボール遊びが出来ているから遊び場として充分だと思う。ベンチに座って周りを見ているとブランコに駆けて行く男の子と女の子がいた。
「まいがさきのっていいよ」
「にぃにおしてー!」
「いいよー!」
女の子がブランコに乗ると男の子が後ろに回って背中を優しく押した。子どもは純粋だから普通に好きだ。仲良くブランコで遊ぶ兄妹を見たせいか記憶の扉が開いた。妹もこの子たちくらいの頃から外で遊ぶのが好きだった。だから俺も毎回一緒に公園に行ったんだった。……あれ? そういえば俺、あの頃は妹の事どう思ってたんだっけ?
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『おにーちゃーん! わんわんこわいよー!!!』
『だいじょうぶだよひな! にいちゃんがついてるから!』
『こわいー! いきたくなーい!』
『だいじょうぶ! あのあかいおうちのとこにきたらてをつないでだっしゅだ!』
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あぁ……そうだ。10年以上前、大きくて真っ黒な番犬が近所にいて、2人で遊んだ公園からの帰り道はすごく怖かった。怖かったけど、妹は守らなきゃって思ってたから。家に帰ってすぐに妹が「わんわんがいたからおにいちゃんとにげたよ」と嬉しそうに親に話すのが嬉しかった。あの頃は、妹に頼られるのが嬉しくて頑張ろうって思っていた。
ずっと俺に寄りついていた妹が煩わしくなったのは、どうしてだろう……?
小さい頃から俺に頼ってきた妹を睨みつけるようになったのは、いつからだったっけ……?
スマホのアドレス帳を開く。まだ仕事中かもしれないけど、せめて一言伝えて帰ろう。ビープ音のあとに本当に一言だけメッセージをいれた
「尾崎さん、明朗です。俺、東京帰ります」
19時10分なんとか帰って来た。親は怒るだろうか? 怒るだろうな。周りに迷惑かけたんだから。妹はどうだろう? まぁいい、うだうだ考えていてもキリがない。玄関の鍵を開けて家に入ると妹のスニーカーがあった。親は仕事があるのか靴がない。音を立てないように進んでいくけどリビングに人の気配はない。
「?」
突然水の音が聞こえてキッチンへ歩くと妹が調理器具を洗っていた。
「日菜ただいま」
妹の肩が揺れて、一瞬だけ音がシンクをたたく水音だけになった。
「……おかえり」
振り返った日菜の声は、細かった。
煮込みうどんを啜っている日菜の顔色は良くない。長い髪も広がって見える。俺はおかわりを土鍋から取った。
「お前寒いのに水使ったの?」
「なん……ン゛ン゛ッ なんで……?」
「指ちょっと赤いからさ」
「うん……」
箸を持つ指先が冷えているのはすぐにわかった。いつも張りのある声が細くなって、しかも掠れているから少なからずショックなことがあったか。俺が出て行ったからってのは微妙だ。「ごめん」って言うのも慰めるのも変な感じがして。
「ねぇ、アキロー」
「なに?」
日菜は箸を置いて、髪を耳にかけた。
「……クリスマス公演でやる舞台でね、Bチームの主役に選ばれたの。でも後半まで全然喋らない」
「そっか。喋らない役って逆に難しそうだから、頑張れよ」
「……フレンズマートで新しいおにぎりが出てね、たこ焼きの味がするんだって」
「それ美味いの? 安いなら試すけど」
「……ここ5日間、すごい寒かった」
「…あぁ、寒かったよ大阪も」
「それから……えっと……」
日菜の睫毛が、少しだけ震えた気がした。俺の身体はもう温かいのに、日菜の指先は赤いままだった。
「……っ! ひっ……ぅう……うう~~……」
日菜が声を出して泣き始めた。俺はとりあえずティッシュと薄いブランケットをリビングから奪った。
黄色いブランケットに包まれた日菜はひよこみたいでなんだか可笑しかった。いや、顔に出してないハズだから許して欲しい。泣き止んだらなんて声をかけよう。
「明朗!? 帰ってるの!?」
母親が足音を大きく立てて俺たちのもとに来た。そうだ、お袋にはこの言葉だ。
「ごめんなさい」
正座で頭を下げる俺にお袋は「どこにいたの心配かけてっ!」と涙声で怒鳴った。
「お父さんにも電話しなきゃ!」
電話で「お父さん明朗が!」と話すお袋を見送って、また日菜を見ると涙は止まっていた。無造作にテーブルに投げられた手の指先を握るとまだ指先の温度は戻っていなかった。
「やっぱお湯使えよ、洗い物」
12時20分、午後の部活に行こうとしているところにインターホンが鳴った。
「はーい」
「あ、アキロー! 鍵忘れちゃった開けてー!」
「はぁ!? お前バカじゃねぇの!」
玄関の鍵を開けると日菜が勢いよく入って来た。
「ただいまー! 良かったアキローがいる時間で!」
「はいはいおかえり。お前ちゃんと忘れ物ないか確認しろよ。俺もう出るから」
「あ、アキロー帰りにコンビニでダッツ買ってきて? さつまいものやつ」
「お金」
日菜から500円を受け取って「行ってくるわ」と家を出た。
あれから俺は無闇に日菜の言いなりになることはなかった。けどその分頻繁にケンカするようになった。その9割が子どものケンカみたいで馬鹿らしくはあるけど。
「2日に1回は『お願い』『嫌だ』の繰り返し……まぁいいけどさ」
煩わしい3割、清々しい7割の兄妹。でも、
ピロン♪ 『日菜から新着メッセージがあります』
『ねぇなにもないの?』
メッセージを送ったのはいつもの日菜だ。ただ俺は生憎これから部活なのでそれなりのメッセージを返した。
『スーパーとかコンビニで買えばいい。それが嫌ならチャーハンの1つくらい作れるだろ?』
送信して5秒で『えぇ~?』と返って来たから『カスだな』と送ってスタンプもお見舞いした。
きっとあの冷えきった指先に触れることは、ない。
なんだかんだお兄ちゃんは妹に甘い。
企画をほぼ無視、構成もしっちゃかめっちゃかでございます……。
こんな作品でいいのかどうか……。申し訳ないことでございます。
複数投稿が可能であればもう1つ考えてあるので書きたいと思います。
あぁ……レビューを書いてもらえる文字書きになりたい……。