無【エピローグ】
――セレスの魔力の暴発で、ボクは気を失ってしまった。気が付けば草原に寝転がっていて、ゆっくりと身体を起こす。
すると、いきなりこちらに駆け寄ってくる足音が耳に届き、ボクの身体をそっと抱き上げるその腕に……とても見覚えがあった。
ああ……良かった……セレスに逢えて……。
ボクを見つめながらポロポロと綺麗な雫を落とすセレスに、ボクは応えるように前足でそっとセレスの頬に触れた。
「捜しモノ、見つかって良かったわね」
「はい、アナタのお陰でデイズに出逢う事ができました……本当に、ありがとうございます」
初めて聞いた筈なのに、どこか聞き覚えのある女性の声が聞こえ、ボクはそちらに視線を向ける。そこに立っていた女性は、見たことない筈なのに……何故か見覚えがあった。
そう感じると同時にボクとセレスの身体が、少しずつ薄れていく――もしかしてボク達、死んじゃったのかな?
ショックを感じていたら、女性が此方に歩み寄りセレスの頭にそっと触れ「もうお互い同じ時を廻る必要は無いわ……ゆっくり眠りなさい、また新たな姿として出逢うために」と、言うのを聞いた後に、ボクの意識は薄れていった。
■□■□■
――ボクは月のウサギとして生まれ育った。
穢れがある地上は、不老不死であるボク達月のウサギにとって良くない場所なのだと神様に教えられた。
(でも地上と聞くとどこか懐かしい気持ちになる)
だけど月から地上の様子を見る事はできるから、ボクは地上が見えるところからそこに住む生き物達を見るのが好きだった。
(けど、何かが足りなかった)
ボク達と同じように働いてたり、誰かが亡くなったらそれを悲しんだり、勉学を頑張っていたり……時には同じ種族でいがみ合ったり。
(何故か愛しさも感じて)
ボクにとっては毎日がほぼ同じ事の繰り返しだから――様々な想い、様々な行動をする人間に自然と憧れが募っていった。
(でも、何かを待ち望んでいる気もする)
ただ、その憧れは良くないモノだと分かってはいても……一度抱いてしまった想いは消えることなく、寧ろどんどん膨らんでいった。
(なんでだろう?でも、行きたい……地上に)
そんなボクの想いが周りの皆にいつしかバレて、そのことが神様に知られる事となり――ボクは神様に呼びだされた。
(ああ……ボクは消されるんだろうか?)
「ウサギよ……お前は人間に憧れを抱いてしまったと聞いた。そのことに偽りは無いか?」
「……はい、間違いございません」
「そうか……穢れ多き地上に住まう人間を憧れるとは――そのような想いを抱くうぬには月のウサギである資格は無い、地上堕ちの刑に処す」
「っ!はい……その処罰、お受けいたします」
本来ならば、月のウサギにとって地上堕ちの刑は重罪に値するモノ――でも、人間に憧れを抱くボクにとっては一番嬉しい刑だった。
(ああ……やっと逢える……でもダレに?)
神様の前では悲しい顔を作って、その日の内に地上へ堕ちる機械を使ってボクは地上へと落とされた。
(何故だろう……とても懐かしい)
月から見ていた時とは違い、地上の空気を直に感じられるのが嬉しかった反面――地上の息苦しさに眉間に皺を寄せてしまう。
(こんなに苦しい場所なのに……でも月には帰りたくない)
月は綺麗な空気だったけど、神様の言う穢れというモノを実感し……地上堕ちの刑の重さをようやく知ることになった。
(でもコレで良かったと思ってしまう)
落とされた先はどこかの家の庭だったらしく、ボクはその家の子どもに拾われ――籠に入れられた後馬車に乗せられ、どこかへと運ばれる。
(何故か胸が高揚した)
「お前を見たら、セレスはどんな反応をするかな……喜んでくれると良いんだが」
優しい眼差しで言う彼の言葉から、ボクは誰かの元に渡される為に連れて来られたのだと悟る。
(もうすぐだと感じてしまう……どうしてかは分からないけれど)
運びこまれた先は拾い主の家のように立派な家で、籠の中から出されたボクは大人しく彼に抱かれたままじっとしておくことにした。
(でなきゃきっと後悔すると思ったから)
彼が歩いていったその家の庭に、ボクのように白い髪に紅い瞳をした女の子が佇んでいて――彼を見てふわりと微笑むその姿に、ボクの鼓動が小さく高鳴った。
(ああ……ボクは彼女に出逢いたかったんだ)
「セレス、今日は君にプレゼントを持ってきたんだ」
そう言って彼はボクのことを、セレスと呼ばれたその子にそっと手渡す。
(やっと……逢えた)
手渡された後、セレスはボクの頭から背をゆっくりと撫でてくれて――その手の優しさに、自然と息苦しさが和らいでいった。
(逢いたかった……アナタに……)
「可愛いプレゼントをありがとう、このウサギはどこで買ったの?」
「たまたま我が家の庭に迷い込んでいてね、大人しいし紅い目がどこかセレスに似ていたから君へのプレゼントに良いかと思って」
「まあ、そうでしたの……誰かの飼っていたモノでなければ良いのですけど」
そんな二人の会話を黙って聞いていたら、ふとセレスが此方を見ていたからボクも視線を合わせる。
(ああ……今すごく幸せだ)
セレスの紅い瞳は、近くで見ると本当に綺麗で――小さかった鼓動が徐々に早くなっていく。
(この綺麗な瞳を……ボクは知っている)
地上に落とされた時に声を失ったから、ボクは何も言えないけど無意識に訴えてしまう……『ボクをもっと見てほしい、もっと触れてほしい』と。
(だってずっと待ち望んでたから)
こんな心の内側が熱く苦しいのは、生まれて初めてだった。
(でも何度も経験した心地になるのは何故だろう?)
■□■□■
「もうお互い同じ時を廻る必要は無いわ……ゆっくり眠りなさい、また新たな姿として出逢うために」
そうあの子達に告げたけれど、この世界と元の世界ではどうしても時間軸のズレが生じる。
輪廻に還ったところで、月のウサギは月のウサギの輪に、セレスは人間の輪の中に加わってしまう。
私の告げた言葉は単なる願望に過ぎない……仮に魂が過去の輪廻に戻ってしまっていたら、結局私が最後にした事は水の泡だ。
そう感じた刹那――庭先にトサリと、何かが落ちる音がする。
ああ、嫌な予感が的中したのかもしれないなと感じながら……私は外へと出た。
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廻るウサギのその先なので、ウサギの視点で終わりにしたかった為、この話を書きました。
結局のところ、また廻るのです。ウサギもセレスもミリアンも、同じ時をぐるぐると。
きっとこの三人の魂は本当の生まれ変わりができないかもしれません。
だから最後のタイトルは【無】にしました。無意味、無駄等解釈様々にできるかと思いまして(´`;)
ここまで読んでくださった皆様、拙い話ではありましたが見ていただきありがとうございましたm(_ _*)m