後【前編】
音がした方へと向かうと、そこに居たのはやはりセレスだった。
彼女自身に怪我がないか確認し、気絶している為仰向けに寝かせ直して起きるのを待つ。
セレスにもウサギと同じく何度も時戻りの薬を飲ませてしまっている為か、いつもより起きるのに少し時間が掛かっている気がする。
様々な思考を巡らせる中、ようやくセレスの身体がピクリと反応し、ゆっくりと瞼が開かれた。
「ん‥‥此処は……?」
「此処は私の家の庭よ‥‥アナタがいつの間にか此処に倒れていたの」
「まあ……助けていただきありがとうございます、私はセレスと言います」
セレスはゆっくりと起き上がって私に向き直り、裾を摘まんで貴族特有の礼をする。
そして、自分の手に付いている血に気付いて、慌ててあの言葉を紡ぐのだ。
「すみません、ウサギを見ませんでしたか?その子怪我をしてて……私が見つけてあげないと死んでしまうかもしれなくてっ」
「見てないよ、それに此処はアナタ達の居た世界とは別世界……アナタの身体に纏わりついてる魔力から暴走したのが見受けられるわ、それで此処にアナタだけ飛ばされてしまったのでしょう」
「そう‥‥なんですか……私の魔力の暴走のせいでこんなことにッ」
悲哀に満ちた表情で、顔をくしゃりと歪める彼女は、ウサギを守れなかった事を後悔しているようにもみえた。
私としては月の者事態を許す気にならないが、今回のセレスとウサギに関しては別だ――何度も同じ時を巡らせてしまった罰を報わねばならない。
「けれど、魔力の暴走とはいえ魔力の持ち主に魔法は導かれるもの……此処で待ってみてはどうかしら?遅れてそのウサギがやってくるかもしれないわよ」
「っ!本当ですか?!アナタがご迷惑でなければ是非、お願いいたしますッ」
たった一度だけ、罪悪感から今回のようにセレスを引き留めてウサギを待った事がある。
ただしその時は、いくら待ってもウサギは現れなかったのだけど……何度も同じ時を巡らせる事で、因果律も変わっていき結果は違ったものになると思われる。
彼女を部屋に案内して、少し談笑しながら待っていると――草原の方から何かがトサッと落ちる音がした。
「セレス、行ってきなさい……アナタが待ち望んでいた者が来たみたいよ」
「っ!? はい、行ってきます!!」
談笑を終えてセレスに告げると、彼女は慌てて庭の方へと駆けていった。
私もゆっくりと立ち上がり、セレスに遅れて庭の方へと向かう。庭ではセレスがウサギを愛しむように抱き上げ、嬉し涙をボロボロと流していた。
「捜しモノ、見つかって良かったわね」
「はい、アナタのお陰でデイズに出逢う事ができました……本当に、ありがとうございます」
セレスは私に視線を向けて柔らかな笑みを浮かべ、歓喜から震えた声音で礼を告げる――と同時に、ウサギとセレスの身体が徐々に透けていった。
……セレスとウサギには本当の事を言えてなかったのだが、彼女達は此処に来た時から影が無かった。つまり、二人とも死してからこの世界に飛ばされた幽霊だったのだ。
ただ、私はそこらの魔女とは違うから……依頼を叶えるのに生者も死者も関係無い。望まれたなら、その望みのモノを対価を条件に渡せるのだ。
「もうお互い同じ時を廻る必要は無いわ……ゆっくり眠りなさい、また新たな姿として出逢うために」
二人の傍に歩み寄り、かろうじて触れられるセレスの頭をそっと撫でながら告げると――淡い光に包まれて二人はゆっくりと消えていった。
強い未練を残した者達は、その未練を無くすまで輪廻に還る事ができない……二人はその未練が無くなったから輪廻に還ったけど、どうやら私の依頼者はもう一人居たようだ。
「アナタは何を叶えたくて此処にいるの?良かったら教えてくれないかしら」
ウサギとセレスが居た場所で呆然と立ち尽くしている、影を持たない少女に私は声を掛けた。
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