一
――ボクは月のウサギとして生まれ育った。
穢れがある地上は、不老不死であるボク達月のウサギにとって良くない場所なのだと神様に教えられた。
だけど月から地上の様子を見る事はできるから、ボクは地上が見えるところからそこに住む生き物達を見るのが好きだった。
ボク達と同じように働いてたり、誰かが亡くなったらそれを悲しんだり、勉学を頑張っていたり……時には同じ種族でいがみ合ったり。
ボクにとっては毎日がほぼ同じ事の繰り返しだから――様々な想い、様々な行動をする人間に自然と憧れが募っていった。
ただ、その憧れは良くないモノだと分かってはいても……一度抱いてしまった想いは消えることなく、寧ろどんどん膨らんでいった。
そんなボクの想いが周りの皆にいつしかバレて、そのことが神様に知られる事となり――ボクは神様に呼びだされた。
「ウサギよ……お前は人間に憧れを抱いてしまったと聞いた。そのことに偽りは無いか?」
「……はい、間違いございません」
「そうか……穢れ多き地上に住まう人間を憧れるとは――そのような想いを抱くうぬには月のウサギである資格は無い、地上堕ちの刑に処す」
「っ!はい……その処罰、お受けいたします」
本来ならば、月のウサギにとって地上堕ちの刑は重罪に値するモノ――でも、人間に憧れを抱くボクにとっては一番嬉しい刑だった。
神様の前では悲しい顔を作って、その日の内に地上へ堕ちる機械を使ってボクは地上へと落とされた。
月から見ていた時とは違い、地上の空気を直に感じられるのが嬉しかった反面――地上の息苦しさに眉間に皺を寄せてしまう。
月は綺麗な空気だったけど、神様の言う穢れというモノを実感し……地上堕ちの刑の重さをようやく知ることになった。
落とされた先はどこかの家の庭だったらしく、ボクはその家の子どもに拾われ――籠に入れられた後馬車に乗せられ、どこかへと運ばれる。
「お前を見たら、セレスはどんな反応をするかな……喜んでくれると良いんだが」
優しい眼差しで言う彼の言葉から、ボクは誰かの元に渡される為に連れて来られたのだと悟る。
運びこまれた先は拾い主の家のように立派な家で、籠の中から出されたボクは大人しく彼に抱かれたままじっとしておくことにした。
彼が歩いていったその家の庭に、ボクのように白い髪に紅い瞳をした女の子が佇んでいて――彼を見てふわりと微笑むその姿に、ボクの鼓動が小さく高鳴った。
「セレス、今日は君にプレゼントを持ってきたんだ」
そう言って彼はボクのことを、セレスと呼ばれたその子にそっと手渡す。
手渡された後、セレスはボクの頭から背をゆっくりと撫でてくれて――その手の優しさに、自然と息苦しさが和らいでいった。
「可愛いプレゼントをありがとう、このウサギはどこで買ったの?」
「たまたま我が家の庭に迷い込んでいてね、大人しいし紅い目がどこかセレスに似ていたから君へのプレゼントに良いかと思って」
「まあ、そうでしたの……誰かの飼っていたモノでなければ良いのですけど」
そんな二人の会話を黙って聞いていたら、ふとセレスが此方を見ていたからボクも視線を合わせる。
セレスの紅い瞳は、近くで見ると本当に綺麗で――小さかった鼓動が徐々に早くなっていく。
地上に落とされた時に声を失ったから、ボクは何も言えないけど無意識に訴えてしまう……『ボクをもっと見てほしい、もっと触れてほしい』と。
こんな心の内側が熱く苦しいのは、生まれて初めてだった。