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麗しの未亡人は、おっとり癒し系?

恋は人を変える?

また長くなってしまいました…

すみません…!

まさか、堅物の弟が、あのカノン様に一目惚れとは。


目の前の、恋する男の顔で懇願するマルティンを私は半ば呆然と見つめた。


昨年ハンスと共に成人となった十六歳のマルティンは、現在事務官として王城に勤めている。お父様が宰相として国に貢献されているけど、マルティンは宰相になりたいわけではないそう。それよりも、ブルーメ家の領地をもっと豊かにして、領民の生活を良くしてあげたいと思っていると、成人した後に私に打ち明けてくれた。なんて立派な弟なんだろう!


そんなかわいい弟のお願いなら、何でも聞いてあげたいところだが、こればかりはどうしたらいいものか。


カノン様は、ヒンメルン王国の亡き王弟殿下の娘で、ルートヴィッヒ王太子殿下の従姉であるが、現在は臣下である大貴族モント公爵家の養女となっている。

つまり、元王族、現在はうちより格が上の貴族養女であらせられる、かなり身分の高いお方。それでも、うちもモント公爵家に次ぐ家柄であるので、身分の差で諦めることはしなくてもよい。

国の三大美女とも噂される美貌をお持ちで、その人柄はとても誠実で情が深く、一度でもカノン様に会った人はもれなく魅了されるそうな。惚れる気持ちもわかる。私はまだお会いしたことないけど。


「ハンスに聞いたんだけど、カノン様は十年前にハルトマン前男爵と婚約していたみたいなんだよね。ハンスの伯母様が現在のハルトマン男爵、亡くなった前男爵の弟に嫁いでいるんだよ。なのに、カノン様のお噂は、三大美女の一人で、おっとりした癒し系で、麗しの未亡人。この最後の噂なんだけど、姉上知ってた?臣下に降りて公爵家の養女になって婚約だけして、神殿で正式な婚姻を結ぶ前に、前男爵は亡くなっているんだよ?未亡人って噂はひどいと思わない?」

「ああ、それはね…」

「僕が誤解を解いて差し上げたい!だけど、二十四歳と大人なカノン様とは、僕は八歳も年下だから、頼りないと思われてしまうかもしれない…。でも!ハンカチを受け取ったカノン様は、心からの満面の笑顔で僕を見つめてくださった!脈有りだと思う!まずはお近づきにならないと、僕のことを知ってもらえないな。あまり夜会やパーティーに参加されないと聞いているから、近日中に王家主催のパーティーがないか調べないと。仕事柄そういう方面の知り合いがいるから、こっそり聞き出さなきゃ!」

「それは、職権濫用じゃ…」

「じゃあ姉上、お願いしたからね!ああ、僕のこの想いを受け入れてくださるだろうか…!年下だからとすげなくされても、年下だからこその良さをわかって頂きたい!今まで姉上にベタ惚れなハンスを密かにバカにしていたが、今なら何時間でも恋について語れそうだ。ではこれで!」

「その前に私の話を…」


バタンッ!

扉を勢いよく開け放して、マルティンは風にように来て風のように去っていった。


「…あらまあ。マルティン様が、あのカノン様に一目惚れですか。ですが、アネット様のお話を遮ってまでの熱いお言葉、私感心致しましたわ」


扉を静かに閉めるニナの淡々とした冷静な嫌味に、私は思わずソファーに突っ伏した。


「何なの?!恋する男は話を聞かないっていう決まりでもあるの?!」


―――――――――――――――――――――――――――


それから三日後、いつもの昼下がりだった。


何も予定のない午後、良い天気だったのでお気に入りのあずまやで読書をしていた。

性懲りもなく遊びに来ていたハンスの口説き文句を話し半分に聞きながら、ニナにお茶を入れてもらい、クッキーを食べていた。

「漆黒の騎士と純白の令嬢」の主人公の令嬢に仕える平民出身の侍女が、実は別の世界のお菓子作りの職人で、知らないお菓子をたくさん作って令嬢に食べさせる描写があるのだ。このクッキーもその一つ。

ヒンメルン王国でとても流行っている小説なので、その中に出てくるお菓子を再現して売り出してボロ儲けしているお店が街にある。そのクッキーを手土産にハンスがやって来たので、ちょっと無下にしづらい。しかもザーラの分も買ってきてあるらしいし。少しだけ見直したな。だから、今日は追い返さないであげよう。


それにしても、クッキーってすっごく美味しい!

サクッとした歯触り、ホロリと溶ける口どけ、甘さもちょうどよく、いくらでも食べれてしまいそうだわ。

味にも種類があって、ベリーを入れたもの、紅茶の茶葉を入れたもの、チョコレートを練り込んだものと、多彩だ。

和気藹々と、みなでクッキーに舌鼓を打っていた。


だから、耳を疑う言葉に思わず数秒沈黙してしまった。


「…セバス、すみませんけど、もう一度言ってくださる?お菓子に夢中でしたので、話をあまり聞いていませんでしたの」

「はい、アネット様。モント公爵家のカノン様からのお手紙が届きました。届けに来たカノン様の使いの者から、秘密のお茶会の招待状だと聞いております。どうぞこちらです」


私の元にやって来たセバスが、手紙を差し出した。

まあ!と口を手で覆うニナ、驚きの表情で隣を見るハンス、そして。


「ああ!!マルティン様、どうなされました!!」


セバスの慌てる姿って、初めて見るなぁ。

私がのんびり現実逃避している中、ニナとハンスとセバスは倒れたマルティンを介抱していた。


その顔は恍惚として、鼻から何か赤いものが…。

とても幸せな表情をしていたので、もう何も言うまい。


―――――――――――――――――――――――――――


参加すると返事を出して二日後、カノン様主催の秘密のお茶会が開催される日がやって来た。

何故私が呼ばれたのか、まったく身に覚えがないが、高貴な方からの誘いを断る理由もなく。

部屋でニナと身支度をしていると、ノックと共にマルティンが入ってきた。おかしい、こんなにも不躾な子じゃなかったはずなのに。頭が痛くなる。


「姉上、絶対に絶対に、僕のことをどう思ってらっしゃるか聞いてきてね!そして僕のいいところをたくさん話してきて!いやぁ、まさか姉上にお茶会の招待が届くなんて…。きっとハンカチを拾った僕を本当は呼びたかったに違いない。だけど、カノン様のお屋敷は男子禁制だから、姉上が代わりに呼ばれることになったんだ!きっとそうに…」

「マルティン、話があるの」


私の話を聞かせるためには、行儀が悪いがマルティンの話を遮るしかなかった。キョトンとするマルティンに静かに告げる。


「カノン様のお噂で、麗しの未亡人というものがあるわね?あなたはそれが誤解だと言っていた。たしかに婚約だけで婚姻されていないから、あなたが正しいわ。でもね、未亡人というのは、カノン様がご自分でおっしゃったの」

「え、そうなの?」

「未亡人、つまり、夫に先立たれた妻。カノン様は、ハルトマン前男爵を本当に愛されていたの。婚姻していなくても、心はもう妻であると決めていらっしゃったのよ」

「…」


マルティンは下を向いて黙ってしまった。しかし、私はカノン様について知っていることをマルティンに話さなければならないと思っていた。それがいかにマルティンを傷付けることになっても、真実を伝えたほうが報われない恋をしなくて済むからだ。


「どうして私が知っているか、あなたは疑っているでしょう。私のお友達のアプフェル様のお母様の妹が、ハルトマン男爵家で侍女をしているの。カノン様とハルトマン前男爵は二十歳以上もお年が離れていたのだけど、カノン様の危機を前男爵が救ったことがあったそうで、十四歳のカノン様からアプローチしたそうよ。年齢差と身分を理由に、前男爵は丁重にお断りしたのだけど、カノン様は諦めずに男爵家に通って、ついに婚約までこぎつけた。でも、十年前に流行った疫病の際に前男爵は亡くなってしまったの」

「わかったよ、姉上」

「え?」


途中から下を向いていたマルティンが、私に目を向ける。


「カノン様のお気持ちはわかった。でも、僕はそれだけで諦めない」

「ちょっと、私の話をちゃんと聞いてた?カノン様は今も前男爵を愛しているのよ?」

「「今」は、でしょ?」

「…」


マルティンの目に、何か決意のような光が見えて、今度は私が口をつぐんでしまった。


「十年も亡くなった方を想っているカノン様のお気持ちを変えるのは、きっと難しいと思う。だけど、これからの人生はまだ長いんだ。もっと他の人に目を向けてもいいはず。姉上、教えてくれてありがとうございます。そして、失礼なことをして申し訳ありませんでした。恋をしてると自覚してから暴走してるなって、自分でも少しだけわかってたんだ。僕のアピールはしないでいいから、カノン様とどんな話をしたのか、話せる範囲で教えてほしいな。押し付けない程度に、僕の気持ちを伝えられるように、自分なりにがんばるから」

「マルティン…」

「もう時間だね。楽しんできてください」

「ええ、ありがとう」

「では、失礼します」


少し照れたように笑い、マルティンは静かに扉を閉めた。

私はニナと共に、ため息をついた。


「なんだか、急にマルティンが大人に見えたわ」

「これが恋する男性の本来の姿なのですね。好きだからこそ、自分の気持ちを抑えて相手のことを思いやる。マルティン様は素晴らしいお方ですわ」

「ええ。私の自慢の弟よ。どこかの誰かさんにも、見習ってほしいくらい」


その誰かさんがわかっているので、ニナは苦笑するだけで、ノックの音がした扉の方へ向かった。扉を開くと、セバスが恭しくお辞儀をしていた。


「アネット様、モント公爵家からの馬車が到着致しました」




静かに馬車が止まった。

同乗していたカノン様付きの侍女の手を借りて、馬車を降りる。そして、目の前に広がる光景に、私は圧倒された。


緑、緑、緑。


カノン様のお屋敷を取り囲むように、蔦が外壁に絡まっていた。辛うじて青い屋根と白い外壁がわかる。あとは緑一色だ。

それだけでなく、門から玄関まで続く道の両脇の花壇には、鬱蒼と野草が生い茂っていた。まさに緑の館と言っても過言ではない。

ただ、不思議なことに、放置して荒廃してしまったわけではなく、手入れをされた雑然さというか、あえて雑然と見えるように整えたように思えた。何故なら鬱蒼とした花壇と蔦の絡まる舘の雰囲気とが非常に合っているからだ。石畳の道や玄関ポーチがゴミ一つなくきれいに清掃されていることも、理由の一つだ。


このお屋敷、なんだかとっても落ち着くなぁ。母方のお祖父様の屋敷に似ているからかな。お祖父様のほうは、ほったらかしていただけだけど。


「アネット様、こちらでございます」

「ありがとうございます」

「お疲れではございませんか?」

「いいえ、大丈夫です。御者の方の運転がとてもお上手でしたし、ルネさんのお話が興味深く、とても楽しく過ごせましたわ」


馬車の中はふかふかのクッションが敷き詰められていて、乗り心地は本当に快適だった。私一人だったら居眠りしていただろう。今私をカノン様の元へ案内してくれる、背の高いとても美しい侍女、ルナが一緒だったので眠らずに済んだ。

黄緑色の瞳の目元が涼やかな美形で、オレンジ色に近い茶髪をお団子にまとめている。ハイネックのシンプルな紺のブラウスと紺の膝下のフレアスカート、黒いタイツを着ているが、これが使用人の制服だそうだ。ルナの長い肢体によく似合う。彼女の意外と低い声に何故かドキドキさせられたのは秘密だ。


車中では、ルナが色々な話をしてくれた。

この緑の館は、ハルトマン前男爵が亡くなった後にモント公爵家に戻ったカノン様の心境を慮って、公爵家が別邸として所有していたものを提供したこと。

使用人は全員女性で、本来の使用人としての仕事の他に護衛も兼ねているので、みな腕っぷしが強いこと。馬車を運転していた御者も男装した女性だそうだ。

元王族ということもあり、良からぬ輩が近付くこともあるので、本来は城と大神殿にしか使用できない特別な結界の魔法具を使用していること。


一応、何故面識のない私がお茶会に招待されたのか、遠回しに聞いてみたが、はぐらかされてしまった。これは、カノン様から直接聞かなければならないということなのか。

うう、緊張する。言葉遣いには気を付けなきゃ!


緑の館の中は、白を基調としたシンプルで落ち着いた内装だった。さすがに中までは植物に侵食されていないようだ。

使用人たちが笑顔で深々とお辞儀をして出迎えてくれた。その温かな雰囲気にカノン様が主としてみなに慕われていることを感じたのもつかの間、目の前の大階段からそのご本人がゆっくり降りてきた。


「ご機嫌よう、アネット様。本日はようこそお越しくださいました。私が、カノン・アーヴェ・モントです。突然の招待に驚いたことでしょう。でも私、ずっと前からアネット様にお会いしたかったのですよ」

「ごっ、ご機嫌麗しゅう、カノン様。アネット・ツェーデ・ブルーメでございます。ご招待頂きまして、誠にありがとうございます。とても光栄でございます」


淑女の礼をしながら、カノン様にご挨拶をした。

最初ちょこっと噛んだけど、何とかなった!


それにしても、なんておきれいなのだろう。私は思わず見惚れてしまった。ザーラを元気で愛くるしい春の妖精と例えるなら、カノン様は愁いを帯びた秋の女神と言える。

少しウェーブのかかった深緑色の髪は腰の下まで伸び、明るい灰色の瞳は深い慈愛に満ちていた。笑みを浮かべる赤い唇は艶めき、白い肌は透き通って、美しく儚げだ。ほっそりとした肢体なのに、胸はしっかり円みを帯びているのが羨ましい。

自分の幼い部分と色々比べてしまい、六年後の自分ではこうならないだろうと軽く落ち込んだのは内緒だ。うん、胸…い、いや、私童顔だし!大人っぽくみられなさそう!


カノン様は艶然と微笑んだ。


「本当に、なんてかわいい方なのかしら。緊張なさらなくて大丈夫ですよ。さあ、こちらにいらして。庭に席をご用意しましたの」

「はっ、はい!」


カノン様の後に続いて廊下を歩くと、お屋敷の裏手に出た。

そこは、色とりどりの多彩な植物が植えられた庭が広がっていた。奥に見えるのは小さな噴水かしら?うちの庭より広さは少し狭いけど、種類はこちらのほうがずっと豊富だわ。育てるのが難しいとされる薬草の類いも生えているではないか!庭師の仕事ぶりに感嘆する。

私は思わず声を上げてしまった。


「わあ!花だけでなく、香草も薬草も生き生きしていますわね!今の季節に盛りを迎える花をお庭の一番日差しの良い場所に植えられていて、なんて素敵なお庭なのでしょう!」

「ええ、私の自慢の庭ですわ。さすがアネット様、一目見てどんな物を植えているかおわかりになったのですね」

「恐れ入ります。私の家でも香草や薬草を育てておりますが、このお庭ほどの種類はございません。この庭を管理している方の愛情がたっぷりつまっているのがよくわかりますわ」

「うふふ、嬉しいお言葉ありがとうございます。庭師に伝えておきますわ。もし時間があれば、この庭をご案内しますわね。さあ、こちらのお席です。どうぞおかけになって」


庭が一望できるテラスにある木の椅子に私が腰を掛けると、すぐにルナさんがバラのお茶を出してくれた。さすが公爵家の侍女だなぁ、仕事に無駄がないわ。

感心しながら一口飲む。ああ、美味しい。

笑顔のカノン様がカップを手に持ちながら、口を開いた。


「アネット様、今日は何故私があなたをお茶会に招待したか、不思議に思っていらっしゃるでしょう。私、まどろっこしいことは嫌いですの。はっきり言いますわね。噂の令嬢がどんな方なのか、会ってみたかったのです。噂というのはどこかで誇張や想像が入って、真実が見えにくくなりますもの。アネット様は、やはり噂の令嬢ではございませんね」

「は、はぁ、それはご期待に添えず、申し訳ありません…」


まさか面と向かって否定されるとは思ってもみなかった。

ど、どうしよう。おうちに帰りたい…!

アネット、冷や汗が止まりません!

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