本音のお茶会、のち、弟の懇願?
またもや長くなりました!
すみません!
屋敷に戻ると、セバスが出迎えてくれた。さすがは侯爵家の執事、出掛けて数刻もせずに友人を連れて帰ってきても慌てる様子を見せない。
「お帰りなさいませ、アネット様。ようこそいらっしゃいました、アプフェル様、ザーラ様。お茶会はいかがでしたか?」
「ただいま帰りました。不慮の出来事がありましたので、場所を私の部屋に移して、お茶会の続きを行うことになりましたの。なので、急で申し訳ないのだけど、三人分のお茶の用意をお願いしますわ」
「承知致しました」
「それでは、こちらへどうぞ。私の部屋へ参りましょう」
セバスが恭しくお辞儀をし、私たちを見送った。
自室に戻り、二人をソファーへ座らせる。そして、ニナが持ってきてくれたお茶のセットを受け取った。お昼ごはんが近いので軽食も用意されていた。
「ありがとう。あとは私が準備しますので、しばらくこの部屋に誰も通さないように」
「承知しました。何かありましたら、いつでもお呼びくださいませ」
ニナの言葉に頷いてドアを閉めた。
通常であれば、侍女であるニナが側について私たちにお茶の準備をしてくれるが、今回のように人払いをするときは、私が代わりに行う。万が一のために一通り何でも自分で出来るように、という母の教育方針のおかげで、私は大抵のことは自分でできる。着替えや料理、体術や護身術など、幼い頃からしつけられてきた。特にお茶を入れる腕は、家で一番美味しく作れる乳母のお墨付きなので、結構自信がある。
「さあ、それでは早速、ロバ耳会を始めましょうか」
二人の前に特製の香草茶と焼き菓子、軽食のサンドイッチも出して、私はにっこり笑って宣言した。防音の魔法もバッチリだしね!特殊魔法のことは家族しか知らないので、部屋の構造上音が漏れにくいとだけ伝えてある。今まで話したことが他に漏れたことがないので、アプフェルは信じてくれている。
「え?ロバ耳会?」
「あースッキリした!!」
ザーラの戸惑いの声は、アプフェル様の喜びに満ちた声にかき消された。そして、そのまま捲し立てる。
「全く、ナディアときたら非常識にも程があるのよ!いくらうちがシュミット前男爵に恩があるのを周りが知っていたって、あの子とこれ以上一緒にいたら同類と思われてしまうわ!十八歳にもなるのに、ちゃんとした縁談が来ないのはそのせいなのかな…なんて落ち込んでいたのよ!それにしても、ザーラもお兄さんのハンス様をあんなふうに言われて、嫌な思いしたでしょ?アネットが言葉尻を突っついたおかげで、ようやくナディアが大人しくなってくれそうね」
「傍目から見てても、そろそろアプフェルの我慢も限界を超えそうだったからね。こっちがハラハラしたわよ。でもまあ、これだけ恐がらせておけば自分のやったことも反省できるんじゃない?」
「うーん、まだ安心できないから、定期的におかしなことをしでかさないか見張っておくわ」
「それがいいかもね。あ、このクッキー、うちの料理長が作った新作なの。たくさん食べてね」
「うん、ありがとう!ほら、ザーラも食べてみて。クッキーもお茶もすごく美味しいわよ。…あれ、どうしたの?」
私とアプフェル…もう様はいいか…は、クッキーを口に放り込みながら、ザーラに話を振るが、どうみても貴族のご令嬢らしからぬ私たちの振る舞いや言葉遣いに、ザーラは口をあんぐり開けて言葉を失っていた。アプフェルは、見た目がおっとりした良いところのお嬢様のように見えるが、実際は感情表現豊かでかわいらしい子である。
「まだザーラにはこの会の話をしていないのよ。社交界デビューした後に、誘うつもりだったから」
「あらそうなの。アネット、先に言ってよ。驚いたでしょう?ごめんなさいね、ザーラ」
「ええ…あの…はい。今もよくわかっておりません。どういうことでしょうか…?」
呆けた声でザーラが問う。私はザーラの目をしっかり見つめ、落ち着かせるようにゆっくり話し出した。
「ザーラも来年には成人の年齢に達して、社交界デビューするでしょう?そうすると、今まで知り合った方々の何倍もの人数と関わっていくことになるわ。そこには、家同士の利害関係や、異性に関する嫉妬、根も葉もない噂、いろんなものが微笑みながら会話の裏に隠れているの。それを意識しながら、家を背負って淑女として振る舞う大変さが並大抵のものではないことは、わかるわね?」
私の話を聞いていたザーラは、ハッと背筋を伸ばした。そして私の問いかけに、真剣な表情で頷いた。この子はしっかり覚悟している。本当に聡明で察しが良い子だ。アプフェルも同じ事を思ったのだろう。笑みを深めながら、私の言葉を引き継いだ。
「それで、この会が存在するってわけ。建前だらけのパーティーやお茶会じゃなくて、本音や好きなことを言いたいだけ言えるのが、私とアネットで三年前に作ったロバ耳会なの。お互い立場なんて気にせず、ただの友人として意見や趣味の話をぶつけ合えるわ。会員は私たち二人だけ。アネットが家にひきこもりがちだから、なかなか私以外に友達が出来なくて、会員が増えないのよ」
「ええっ!?私のせい?それを言うなら、アプフェルの面接が厳しすぎるんじゃないの?礼節を弁えてて、自分の意見をしっかり持っていて、口が軽くなくて、婚約者がいなくて、リンカ・マシワギ先生のファンっていう条件も、門戸を狭めているような…」
「あ、会の名前はね、「漆黒の騎士と純白の令嬢」っていう小説の、主人公の令嬢と騎士が出会うキッカケになった、「お父様の耳はロバの耳事件」から取ったの」
「ああ!主人公の令嬢の父が、ある日突然耳がロバという架空の動物の耳になってしまって、秘密にしていたのに国中に噂という形で知れ渡ってしまって、その犯人探しに令嬢が侍女と共に奮闘するお話ですわね!その最中に漆黒の騎士様と出会って、一緒に事件を解決に導くのが、ドキドキハラハラしましたわ」
「そうなの!ザーラも読んでいるのね?その本の感想も、よく語り合っているわ。まあ、そういうことで、これからはザーラも会員として、一緒に活動しませんこと?」
「私の話も聞いてよっ!!…コホン。ザーラ、返事は今すぐでなくてもいいし、断ってくれてもいいわ。この会に入らなくても、私たちは今まで通りあなたと仲良くしていきたいと思ってる」
私以外の二人で盛り上がってるところに割り込んで、ザーラに告げる。だいぶ急だったしなぁ。元からロバ耳会に入れたいと思っていたけど、無理強いはしたくない。
アプフェルと二人でザーラの様子を伺うと、ザーラは立ち上がり、華やかな笑顔を見せてくれた。
「アネットお姉さま、アプフェル様。私、ぜひともロバ耳会へ入会させて頂きたいですわ。社交界デビューのときにも、ぜひこの会で相談もしたいですし、何より心の内をしっかり見せることの出来る関係になりたいと思っていましたから、とても嬉しく思います!これからも、ぜひよろしくお願い致します」
「こちらこそ!仲間が増えて嬉しいわ!」
「これからもよろしくね、ザーラ」
「お二人とも、ありがとうございます!」
「早速だけどザーラ、言葉遣いも崩しちゃっていいからね。アネットは幼い頃の癖が抜けなくて、素の口調が今話してる言葉らしいから。私は、純白の令嬢の侍女が好きで、口調を真似しているの!ほら、侍女は平民出身という設定でしょ?たまに出る侍女と幼馴染みとの会話のやり取りが楽しくて!」
ペコリとお辞儀するザーラに、アプフェルが笑いかけた。ザーラは少し考えて、口を開いた。
「わかりました!あまり堅苦しくないしゃべり方にします!時にお姉さま方、先程のナディア様の件でお聞きしたいのですが」
「ん?ナディア嬢の件?」
二杯目のお茶の準備をしていた私は首をかしげた。おっと手元がおろそかだった。危うくお母様お気に入りのティーセットを落とすところだった。次はサンドイッチに合う紅茶にしようっと。いろいろ考えながら、困った表情のザーラを見る。
「ええ。お父様に今回の事の顛末を説明するというお話でしたよね?」
「ああ!ごめんごめん、あれはナディア嬢に対する牽制で言っただけで、本当にザーラのお父上様にお伝えしなくていいのよ。言葉尻を突っついただけだから物的証拠もないし、証言だけじゃ裁けないしね。それでいい?アプフェル」
「そうね。きつーいお灸を据えられたから、それ以上は特にいいわ。それに、こういった話はすぐに噂で出回るし」
「噂、ですか?」
「ええ。私たちが話さなくても、聞いていた侍女たちの格好の話の種になるでしょう。誤解がないように言っておくけど、うちの使用人たちはみな口が固いわ。それでも、人の口に戸は立てられないから、「風の噂」でどんどん広まっていくでしょうね。だから、このロバ耳会は本当にすごいのよ。結構突っ込んだ話もしてるけど、噂になったことがないから」
風の噂。その言葉に私はドキリと胸を鳴らした。
そんな私の動揺に二人は気付かず、どんな小説が好きかで盛り上がっていた。
―――――――――――――――――――――――――――
その後、ロバ耳会を楽しんだアプフェルとザーラは、名残惜しそうに帰っていった。しっかり次回の約束をしたのが、二人とも楽しみにしてくれているのがわかって嬉しい。
ザーラはハンスの妹なので昔から知っているが、アプフェルとは三年前に偶然出会った。馬車で移動中のアプフェルが体調を崩して倒れ、近くにあった我が家に運び込まれた。客間の内装を工事していたため、私の部屋に通しベッドに寝かせたが、何やらうなされていたので、念のため防音の魔法を部屋にかけておいた。変な寝言を言ったら恥ずかしいだろうし。そして、部屋から出ようとしたら、アプフェルが急に起き上がり、叫んだ。
『どうしてあんたの言うことを聞かなきゃいけないのよ!おあんたのじいさまには感謝してるけど、あんたが偉いわけではないのよ!』
アプフェルの噂は少し聞いたことがある。
おとなしく謹み深い性格で、恩人の孫にワガママ言われ放題でも面倒を見てあげているらしい。寝言を聞くと、なかなか不満が溜まっているようだ。
恐る恐る振り替えると、顔を青ざめたアプフェルと目が合った。涙をたたえ、体が震えているようだ。令嬢にあるまじき言葉を人前で発し、激しく後悔していた。
なので、私は刺激しないように優しく現状を話した。顔はまだ真っ青だったが、しっかり顔をあげて、私に感謝の言葉を述べるアプフェルを好ましく思った。
だから、提案した。
『アプフェル様、私とお友達になってくださいませんか?できれば、私は、本音を言えるような仲になりたいと思っております。話した内容は私たちだけの秘密です。そうですね、私の秘密は、普段の話し方はこっちで、本当は令嬢らしくないの。両親の教育方針で、何でも一通り自分で出来ることかな。着替えや料理や掃除、体術や剣術とかね。試しに体術でも見せようか?』
体術の構えをドレス姿のままやろうとする私を見て、呆気に取られていたアプフェルはくすりと笑った。
それから私たちは急速に仲を深めた。
さてと。
夕方と行ってもまだ空は明るいし、庭で体術のトレーニングでもしようかな。
そんなことを考えながらニナと玄関ホールに続く階段を降りていると、玄関の扉が開き、マルティンが帰って来た。出迎えた執事のセバスに何事が告げ、落ち着きなく辺りを見渡している。
どうしたんだろう?誰か探しているみたい。
普段は年齢の割に落ち着いている弟を不思議に思った。
「マルティン様、どうされたのでしょう。あら、こちらをご覧に…」
「姉上!そちらにいらっしゃいましたか!」
不思議そうなニナの言葉は、階段の上にいた私を見つけたマルティンの言葉に遮られた。
「マルティン、お帰りなさい。そんなに慌ててどうしたの?いつも落ち着いているあなたにしては珍しい…」
「ちょっと、僕の部屋へ来て下さい!」
「ですから、何をそんなに…」
「お話があります!」
話を聞け!思わず突っ込みそうになるが…おっと、セバスと目が合った。老執事のにこやかな顔を見ると、自分が公爵家令嬢ということをしっかり自覚できるわ。
素の口調は自分の部屋などプライベートなところでしか使わないと決めている。うちの使用人たちはみな優秀で、口の固い人たちばかりだが、上に立つ立場として振る舞いには気を付けているのだ。
それよりも、私の手を引っ張るこの弟をどうにかしてくれ!
階段を下りていたのに、また上らされ、二階に連れ戻されてしまった。
「それで、話って何なの?ハンスが何か言ってたとか?」
ようやく手を解放されたのは、マルティンの部屋に入り、ソファーに座らせれたときだった。マルティンとニナしかいないので、私の口調も元に戻る。ハンスと遠乗りに行っていたのだから、またあの前髪男が何か言い出したのかもしれない。しかしマルティンは、私の言葉など聞いていないかのように、部屋の中をぐるぐると歩き回った。
「ちょっとマルティン」
「姉上、一生のお願いがあります。僕は、僕は初めて恋に落ちてしまいました!その方についてご存知でしたら、僕に全て教えて下さい!」
ガバッと私の前に座り込み、両手を握りしめられた。
急いで帰って来たのか、髪は乱れ、上目遣いの瞳は潤み、頬が上気している。年頃のお嬢さんたちが今のマルティンを見たら、身から滲み出る色気に一瞬で惚れてしまうだろう。十六歳、恐るべし。
あまりの迫力にタジタジになっている私に、マルティンはまるで歌うように話す。
「ハンスと遠乗りで郊外の湖へ行き、そこで休憩を取ったのです。いい天気でしたので、昼ごはんを食べた僕らはしばし昼寝と決め込んで休んでいました。すると、女性たちの声が近付いてきて、会話からどうやらピクニックを楽しんでいる貴族令嬢とお付きの者のようでした。後ろ姿しか見えないその令嬢は、とても優しい澄んだお声で、それだけで僕はすっかり魅了されてしまいました。寝ているハンスはそのままに、僕はどんな方だろうと近付くと、小さな悲鳴と共に一枚のハンカチが飛んできました。僕のほうに飛んできたそれをしっかり掴み、驚かさないように令嬢に近付き、素性を明かしてハンカチを返しました。僕の手からハンカチを取り上げた彼女は、花のように微笑み、礼を言ってくださいました。その儚げで何とも美しいお姿が今も目に浮かびます。彼女の陶器のような滑らかな肌、そして…」
「で、どなたなの?そのお相手は」
まだ話足りなさそうなマルティンの言葉を遮り、相手の素性を尋ねると、よくぞ聞いてくれましたとばかりに、マルティンは胸を張った。
「モント公爵家のカノン様です!」
「!!」
ああ、参ったな。
一目惚れの初恋に浮かれまくるマルティンとは対照的に、私は内心困り果てていた。
カノン様に一目惚れしたマルティンは恋に恋してます(笑)
そして、アネットはなにやら焦っています。
次は、閑話を挟みます。
ロバ耳会後のザーラのお話です。
ザーラの兄の前髪男が少し出てきます(笑)