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王太子殿下派か、一族の若様派か、はたまた?

やっとお茶会がスタートしたと思ったら…!

アプフェル様の執事に庭園へ案内された。そこは、色とりどりのコスモスが満開の広場だった。中心には大きなパラソルがあり、その下に白いテーブルと椅子が四脚用意され、側でアプフェル様と女性が何やら話をしていた。

品の良い執事が静かに告げる。


「アプフェルお嬢様、アネット様とザーラ様がお見えになりました」


振り返ったアプフェル様は表面上にこやかに佇んでいるが、苦虫を噛み潰した表情が垣間見える。

どうしたんだろう、いつも穏やかなアプフェル様がすごく不機嫌そうだ。というか、今日のメンバーは私とザーラとアプフェル様の三人のはずじゃ?


しかし、アプフェル様と話していた女性もこちらを振り返って、椅子が四脚の理由も、アプフェル様の不機嫌さの理由も、すぐにわかった。薄い茶色の髪を強めに巻き、つり目気味の瞳が好奇心で輝いている。フリルをふんだんに使った派手なピンクのドレスが顔の印象を薄くしていた。

あー、ナディア嬢もいるのかぁ。来るって聞いてないなぁ。また絶望的にドレスが似合ってないなぁ。

アプフェル様が一歩前に出て、淑女の礼をした。


「ご機嫌麗しゅう、アネット様、ザーラ様。本日はようこそお越しくださいました」

「アネット様、お久しぶりでございます!一年前のお茶会以来ですね!」

「ご機嫌よう、アプフェル様。こちらこそ、お誘いくださってありがとうございます。ザーラ共々楽しみにしておりましたわ」


あ、アプフェル様の笑顔がだいぶひきつってる。若葉のようにきれいな黄緑色の髪をハーフアップにまとめ、柔和な垂れ目の中には落ち着いた赤茶色の瞳が申し訳なさそうに私を見つめている。

どんどん話しかけてくるナディア嬢を軽く無視し、あなたのせいじゃないわと、アプフェル様へ頷く。


まずはホストであるアプフェル様が挨拶をするのはわかるけど、私が挨拶を返す前にアプフェル様から紹介もされていないナディア嬢が口を開くのは、かなり不躾なんだけど?アプフェル様の幼馴染みであるシュミット男爵令嬢というだけで、自分もホストのように振る舞っているのは何故?

公爵令嬢の私と伯爵令嬢のアプフェル様とザーラが、男爵令嬢のナディア嬢になめられているとしか思えない。彼女ももう十八歳、社交界デビュー済みという成人した身で、同じ貴族なら身分の差はないと言っても、上下関係がわからないとは言わせない。


元々大商人だったナディア嬢の祖父が男爵位を授かったため、彼女は幼い頃に平民から貴族へ成り上がった。彼女の祖父の頑張りが認められたのだから、成り上がりへの偏見は全くない。ただ、貴族となったからにはルールやマナーを弁えてもらえないと困る。夜会やパーティーだけが公の場ではないのだから。そもそも、私はアプフェル様とは親しくしているが、ナディア嬢とは今回のように誘ってもいないお茶会で数回一緒になっただけだ。


相変わらずなナディア嬢に、溜め息をつきたくなるのをグッと堪える。こめかみをひきつらせながら、アプフェル様が続けた。


「友人のナディアが本日のお茶会にぜひ参加したいと申しまして、急遽席を用意しておりましたので、玄関まで出迎えに行けず、大変申し訳ありませんでした」

「いいえ、お気になさらないで。突然のゲストの追加で慌ただしくなってしまうのは、仕方のないことですから」

「アネット様、一年前のお茶会以来ですね!私、アネット様にどうしてもお会いしたくて参りましたの!アプフェルに何度もアネット様にお会いしたいって言ってるのに、なかなか会わせてくれないんですもの」

「そうですか」

「ザーラ様、色々不手際が多くて申し訳ありませんが、楽しんでくださいね。お二人とも、どうぞおかけください」

「は、はい。お招き頂きまして、ありがとうございます」


私とアプフェル様の雰囲気を敏感に感じ取ったザーラが、戦々恐々とお辞儀を返す。ナディア嬢にも会話から自分の過ちを悟って欲しいのだが、無理だったみたいだ。


「では、お茶会を始めましょう!ほら、早く準備をして」

「ナディア、それは私が言うことですから。あなたは席に着いていてくださいな」


勝手に場を仕切ろうと、伯爵家の侍女に命令するナディア嬢を、アプフェル様が冷たく遮る。

ああ、アプフェル様、お顔に笑顔と青筋が混在しているわ。私は微笑みが固まり、ザーラは顔を青ざめた。


どうしてここまでナディア嬢の無礼に耐えているのかというと、その昔、アプフェル様の祖父が領地経営に失敗し、多額の借金を抱えてしまったところから始まる。当時すでに大商人だったナディア嬢の亡き祖父が、多額の援助金と使用人を支援し、没落しかけたその窮地を救ったのだ。その恩があり、アプフェル様の祖父は当時の国王へ、貿易面で国に貢献しているナディア嬢の祖父に爵位を賜れるように進言したそうだ。

その時点で互いに貸し借りなしということになった上、アプフェル様の祖父は、その後家を立て直し、支援されていたお金を全額返した。

しかし、今でも伯爵家の中には当時の窮状を助けてくれた男爵家への感謝と恩があり、その孫であるナディア嬢にも手厚いもてなしをしている。それが現在の勘違いした主人気取りに繋がる。また、ナディア嬢の祖父は人物的にも立派な方だったが、その息子であるナディア嬢の父の現男爵は、黒い噂が絶えない。

アプフェル様も恩人の身内のことを悪く言いたくないため、怒りは内に止めているのだ。しかも、事あるごとにナディア嬢のために行動や言動を諌めたり、注意をしている。全く響いてないようだが。


これは早くこのお茶会を終わらせなければ。アプフェル様の忍耐が限界を迎えてしまう…!


私は緊張感を持って、このお茶会に望んだ。


―――――――――――――――――――――――――――


侍女がバラのお茶を入れ、その芳醇な香りを楽しむ。互いの近況報告が済むと、早速ナディア嬢がいつもの質問を切り出した。辟易しているこちらはお構い無しで。


「それで、今、皆様はどういう方が好みのタイプですか?以前は、ザーラ様は王太子殿下、アプフェル様は一族の若様のクラウド様、アネット様は、たしか幼い頃の初恋の方、でしたっけ?王太子殿下とクラウド様と、そしてザーラ様の兄上のハンス様、この方々は、貴族の令嬢たちの人気を分けていますわね。アネット様は、今も初恋の方をお慕いしていらっしゃるのですか?」


前のめり気味のナディア嬢の質問に、私を含めた他の三人が思わず身を引く。幼い恋を引きずっていると思っている私をかわいそうな目で見るナディア嬢に、肯定も否定もしないで微笑んでみせる。本当に、喧嘩を売っているのだろうか。


そういえば、ナディア嬢は、片想いをしていたハンスに私を諦めさせるために私の噂をハンスの耳に入れたことがある。実際は逆効果で、私の初恋の人を自分だと勘違いして、よりアプローチが激しくなったけどね。

私の不憫な子を見る目にも気付かず、ナディア嬢は話を続ける。


「私も過去に王太子殿下やクラウド様、ハンス様をお慕いしていましたが、見目だけで判断していた節がありました。外見はもちろん内面も含めて、あの方以上に素晴らしい男性はおりませんわね。アネット様も、あの方ならお心が動いてもおかしくないと思いますわ」

「それは、どなたでしょう?」


ザーラが気を使い、相づちを打つ。私とアプフェル様の聞く気がない態度にハラハラしているようで、少し罪悪感が感じるなぁ。でも、ナディア嬢よ、ハンスを見た目だけの男と一刀両断したのはわからなくもないが、身内のザーラの前で笑いながら言うことではない。


それにしても、友人でもない人の好きな人の話なんて、全然興味ないんだけど。ましてや、慕っている方々とお近づきになろうと、ハンスの妹のザーラにしつこく探りを入れたり、不本意だがハンスの想い人として有名な私を噂を流して牽制してきたり、あろうことか王太子殿下の従姉で王弟殿下の娘であるカノン様に手紙を出したり、神殿の者に一族の統治する街ゾンネアジールでの滞在許可を求めようとしたり、不躾な行動を取る人と、親しくなりたくない。アプフェル様に同情するわ。


そんな移り気なナディア嬢の次の想い人にひとかけらも興味はなかったが、思いがけない名前が出てきたので、思わず注目してしまった。


「第二王子のヨハン殿下ですわ!」


ほう、ヨハン殿下ね。そうきたか。

素早くアプフェル様に目線を送ると、アプフェル様が私に軽く頷いた。それを見届けると、私は自分からナディア嬢に話を振った。


「まあ、ヨハン殿下ですか。ナディア様、理由を教えていただいてもよろしいですか?」

「もちろんですわ!ヨハン殿下は見目麗しく、剣の腕も立ち、魔法の腕も得意な火の属性を中心に鍛えておられ、その気さくな性格は臣下からも慕われているそうです。まだお若くいらっしゃいますがこの国の民のことを真摯に考え、来年の新年の儀式で成人のパーティーを開かれるので、国政にも意見が出来るとお喜びなんですって。そもそも、ヨハン殿下のお母上のカトリーナ様は先に国王様に嫁いでいた正式な王妃様ですし、悪いお噂のないヨハン殿下のほうが、次期国王としてずっと相応しいですわ!」


よし、言質を取ったぞ。証人は私たちの他に、近くにいる侍女たちもいる。興奮しているナディア嬢は、自分の言ったことがいかにまずいか、全くわかっていない、

私はわざと大袈裟に驚いたふりをする。


「まあ、ヨハン殿下はそんなに素晴らしいお人なのですね!それにしても、ナディア様はずいぶんお詳しいのですね。お姿は王室行事の際にお見かけしますが、成人前のヨハン殿下の人となりを知る機会はなかなかありませんのに。特に、魔力の属性が火だなんて、初めて知りましたわ。ねえ、アプフェル様?」

「そうですわね」

「あっ、そ、それは…」


したり顔で頷くアプフェル様と私を見て、ナディア嬢は慌てる。どうみても、誰かから聞いた内密な情報であろう。自分の失言に気付いたナディア嬢を更に追い詰める。これを機に、彼女は自分の発言の愚かさに気付くべきだ。


「ナディア様、次の国王にはヨハン殿下が相応しいと、そうおっしゃいましたわね?第一王子のルートヴィッヒ王太子殿下は、次の国王として、現国王陛下がお決めになりました。あなたは、国王陛下のご決定に異議を申されるということでしょうか?そして、カトリーナ様をわざわざ正式な王妃様とおっしゃいました。それでは、ルートヴィッヒ王太子殿下のお母上のイブ様は第一王妃であらせられますが、どうなるのでしょう?」

「いえ、それは、その…!」

「あなたの発言は、そのような意味合いに取られてしまうのですよ。それに、クラウド様やハンス様を見目だけで判断していたと。これはお二方の実力や地位を侮辱したと捉えられてもおかしくありませんわ」

「あ、あれは、お茶会の席でのただの戯言ではありませんか!」

「いいえ、そういうわけには参りません。この場には、空の神を信奉するヒンメルン王家に忠誠を誓う貴族である、公爵家の令嬢と、伯爵家の令嬢二人が、男爵家の令嬢であるナディア嬢の発言をしっかり聞いておりました。他に、そちらに控えている侍女たちの耳にも入っております」

「そんな…!私はただ、父からヨハン殿下のことを聞き、皆様にもお伝えしたいと思っただけで…!」


助けを求めるかのように、真っ青な顔のナディア嬢はアプフェル様を涙目で見つめる。アプフェル様は、無表情に首を振る。


「ナディア、私は日頃からあなたに注意しましたよね?自分の家の者以外と話すときには、発言の内容や言い方には十分に気を付けなさいと。あなたの発した言葉は、あなただけの責任ではないのです。シュミット男爵家としての発言にもなるのですよ?それなのにあなたときたら、平民出身だからしょうがないと貴族のルールもおろそかに努力もせず、初代シュミット男爵様の孫であることと、その資産に目がくらみ、周囲があまり注意しないのをいいことに、ここまできてしまいました」

「アプフェル…!」

「この件は私たちの父に報告させていただきますね」


事の重大さにやっと気付いたナディア嬢は、私が最終通告を出すと、震えながら立ち上がり、勢いよく頭を下げた。


「も、申し訳ございません!アネット様、どうかお許しを…!」

「あなた一人の謝罪でどうにかなるものではありませんのよ。さあ、早くご自分のお父上にお話ししてきてはいかがですか?私たちはまだお茶を飲み終わっていませんから」


私たちがそれぞれの父に事の顛末を全て話す前に、早く帰って今後の対応策でも考えれば?と言外に伝えると、今度はすんなり通じたようで、ナディア嬢は挨拶もそこそこに駆け足で立ち去っていった。

残された三人のうち、ザーラは呆気に取られて形の良い口が半開きになってしまっていたが、私とアプフェル様は笑いを押さえるのに必死だった。


「ねえ、アプフェル様、ザーラ様。これから私の家にいらっしゃいませんか?私の部屋は防音に優れておりますので、先程のナディア様の件で、忌憚のないご意見をお聞きしたいですし」

「お言葉に甘えて、お伺いさせて頂きたいですわ。ねえ、ザーラ様?」

「は、はい!」


アプフェル様が執事を呼び、三人で連れ立って私の家の馬車に乗り込んだ。

さてと、やっと楽しくなってきた!

アネットとアプフェルの態度に、成人前のザーラはガクブルであります…!

ちゃんとフォローしないと!(笑)

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