全身緑色の少年とおませな少女?
すいません、まだお茶会ではありません!
アネットの過去と初恋の人との回想が長くなってしまいました…
そしていつもより長めです。
ザーラが我が家に到着したので、二人でうちの馬車に乗り込み、アプフェル様の家へ向かう。
車中、ザーラにねだられ、何度目かの私の初恋の人の話をした。ザーラは目を輝かせて私の話を熱心に聞いている。
彼女の桃色の髪は豊かに波打ち、明るい黄緑色の大きな瞳とバラの蕾のような唇が小顔が引き立てる。成人前の14歳ながら、匂い立つような色気で末恐ろしい。
普段から私を姉のように慕ってくれるかわいい妹分のザーラは、吐息のような溜め息をつきながらうっとりとしている。
「はぁ、本当に素敵ですわねぇ!ただ優しいだけではなく、いけないことをしたらちゃんと叱り、女子供関係なく一人の人としてしっかり会話をし、剣の鍛練もかかさず、そして危険を省みずに守ってくださるなんて。私、アネットお姉さまのお話だけで、お姉さまの初恋の方に恋してしまいそうですわ!」
「まあ、ザーラったら。でも、幼い頃の私とさして年齢は変わらなかったはずなのに、本当に出来た方だったわね」
「今はどんなお姿なのでしょうねぇ。何をしてらっしゃるのでしょう?お姉さま、連絡などお取りしていないのですか?」
「ええ、名前も行方も何もわからないの。身なりからして彼は平民のようなので、所詮幼い恋よ。それに初恋は実らないものだって、リンカ・マシワギの小説に書いてあったでしょう」
「それは残念ですわね。でも身分違いの恋なんて、それこそリンカ先生の小説みたいで切なくてときめきますわ!」
恋に恋する乙女の顔で叫ぶザーラを見て、私はつい苦笑いしてしまった。この話をすると、いつもザーラは興奮しちゃうんだよね。まだ成人前だから恋愛小説の世界にドップリはまっていてもかわいいものだけど、さすがに来年に控えた社交界デビューまでに私からも少しアドバイスをしてあげないと、いろいろ心配だ。
そして、初恋の人の名前や行方を知らないと言ったが、一部嘘がある。行方は彼から別れを告げられたとき以来本当に知らないが、名前は教えてくれた。
ただ、彼から名前や存在を他の人に秘密にしてくれ、と言われたので、親しいザーラやニナであろうとも話すわけにはいかないのだ。
初恋の人は、ユーリと名乗った。
二度と会うことはないと告げられたときに、初めて名前を明かしてくれたんだっけ。
懐かしい名前だなぁ。
ユーリと別れてからずっと心の中で呼び続けたのに、今ではすっかりご無沙汰ね。
今はどんな人になっているのかしら。
そして、どうして二度と会うことはないなんて言い出したのかしら。
私はしばし記憶の底に沈んだ。
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当時六歳の私が母の実家がある南の辺境伯の元に滞在していたときだった。
あのときは王都に疫病が蔓延り、当時体の弱かったマルティンのために、仕事のある父以外、母と私とマルティンと数人の供のみで避難した。ニナも一緒に連れて行きたかったのだが、ニナ本人と他にも数名の者に病の兆候が見られ、屋敷の一室に隔離されていた。
ニナがいなくて、すごく心細かったな。
何故なら、あのときの滞在はマルティンの療養だけでなく、私の魔力を制御する修業のためでもあったからだ。
魔法を操る者は、ヒンメルン王家とゾンネルン一族、一部の貴族の家を除いて、一般的には珍しい。ブルーメ家は家系的に魔力を有する者が多く生まれるようで、父は基本魔力の中の一つ、水の魔力を持っていた。なので、ゾンネルン一族の中から水の魔術師を招聘し、制御の術を教わったそうだ。
私が持つ魔力は、基本魔力のどれでもない、特殊魔力だ。
特殊魔力は、唯一空の神の力を有する風の属性を持つ。非常に珍しい魔力で、保持する者はとても少ない。
そして、ゾンネルン一族が管理する魔法学院でしか制御の術を学べないのだ。
学院に入学すると、自動的にゾンネルン一族の関係者となり、一族の街ゾンネアジールに移住する。
卒業後は、優秀な者なら王家や一族の内部に携わる仕事、そうでなくてもゾンネアジール内や神殿での仕事をすることが決まっていた。
学院の生徒は平民の子供が多く、学費から生活費まで全てを一族側で負担してくれる上、信奉する空の神に仕える一族の関係者となれるのだから、平民の憧れの的であった。
特殊魔力自体、何故か平民から生まれることが多い。貴族からも生まれなくもないが、両親は私にそんな選択肢のない将来を歩ませたくなかったそうだ。
そこで、修業という話が出てくる。
隠居した母方の祖父の執事兼護衛が特殊魔力の持ち主で、元密偵という経歴の持ち主だった。
母方の祖父ザーゲン卿は、15年前母の兄である息子に南の辺境伯の地位を譲った後、領地内の森の奥に居を構え、ひっそりと暮らしていた。とはいっても、祖父は懐が深くおおらかで情に厚い人柄だったため、隠居後も王家や一族の関係者の相談と称したご機嫌伺いが後をたたなかったそうだ。
高身長で背筋を伸ばした筋肉質の体は年齢とそぐわず、顔は皺だらけで白い口ひげとあごひげをたくわえ、右目は縦に傷が入っており、厳めしい顔つきに拍車をかけている。しかし、私には国内外の面白い話をしてくれたり、孫に甘い好好爺の姿しか見たことがない。
そして祖父の執事兼護衛のミハエルに初めて会ったとき、少しウェーブのかかったきれいなダークグレーの前髪を目元の下まで長く垂らしているので、目が隠れていて前は見えるのかと尋ねたら、私の口元に付いていた生クリームを優しくぬぐってくれた。恥ずかしい限りだが、今ではいい思い出ということで。
ミハエルは元々他国で生まれたが、いろいろあって幼い頃ヒンメルン王国へ入り、特殊魔力の才能がわかり魔法学院へ入学したそうだ。それから様々な出来事の末、祖父と出会った。そして忠誠を誓い、専属の密偵となったらしい。
常に優しく微笑んでいるミハエルからは想像もできない過去があるようだが、私には関係がないことだと祖父から言われた。
それから、朝晩は南の辺境伯の屋敷で過ごし、朝食を食べ終わるとミハエルが迎えに来て、祖父の家へ向かう。まずは座学として、建国史や魔法の概念などを勉強する。祖父お手製のお昼ごはんとお昼寝を挟み、午後から実践練習が始まる。風の流れから目的の声を拾ったり、風を層にして音を外に漏らさないようしたりと、様々なことを覚えた。そして陽が沈む前に、またミハエルが屋敷へ送ってくれた。
たまに弟の様子を見に行ったり、母とテーブルマナーの練習兼お茶会などしたりしたが、ほとんど修業漬けの毎日であった。
よく根気が続いたなぁと、自分でも感心してしまう。それほど魔法を使えることが楽しかったのかも。
滞在生活一ヶ月を過ぎたとき、ユーリと出会った。
お昼ごはん後、いい天気だったので外に出てみたら、一筋の風が吹き抜け、どこからか声を運んできた。
『どうしてこんなことに…俺が何したっていうんだ…まりん…無事なのか…』
その声は何だか泣いているように震えていた。
今は魔力を使って風の流れから声を拾っているが、慣れると魔力を使わなくても風から声を拾うこともできるらしい。しかし、初めてのことだったので、とても驚いてしまう。
胸に響く切ない声色に、いてもたってもいられなくなり、私は声が聞こえる風上に向かって走った。
祖父の家から少し離れたところに泉があり、そこに同い年くらいの子供が一人しゃがみこんでいた。緑色の大きな帽子をかぶり、緑色の大きなマントで体を覆っている。全身緑色って。それにしてもどこか旅にでも出そうな格好だなぁ。
風はいつの間にか止み、泉は鏡のように周りの景色を映していた。繁みから様子を伺っていると、うっかり枝を踏んでしまい、パキリと音が辺りに響いた。思わず体を身動ぎすると、子供がこちらを振り向き、帽子のつばを少し上げた。そこから見えた大きな瞳がこれでもかと開き、ぽかんと口を開けていた。
うわぁ、この子、すごくきれいだ。
思わず見惚れてしまった。
「まりん…?」
私は後ろを振り向いて、誰かいるのかと確認してしまった。
私を見ているようだが、人違いをしているみたい。
まりん、と言ったので、さっき風から拾ったのは、この子で間違いない。俺って言ってたから男の子かな。
自分の名前を教えてあげたら、やっぱり知り合いと間違えたんだって。すぐに帽子をかぶり直してしまったので、またよく表情が見えない。何だか残念だ。
そのうち帽子の男の子が、自分の存在とマリンという名前は秘密にしてくれと頼んできた。その切羽詰まった様子と、秘密という言葉に惹かれ、約束することにした。
祖父とミハエルが何かを秘密にしていることに、私は気付いていた。私が子供だから教えてくれないのか、それがひどく悔しくて、秘密という言葉に大人がするものだという憧れを抱いていた。
そして少し話をしただけで、私はその少し年上の男の子をおにいちゃまと呼び、実の兄のように慕った。二、三歳ほどしか変わらないのに、とても大人っぽいところにも惹かれた。
時には修業をサボっておにいちゃまの声を探し、後を追いかけた。
修業をサボったことがおにいちゃまにバレてしまったとき、頭ごなしに叱るのではなく、修業の大切さを説いてくれた。
ますます慕い、それから三ヶ月間ほぼ毎日会っていた。
たいしたことはしていない。しかし、おにいちゃまの剣の素振りを見たり、泉に落ちかけた私を助けてくれたり、たわいもない話をしたり、私はとても楽しかった。
時々見せてくれる笑顔がとても嬉しかった。
会えない時が悲しくて、会えたら幸せな気分になる。
私、おにいちゃまのことがとっても大好き。
そのことに気付き、ただただ嬉しかった。
そして、突然別れが訪れる。二度と会うことはないと告げられたのだ。
突然の話に混乱したが、それは避けられない事実だということは幼い私にもわかった。
悲しくて切なくて、何か記憶の残るものが欲しかった。
今思うと恥ずかしくてたまらないが、おませにもキスをねだってしまった。以前、母から好きな人とキスをすることの大切さを教えてもらったことが原因だった。
お母様、あなたの娘はあろうことか、好きな人にキスをおねだりしてしまいました…。
おにいちゃまは少し困ったように笑い、私の頬に軽く口づけた。それだけでとても嬉しくて、思わず頬に手を当てた私は、さらにおにいちゃまに願望を言った。
もしもまた会えたら、欲しい言葉があると。
キスをねだり、欲しい言葉があると言ったら、それはプロポーズだって、きっとおにいちゃまは大人だからわかってくれるはず。
すると、おにいちゃまは自分の名前を明かした。それまでいくら聞いてものらりくらりとかわされていたのに。とても嬉しかったけど、会えるのが最後だから教えてくれたことに気付き悲しかった。
でも、絶対に忘れない。
ユーリにいちゃま。
大好きな、ユーリにいちゃま。
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「アネットお姉さま!アプフェル様のお屋敷に到着したようですね」
「ええ、そのようね」
いつの間にか時間が経っていたようだ。懐かしい思い出は、幸せで、切なくて。まあ、あれから本当にユーリとは会うことはないし、誰にもその名前を話したことはないから、夢のような思い出になってるけどね。それに、ザーラにも話したが幼い恋よ。今プロポーズされてもどんな人かわからないから困るわ。私は十二年経って、現実的で建設的にものごとを考えるようになった。
ああ、そういえばザーラの話を聞き流しちゃったわ。少し気まずく思っていると、そのザーラが謝ってきた。
「あの、お姉さま、またお姉さまのお話に興奮しておしゃべりに夢中になってしまい、申し訳ありません」
あ、逆に謝られちゃった。なんか申し訳ないわ。ここは私も謝るより、フォローしたほうがいいわね。
「いいのよ、ザーラ。私、あなたのおしゃべり好きよ。今度はザーラの恋の話が聞きたいわね」
「私は初恋もまだですから、早く素敵な方と出会いたいですわ」
「大丈夫よ。まずは社交界デビューして、お近づきになった殿方をしっかりじっくり見極めることが大切ですからね」
「はい!お姉さま」
「さあ参りましょう」
薄桃色に頬を染めてしっかり頷くザーラを促し、馬車から降りた。
ユーリは、ムーミンの親友スナフキンの格好をイメージしてます。
次回こそお茶会です!
ちょっとした女のバトルもあります!
アネットがお嬢様の仮面をかぶってバトルに参戦します!