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騎士のアピール?

結局お茶会用の衣装は、ニナの見立てで、オレンジ色のグラデーションのきれいなドレスと、イエローパールを使用した髪飾りとネックレスとなった。

秋らしい彩りでいいわね。少しだけ気分が高揚した。私が素直な性格で感謝してよね、お父様!


着替え終わり、ニナとあずまやへ向かう途中、執事のセバスと出会った。

セバスは我が家で一番の古株で、私の祖父の代からこの屋敷で働いているそうだ。オールバッグの白髪と縁なしの眼鏡が抜群に似合う。皺が刻まれた顔立ちは端正で、常に微笑みを浮かべている。


「これはアネット様、とてもお似合いのお召し物ですね」

「あらセバス、お父様から何か言われまして?」

「何か、とおっしゃいますと?」

「いいえ、何でもありませんわ。ああ、お願いがありますの。これからザーラが我が家に来ます。私はあずまやにおりますから、ザーラが到着したら知らせてくださいな」

「承知しました」


セバスは、朝食での一件を案じた父に頼まれて様子を見に来たようだった。思ったよりも私が落ち着いていたので、セバスはホッとした表情を見せて、ニナにチラリと視線を送った。ニナが取り成したとでも思っているのだろうな。まあ間違いではないけど。


屋敷の裏手、庭の片隅にある青い屋根のあずまやは、私のお気に入りの場所。庭師のみんなに頼んで、周りに樹木を植えてもらったので、秘密の隠れ家みたい。

ベンチにはふかふかのクッションと膝掛け、小さめのカップに暖かい薬草茶が置いてあった。セバスの手配だろう。先程の会話だけでこの用意とは、さすがだ。


国内で流行りの小説をパラパラとめくりながら、向い合わせのベンチに座るニナと話す。


「あまり恋愛小説を読んだことがなかったけれど、主人公に思いを寄せる騎士様がとても素敵で、つい続編を読みたくなってしまうのよね」

「「純白の令嬢と漆黒の騎士」ですか?」

「そう。最初はザーラが貸してくれて、今では新作が出るたび街の本屋から取り寄せるくらい、お気に入りなの」

「作者のリンカ・ワシマギの書く話は、どれも今までにないどんでん返しの終わり方なので、読んでいてワクワクしますわね」

「そうなの!それにしても、いつもからかってばかりの漆黒の騎士様が、今回の話だと落ち込んでいる令嬢に優しい言葉で励ますのよね。なんて素敵なのかしら。こんな漆黒の騎士様のような方がいらしたら、私はすぐに恋に落ちてしまうと思うの」


本の感想をニナと和気あいあいと語っていたので、すぐ後ろに人がいることに全然気付けなかった。


「騎士とは、僕のことですか?麗しのアネット様」


甘ったるい低めの声に話しかけられ、私は反射的に顔をしかめてしまった。ニナが目配せを送ってくる。「令嬢らしいご対応を」。はいはい、わかってるわよ。

笑顔を取り繕って振り替えると、柱に背中を預けて前髪をかきあげるハンスと目があった。笑顔がひきつるー。


「あらハンス、ごきげんよう。マルティンと約束でも…」

「ああ、今日も変わらずアネット様は愛らしくいらっしゃいますね。あなたの小鳥のようにかわいいお声が耳に届き、いても立ってもいられず、おそばに参上してしまいました」

「そうですか。玄関からここまでだいぶ距離があるのですが、勝手に庭に…」

「それにしても、アネット様は騎士に恋をしていらっしゃるのですか?アネット様の近くで騎士というと、限られた者しかおりませんよね?例えば、そう、この僕とか」

「いいえ、違いますわ。そうそう、マルティンを呼んで…」

「アネット様は照れ屋ですね。そんなところも、僕は好きですよ。アネット様は、僕のどんなところを好いてくださっているのでしょう」


話を聞け、勘違い男。また前髪かきあげてる。その仕草、いい加減うざったいわ。

危ない。苛つきのあまり、口から言葉が飛び出てしまいそうだ。


この勘違いかっこつけ前髪男…いえ、ハンス・カー・バウムは、バウム伯爵の二番目の子息で、マルティンの幼馴染みだ。

明るい茶色の髪は柔らかそうで、明るい青い瞳は私を熱っぽく見つめている。まだ騎士団に入って一年過ぎだが剣の腕前はなかなかあるらしく、騎士団の中でもエリート部隊である近衛騎士に最年少で配属された。

顔立ちもまあ整っているので、伯爵子息で花形の役職につくハンスは縁談の話がよりどりみどりだ。将来性を見込んで親が申し込んでいる場合もあるが、大半は令嬢自身の希望だそうだ。

お嬢様方、趣味が悪いとしか言えなくってよ。というか、私に言い寄ってないで、そのお嬢様方の中から選んでよ。


昔はマルティンとともに遊んだり、それなりに仲は良かった。ただし、あくまでも友達として、もしくは姉弟のような存在として。

しかし、互いに年頃の年齢になり、去年成人となったハンスがとにかく私を口説いてきた。どうやら噂になっている私の初恋の人が自分だと思い込んでいるみたいで、心底呆れる。私のどんな態度で、自分に好意を抱いていると思ったのか。

何度ハンスに抗議したかわからない。別の人だと言えば、照れているのかと返され、あなたではないと言えば、試しているのかと微笑まれる。


あ、抗議はあくまでもお嬢様の仮面をつけてね。素の私は言葉の刃でハンスの思い上がった心をズタズタに裂きかねないし、何より私はブルーメ公爵家の令嬢なのだ。誇りを持って、誤解を解きたい…結局解けなくて今に至るけど。


「あ、ハンス!お前が来たと聞いて玄関へ行ったのに姿が見えないと思ったら、やはり姉上のところか。遠乗りに行きたいって言い出したのはお前だろう。早く行くぞ」

「やあマルティン、しょうがないだろう。アネット様がこちらにいらっしゃるんだから、アネット様専属の騎士である僕がおそばにいなくてどうする」

「…遠乗りやめるか?」


マルティンがこちらに向かって走ってきた。ハンスがまた前髪をかきあげてる。専属の騎士って何。マルティンが呆れた顔をしている。きっと私も同じ顔をしているのだろうな。マルティンに目配せで懇願する。

お姉さまのお願い、頼むからハンスを早く連れていって。


「ああ、姉上はこれからお茶会でしたね。ハンス、姉上も出かけることだし、俺たちも行こう」

「そうなのか。それでは、アネット様、また。今度は僕ともお茶を飲んでくださいね」

「姉上、行って参ります」

「気を付けて」

「アネット様、僕は行きますが、僕の心はいつもあなたのそばに…」

「もういい加減にしろ!」


また前髪(略)。マルティンに引きづられるようにして、やっとハンスがいなくなった。せっかく朝食のときの怒りも収まっていたのに。


「ああもう!私は初恋の人を今でも想っているわけじゃないの!ただの理想!その前に、私の初恋の人はあんたじゃない!!」

「もう防音の魔法をかけられたのですね」

「うん、このあずまやにかけた。顔はいいのに、本当に残念な男。ねえ、バウム伯爵家から縁談の話って来てないの?正式な縁談の申し込みなら、正式に振ってやるのに」

「話に聞いたところによると、ブルーメ家との婚姻はヒンメルン王国内外の貴族であればかなり魅力的なものですから、お父上のバウム伯爵様が縁談を進めようとしたら、ハンス様自身がお止めになったそうです」

「ええ?どうして?」

「それが…」


ニナが言葉を濁す。

あ、なんだか嫌な予感がする。


「ハンス様は、自分とアネット様はすでに両思いなのでその必要はない、と。あとはハンス様が騎士団で功績を上げたら、ブルーメ公爵様にアネット様との仲を認めてもらえるから、とおっしゃったそうです」

「あの勘違い野郎ー!!前髪かきあげすぎてハゲになってしまえー!!」

「アネット様!同感ですが、お言葉遣いにお気をつけくださいませ!」


ニナが慌てる。ってゆうか、指摘するところは言葉遣いだけで、内容については同意してくれるのね。

怒りのあまり肩で息をする私をニナがなぐさめる。


「こう言っては失礼ですが、ハンス様は少々先走る傾向にございます。それは騎士団の仕事にも表れているようで、優秀な剣の腕を持っていても、まだ内面はお若くいらっしゃいます。そのようなお方では、功績を作るまでには、相当の努力と時間が必要になると思いますわ」

「つまり、ニナが言いたいのは、ハンスは未熟者で勘違い男だから、私にプロポーズするための功績はなかなか上げられないから今のところは安心して、ってことね」

「解釈はアネット様のご自由ですわ」


うーん、これが貴族の令嬢に必要な真意を隠して上品に上手く伝える話し方かー。さすがニナだわ。まだまだ私も甘いわね。

うふふ、とニナは肯定も否定もせずに微笑む。クールビューティーの氷を溶かすような笑顔は、全ての疑問をなかったことにできるのだ。素晴らしい!真似する!

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