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三人の客人と一人の不審者?

久々の更新です。

バーデン伯爵別邸で変装中のアネットの話です。

潜入捜査はさすがに危険じゃないのでしょうか…私、密偵でもない、体術が趣味のただの貴族令嬢なのですが。


わかりやすく困惑した私を見て、落ち着かせるようにカノン様がゆっくりと言葉を続けた。


「ごめんなさい、言葉足らずでしたわね。アネットを侍女にするのは、一日数時間だけよ」


カノン様の提案の詳細はこうだった。

バーデン伯爵家別邸で数日前から侍女を数人募集していて、条件は身分のちゃんとした貴族の娘で家事経験があると尚良いという触れ込みだった。仮にも名門の伯爵家で給金も悪くなく、希望する家は多かったがなかなか決まらないらしい。それというのも、どうやらブルーメ家と繋がりがある家の娘を求めているようなのだ。

ルゥたちは、これらのことからバーデン伯爵別邸で秘密裏に進めている計画は、ブルーメ家も関わらせようとしているのではないかという結論に至った。


そこで白羽の矢が立ったのがルービンシュタイン男爵家である。

私の侍女ニナの叔母の嫁ぎ先である男爵家は、代々強固なバーデン伯爵派だ。しかし現在の当主は公平な考え方を持ち、あまり表沙汰にしていないが、私利私欲をバーデン伯爵家をよく思っていない。前バーデン伯爵の事件当時、代替わりしたばかりだった現在のルービンシュタイン男爵にもとばっちりで弊害は多くあったようだが、そのことを悪くいうこともなく粛々と仕事をこなしていた姿に評価は高いそう。

男爵の三女が私と同い年なので、侍女として潜入することとなった。名前はマリアといい、ニナの従姉妹にあたる。彼女は聡明で、実際に別の屋敷で侍女をしていた経験もある。

男爵とマリアにも全て話し、国のためならと承諾をもらい、暁の契約書を交わしたそうだ。男爵には病気で伏せているように頼んである。

マリアは仕事もできるし人柄もいいし、この件が終わったらうちで働いてほしいくらい。


とまぁ、こんなわけで、マリアが主に侍女としてバーデン伯爵別邸で働き、私が途中で交代して調査することになった。

マリアとは顔立ちと背丈は似ているので、密偵の七つ道具の一つである変装セットを使い、髪の色と髪型を変え、分厚い度なしの眼鏡をかけて、侍女の制服を着て出来上がり。


ルゥから特殊な魔法具も借りた。

この国で一番の魔力の使い手である巫女姫様特製で、様々な便利な機能があるという、見た目は小さな赤い宝石が一つついたかわいらしいブレスレット。

初めての魔法具を使う際に戸惑わないようにと、今回は限定した機能を付与されているそうだ。ブレスレットをつけている手でドアを開くと、行きたいところへ繋がるという。今回はブルーメ家にある自室と、バーデン伯爵別邸のマリアの部屋と、カノン様の薔薇の貴賓室の三ヵ所に絞った。また、何か緊急事態があっても、屋敷の中ならドアはどこにでもあるので、すぐに逃げられるという利点もあり。

もちろん悪用するつもりはないけど、なかなか怖い道具よね。どこでもドアで行けるって。巫女姫様はどのような発想でお作りになったのかしら。

ルゥが手首につけてくれるのを見ながら不思議に思った。


今回の計画は他言無用だが、ニナにだけは話してもいいと許可をもらっていた。私の側付きなので、隠し通すことはできないだろうし。想像通り、ニナには危険だからと止められ、代わりに自分がやると志願しだした。年下で仲の良いマリアのことも心配だったのだろう。でも、私の持つ魔力が必要だし、ブレスレットのことも説明して、何とか納得してもらった。


◇ ◆ ◇


全く、それにしても何でうちまで巻き込むのよ!お父様もマルティンもちゃんと働いているだけなのに。


心の中で文句を言いながらも、手はしっかり動いていて部屋はきれいになった。日頃から自分の部屋を掃除している成果かな。ニナに教わり一通りの家事を覚えておいたので、侍女として潜入しても不自然には見えないはず。


よし、これでいいかな。そろそろ時間ね。休憩前にマリアと交代して、何が起きたか報告して話を合わさないとね。


マリアとは念入りに打ち合わせをしたし、屋敷の見取り図で迷子にならないし、似顔絵の得意なマリアのおかげで誰が誰であるかもわかる。マリアの素顔はとてもかわいらしいのだが、万が一のこと考えて、地味に見えるように変装しているし。私もマリアと顔立ちは似ているので、同じような化粧を施しているのだ。そう、顔立ちは似ているの。

自分の胸元に詰まっているたくさんの詰め物を見下ろした。

…泣いてないもん。まだ成長期が来てないだけだもん。


少し悲しくなった気持ちで掃除道具を持って部屋を出ると、侍女仲間のサーシャさんが現れた。

濃いめの化粧をしているがマリアより2歳年下で、円らな茶色い瞳とそばかすが特徴の女の子だ。伯爵家との繋がりが欲しい裕福な商家の娘で、年が近いマリアと仲良くしたいのか、先に働いている先輩として頼ってほしいのか、何かと話しかけてくる。ボロを出さないように細心の注意を払わないと。


「マリアちゃん!探したわ。ダン様から三人分のお茶の用意を部屋まで持ってきてくれって、ご指名よ」

「はい、わかりました。サーシャさん、伝えてくださってありがとうございます」

「どういたしまして!マリアちゃんのお茶、本当に美味しいものね。ねえ、三人分ってことは、きっとベントス様もご一緒だと思わない?」

「そうですね。ベントス様といえば、先程サーシャさんが生けた廊下の花を褒めていらっしゃいましたよ。色彩が豊かで楽しいと」

「本当っ?!ベントス様が、私のことを…きゃあ!嬉しい!本当に素敵よね、ベントス様って。背は高いし、声は低くて甘いし、かっこよくて優しいし。マリアちゃんはどういう方が好み?あ、でもマリアちゃんには好きな人がいるものね」

「ええっ!!な、何のことですか?!好きな人、なんて、いませんよ?」


サーシャさんの突然の爆弾発言に、私は戸惑いを隠せない。

自慢にもならないが、18年間生きてきて初恋の人以来好きな人ができたことがないのだけど…。


「だって、昨日の昼過ぎに廊下ですれ違ったとき、左手のブレスレットを愛しそうに見つめていたじゃない。プレゼントなんでしょう?好きな人からの」

「そっ!それは、その…」

「うふふ!照れなくてもいいのに。あ、引き留めちゃってごめんなさいね。それじゃあお茶の用意よろしくね」


昨日サーシャさんとすれ違ったのは、マリアではなく私だった。あのときは、別邸へ行く直前にルゥがブレスレットをつけなおしてくれたんだっけ。無理をしないようにと、彼の灰色の瞳が力強く私を見つめたときのことを思い出していたのよね…。


上機嫌で立ち去る彼女の後ろ姿を茫然と見つめていた私だったが、頭をふって切り替えた。


…仕事仕事!余計なことは考えないっ!さあて、どんな話が聞けるかな!


左の手首にシャラリと触れるブレスレットを意識しないように、私は鼻息荒く廊下を歩き始めた。


◇ ◆ ◇


「失礼致します。お茶のご用意に参りました」

「ああ、頼む」


威厳のある声を聞いてからドアを開き、一礼してカップとポットが乗ったカートを部屋に運ぶ。

屋敷の中で最も豪華で広い客室のソファセットで、三人の男性が思い思いに寛いでいた。


一人がけのソファに深く腰かけるのは、部屋の主であるダンだ。口髭と顎髭が立派な恰幅の良い年配の男性で、口許を引き締めて鋭い眼光をたたえている。屋敷の使用人はもちろん、たまに訪れる現バーデン伯爵でさえ、その迫力にはタジタジだ。

マリアからダンの報告があったとき、ルゥが難しい顔をして考え込んだのが気になる。


三人がけのソファの隅で俯いているのがサミュエル。神殿の神官のようなローブを頭からかぶり、顔には目と口が細く開いた白いマスクをつけ、年齢どころか全て謎に包まれている。神官は水色のローブをはおっているが、サミュエルのものは黒地なので、夜に出会ったらマスクとあいまって悲鳴をあげてしまいそうだ。

内に凄まじい魔力を持っているのは初対面で気付いていたし、容姿を隠しているで、もしかして彼が宮廷魔術師ではないだろうか。これももちろんカノン様たちに報告済だ。


こちらに近付いて、私が開けたドアを優雅に閉めたのはベントス。先程サーシャさんが言った通り、女性が好みそうな貴族然とした美男子だ。赤い髪に一房白い毛束がある。甘い顔立ちに丁寧な物腰は、侍女仲間から絶大な指示を得ている。

ちなみに、できるだけベントスには近付かないでほしいと、ルゥから真剣な顔で頼まれた。男性に慣れていない私が手玉に取られてしまうと心配しているのだろうが、それじゃあ潜入捜査の意味がないんだけどなぁ。


ベントスは、ドアの近くで立ち止まっていた私をソファの近くまで然り気無くエスコートしてくれた。

うん、そこはありがたいし感心するんだけど、肩に置かれたその手をどけて。無闇にレディーに触れるんじゃない。


「ありがとうございます、ベントス様。熱湯が飛んでしまうかもしれませんので、少し離れて頂けませんでしょうか」

「ああ、これは失礼。マリアちゃんのお茶の入れ方を間近で見たくてね。他の誰よりも美味しいからさ」

「恐れ入ります」

「あれ、左手の、かわいいブレスレットだね。誰からかもらったの?」

「はい、誕生日に友人から贈られました」

「ふぅん、友人、ね。僕もプレゼントしたいから、君の誕生日教えてほしいな」

「もったいないお言葉でございます」


口説き文句を笑顔でかわしながら、私はある意味感心した。


よくもすらすらと甘い言葉が出るものね。軽いし、それにめざとい。制服の袖でほとんど隠れているのに、よく見つけたわね。危ない危ない。


私が心持ちゆっくりとお茶の準備をしている間、ダンとベントスが世間話をしていた。


「もう今年も終わりますねぇ。一年はあっという間です。それにしても、今回は年忘れの儀より、新年の儀は盛大なものになりそうですね」

「うむ、ヨハン殿下が成人となられるからな」

「バーデン伯爵家に世話になっている身としては、やはりうれしいものです。とても優秀なのですって?それに謙虚で周りの者からも慕われているとか。かたや兄君のほうは、派手な噂ばかり知られていますねぇ」

「全く、どう考えても資質があるのがどちらかというのはわかりきったことよ。陛下にも、重大な問題が起こる前にお考え直しをと再三提言しておるのに」


吐き捨てるようにダンが口を歪める。ベントスはそんな様子を面白そうに見つめていた。

紅茶を各人に運び、次の指示を待っていると、ダンが私に視線を向けた。


「お前は、ルービンシュタイン男爵の娘だったか?あと、従姉妹がブルーメ家で働いていると聞いたが」

「左様でございます。マリアと申します。従姉妹のニナは、ブルーメ家のお嬢様の側仕えをしております」

「へえ!それってアネット様でしょ?噂に聞いたことあるよ。初恋の人を忘れられないうぶな子だって。社交の場に出るのも恥ずかしくて、清楚で妖精のようにかわいいんだって?本当にそうなの?」

「申し訳ありません、私はお会いしたことがありませんので、何とも」


あー自分の噂を直接聞くことになるとは。何だろう、この辱しめ。それにしても、ベントスは興味津々だけど、どこの家の人なんだろう?私の噂を知っているってことは、貴族ではあるのよね?


困った顔を浮かべる私に、ダンが問いかける。


「この紅茶の入れ方は、誰かから習ったのか?」

「ニナの母である叔母から習いました。叔母はブルーメ公爵ゲオルグ様の奥方であるリモーネ様専属の侍女で、アネット様の乳母でもあります」

「ほう…。わかった、もう良い。下がれ」

「はい、失礼致しました」

「用があったらまた呼ぶね、マリアちゃん」


ダンは何事か考えているようで、眉間に皺を寄せていた。ベントスがひらひらと手を振る。サミュエルは紅茶のカップを持ち上げたところだ。どうやって飲むのかしら…。


静々と退出し、カートを転がしながら考える。


世間話や使用人に対する態度から、ダンは有力貴族っぽいわよね。国王陛下に近しい人物だけど、王太子殿下の真の姿は知らされていないことから、信用するに値しない何かがあるのかも。

うーん、やっぱりカノン様とルゥに任せよう。私が想像しても仕方ないことだし。


◇ ◆ ◇


カートを食堂に戻し、ディアナさんに休憩する旨を伝え、マリアの自室に向かう途中のことだった。


ガタガタッ、バタンッ!


激しい音と共に、一人の男が廊下へ転がりだしてきた。私は驚きのあまり悲鳴を上げるどころか固まってしまう。


この黒づくめの男は、たしか外仕事を主に行う下男だったはず。片目に眼帯を付け、茶髪の前髪を長く伸ばしているため表情はあまり見えず、細身ながら筋肉質な身体で黙々と重いものを運ぶ姿を見かけたことがあった。

男は私に気付かず、右手を握りしめて苦悶の表情で膝まずいている。男が飛び出してきた部屋を見て、更に驚いた。ここは、以前カノン様の庭園でとてつもない魔力を感じた部屋で、尚且つ立ち入りを禁止されている場所だったからだ。


何故こんなところから…ともかく怪我をしているようなので、声をかけた。


「あの、大丈夫ですか?」

「…あ、アネット様…!」

「!!どうしてその名前を…」

「私です…ルナ、です…」

「ええっ?!」


ルナって、カノン様の侍女の?声がとても低いわ!変装にしては、体格はどう見ても男性にしか見えないし。思考が追い付かないが、とにかくカノン様の部屋に戻らないと。


私は薔薇の貴賓室を思い浮かべながら、周りに人がいないことを確認してから近くの部屋のドアを左手で開けた。

「次回謎の人物の正体が明らかに…!」より、とりあえず正体を明かしてから次回に理由を明かすほうが親切かなぁ、と思ったのですが、どうでしょう(笑)

何故ルナがここにいるのか、次回と次々回に分けてわかります。

更新スピードもう少し上げますので、お付き合いのほどよろしくお願いします…!(切実)

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