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(閑話4)想い人は公爵令嬢

ルゥ視点です。

あなたは知らない。

数年前、俺達は一度出会っていることを。

少しだが言葉をかわしたことを。

あのときと格好が違うし、あなたは俺を少しも見なかったから気付かないのだろう。

だけど、俺はあなたに惹かれた。

可憐な容姿に似合わぬ強い光を宿す瞳。

淑やかな所作に潜む自分らしさを貫く意思。

噂通りの人物ではない。そんなやわな印象は全くない。

内から輝きを放つ強い女性だ。

たった数刻の間で何がわかるのかと、人は笑うだろうか。

それでも俺は自分の直感を信じる。

あのときから、俺はあなたに恋い焦がれている。

自分の立場はよくわかっている。それでも諦めたくない。

それほどまでにあなたは俺を魅了する。


それが、俺がアネット様に初めて会ったときの印象だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「私の力が王家のお役に立つのでしたら、いくらでもお使いください。私はブルーメ家の娘、王家を支える一族の者でございます」


アネット様は優雅な淑女の礼をして、微笑んだ。その瞳には決意の光が浮かんでいた。俺は静かに感動に震えていた。

俺の直感は、正しかったのだと。


アネット様とは数年前の社交の場で出会っていたが、さして交流はなかったし、その後はなかなか会う機会は訪れなかった。


だから、昔馴染みのカノン様からアネット様と仲良くなったことを聞かされたときには、本当に驚いたものだ。巷に流れるアネット様の噂を聞いて、あのブルーメ家の娘がそんな噂通りの人物ではないだろうと思い、試しに会ってみたそうだ。

バラの貴賓室でカノン様宛の手紙を渡し、いつもの報告がてらのお茶会をしながら、カノン様が柔らかく笑った。


「予想通り、あの子は普通の貴族の娘とは一味違ったわ。自分の意見を持っていて、それをしっかり伝えられる芯の強さを感じるのよね。アネットは私の言葉を受け止め、考え、自分の言葉で返してくれるの。そこには、媚びへつらったり、私に付随する恩恵を受けたいなんて気持ちは少しも感じられない。身内以外で初めてよ、そんな子は。可憐な容姿の中身は、率直で自立心に富んでいて、しっかり現実を見ていたわ。夜光草の件を抜きにしても、本当に親しくなれて良かった」

「それは素晴らしい出会いでしたね。アネット様は社交界にもあまり顔をお見せになりませんし、噂だけ一人歩きしているような状況でしたが、お話を伺う限り噂を気になさっていないのですね。実際のアネット様と話をしたら、すぐにその魅力の虜になってしまいそうです。次回お会いになるお約束はしていないのですか?」


カノン様によると、長年悩んでいた夜光草が光らなくなった件は、アネット様のおかげで解消されたとのこと。カノン様は心からの笑顔で彼女の話をしていた。マルク様が亡くなってから、傍目には元気そうに見えても、時折溜め息をついていたことは俺もこの屋敷の者たちも気付いていたから。俺もカノン様にはお世話になっているから、自分のことのように嬉しかった。年上の美しい姉のような存在であるカノン様には、幸せになってもらいたい。


それにしても、なかなか知り得なかったアネット様の話が聞けるときがくるなんて。仕事柄調べようと思えば調べられるが、本人の知らないところで情報を得るのは失礼ではないかとほとんど知らないままなのだ。

思わず嬉しさで口元が緩むのを隠すため片手で口を押さえながら尋ねると、カノン様はからかうような目線で俺を見た。


「まあ、ルゥったら。普段令嬢たちにさして興味を示さないくせに、アネットのこととなると話は別なのね」

「…何のことでしょう?」

「うふふ、何でもないわ。それにしても、最初に「見て」からたびたび「見て」みたけど、あれほど表情と感情が直結している子は初めてだわ。隠し事が何もないの。とても信頼できるけど、同時に申し訳なくなる。だって私には隠し事だらけなんですもの。この「見えて」しまう能力も、この屋敷が密偵の隠れ家になっていることも、ルゥのことも」


少し苦しそうに呟いたカノン様に、俺は首を振った。


「カノン様の能力は口外できませんし、何よりこの国にとってなくてはならないものです。ひとえにカノン様のお人柄が素晴らしいこともありますが、そこにその能力が加わって、いくつもの交渉が成立したことでしょう。それに、私のことやこの隠れ家の件も、密偵に関わることですから話せないのは仕方のないことです。アネット様もその事情はわかってくださるかと」

「そう、ね。ありがとう、少し気が楽になったわ。そうだ、ルゥにお願いがあるの。さっきアネットには隠し事はないと言ったけど、「見え」にくい部分があるのよね。多分特殊魔力だと思うけど、誰かが魔法で隠したみたい。それが何か調べてほしいの」

「はあ、調査の件はお引き受けしますが、何故?」

「あの子、昔ザーゲン前辺境伯の元にいた時期があるそうで、ミハイルと接点があるそうなの。もしかしたら、アネットは風魔法の術者じゃないかしら。そうじゃなきゃ、あんなにも厳重に隠すことはないと思うのよ」

「なるほど。承知しました」

「あら?あまり驚かないのね。風魔法の術者なんて珍しいのに。とにかく、ヨハン殿下の件もあることだし、本当にアネットがそうなら協力を仰ぎたいわね。ううん、でも…」


ヨハン殿下が結ぼうとした空の契約は、成人になってからではないと施行されないので、新年の儀までになんとかカトリーナ様とバーデン伯爵家の企みを潰さないと間に合わない。そのため潜入捜査に最適の風魔法は、今喉から手が出るほどほしい。カノン様もそれがわかっていても躊躇される理由が、俺にはすぐにわかった。なのでそっと言葉を続けた。


「せっかくご友人になれたのに、その間柄を壊したくないとお考えなのですね」

「その通りよ。あの子はブルーメ公爵家の娘だから、きっと王家に対する忠誠心は強いでしょう。協力も厭わないと思う。でも、いくら時間がないとはいえ、危険なことに関わらせるのはどうなのかしら。そして全てが終わったあとにアネットが私とまた普通に接してくれるのかしら…。ああ、ごめんなさいね。自分のことばかりで」

「大丈夫ですよ。アネット様は、変わりなくカノン様のご友人でいてくださいます。もし思うところがあったとしても、言葉にしてきちんと伝えてくださるかと」


目を伏せたカノン様に、俺ははっきり答えた。すると、カノン様はきれいな眉をひそめ、少し怒気を含んだ声を上げた。いつも笑みを絶やさず、滅多なことで感情を表に出さないカノン様にしては珍しいことだ。


「何なの、その自信はどこからくるのよ。私のほうが仲良くなってるんだからね。ルゥは一度しか会ったことがなくてしかも避けられたのに!」

「ぐっ…!それには触れないでください。そ、それはともかく、カノン様だってアネット様のことを信じていらっしゃるでしょう?」

「まあね。でも何だか悔しいわ。私よりアネットのことに詳しいのは自分だみたいな顔しちゃって。そうだ、いいこと教えてあげる。アネットから理想の男性像を教えてもらったんだけど」

「…」

「聞きたい?あのね、体を鍛えていて、仕事に真面目に取り組んでいて、男らしくて、いざというときに頼りになる、私の旦那様のマルク様みたいな方なんですって!うふふ!本当にアネットはかわいいわ!」

「…そうですか。それでは、今日はこれで失礼します」


気にしていないそぶりで、席を立った俺は丁寧に礼をしてからカノン様の部屋を後にした。抑えた笑い声が後ろから追いかけてきたが、何も聞こえないぞ。

廊下を歩きながら、俺は密かに決意した。

…体を鍛えて、仕事に真面目に取り組んで、男らしく、いざというときに頼りになる男になってやる!


カノン様はそれからアネット様と度々お茶会しているようで、どんどん仲良くなっているようだった。ただ、俺が自信を持ってアネット様のことを信じてくださいなんて言ったばかりに、カノン様の機嫌を損ねたようで、どんなことを話したか教えてくれない。残念だ。


それからしばらくして、アネット様を屋敷に泊まりがけで招待する話を聞かされた。ついにアネット様に協力を要請する決意を固めたようだった。俺も関係者としてアネット様に正式に紹介するとのことで、呼ばれていた。


当日は、正面からカノン様の屋敷へ入れないので、いつもの通り庭の隠し扉から入った。カノン様から夜に夜光草の観賞会をすると聞いていたので、夕方のこの時間ならいたとしても顔馴染みのこの屋敷の使用人たちだろうと安心し、これから会えるアネット様のことを考えて、少し気が緩んでいた。


だから、まさかアネット様本人がそこにいるなんて、思いもしなかった。


夜光草が夜の気配を察知して光だし、淡く輝く中に佇む小柄なドレス姿の女性が一人。

一つ一つは小さいが、辺り一面夜光草が咲き乱れているので、彼女が目を見開いて驚いている表情もわかった。その瞳は、俺が好きな強い光が見えた。

そのときの俺は完全に頭に血が上っていた。普段の俺なら、そのまま素早く庭の奥へ隠れ、改めて会ったときに非礼を詫びればそれで済むと思い付くのに、ずっとお会いしたかった方を目の前にして思わず声をかけてしまったのだ。

今ならわかる。いや、声をかけたあとにすぐわかった。どうみたって男子禁制のこの屋敷で俺は不審者。しかも、カノン様から正式にこのあと紹介される予定だったのに。暴走って恐いな。


カノン様の名前を出して安心させようと近づいたら、アネット様が後ずさりされた。そりゃそうだろう。しかし、どうにかなだめて一緒に屋敷へ戻らないと、いくら夜光草があるからといってもここ以外の場所では暗くて足元が危ない。

思案していると、アネット様は踵を返して走り出した。しかしすぐに躓き、夜光草の草むらに転がりそうになった。あの草むらはふかふかしているので、ケガをすることはまずないだろう。それでもすぐに助け起こそうと俺は駆け寄ったが、アネット様はそこで思いもよらぬ行動をとった。なんと身を翻してその横にあった噴水に飛び込んだのだ。

呆気にとられたが、俺はすぐに噴水の中からアネット様を抱き上げた。ドレスに水が吸い込んでいるが、それでもこの軽さといったら!しかし、いくら浅い噴水とはいえ、この時期の水はとても冷たい。アネット様は気を失っていた。恐る恐るアネット様の頬を触ると、少しだけ身動ぎしたので安心した。


「何故わざわざ自分から噴水に飛び込むんだ…えっ」


思った以上に間近で見たアネット様がかわいすぎて、驚きの声を上げてしまった。理性を保て。相手は気を失ってるんだぞ。

そして、呟きながらふと思い当たったのは、カノン様が夜光草を大切にしていることだった。もしかして、夜光草を台無しにしないために、あえて噴水に飛び込んだのか?マルク様との思い出の贈り物を咄嗟に避けたのだろうか?

もしそうなら、更に惚れ直す。いやちょっと落ち着こう、自分。早く屋敷へ連れていかないと。


「全く、あの「しゃしん」という紙に写ったお前よりも、アネット様のほうがずっとかわいいじゃないか、まりん?それにゆうりも、二人してあの「しゃしん」を褒め称え過ぎだろう。なんにせよ、あいつらにいい土産話ができたな」


悪友たちを思いだし、思わず独り言をもらしてしまった。庭を全速力で走り、屋敷へ駆け込んだ。


びしょ濡れで気を失っているアネット様を見たカノン様やルナたちが悲鳴を上げたり、俺が詰問されたりとバタバタしたが、着替えが済んだアネット様がベッドに運びこまれたと聞き、部屋へ向かった。

しばらくしてアネット様が目を覚ました。顔色は案外良くて内心ほっとした。明るいところで見るアネット様が眩しすぎて俺はドアの側から離れることができなかった。

カノン様が噴水に落ちたことを質問したので、つい口を挟むと、俺に気付いていなかったアネット様は訝しげな視線を向けてきた。それでもしっかり助けたお礼を口にするところに、育ちの良さを感じた。


カノン様に紹介された俺は、大胆な賭けに出た。扉の近くにいたが、アネット様がいるベッドの側に近づいたのだ。以前出会ったことがあるが、彼女は俺の顔を一度も見なかったし、気付かれることはないだろう。予想通り、アネット様はますます眉をひそめるだけで、何の反応もしなかった。俺の顔立ちは整っていると言われることがあるが、何とも思っていない様子だ。そのことに満足すら覚えて思わず笑みがこぼれた。

見目など気にしないのだな。中身で勝負してやる。今度こそ、アネット様の記憶に残ってやるのだ。

俺は決意を新たに告げる。内心の緊張を抑えて、できるだけ余裕があるように見せないと。


「アネット様、あなたは、風魔法の術者ですね?」

「どうしてそれを…あっ!」


俺は仕事柄色んなことを経験しているが、女性と接する仕事内容は他の者がやっていて、俺は身内以外の女性と話すこともないので、アネット様の心に俺の存在をどうやって残せばいいのかわからなかった。

だから、悪友たちに相談した。特にまりんは今巷で流行っている恋愛小説の作者だし、いい助言をくれるだろうと期待した。すると、気になる女性に衝撃のある言葉を一番最初に言うと印象に残ると、得意気に言う。あと、余裕がある態度を取ったほうが、女性は安心できると。


どんな言葉で話しかけようかと思っていたが、明るいところで見たアネット様に動揺して、繊細な話である特殊魔力をいきなりしてしまった。すぐに横にいるカノン様の怒気を含んだ声に戦くことになってしまった。あとでこっぴどく叱られるだろう。

全くまりんにゆうり、あいつら自分達だってさほど恋愛経験がないくせに、偉そうな助言しやがって。心の中で八つ当たりでもしないと気が収まらない。


そのあと、お疲れのアネット様の部屋から退出しようとしたら呼び止められ、動揺した俺にカノン様が「いくらかわいいからって狼にならないようにね」と耳元で囁かれて余計にあわてふためいた。

落ち着きを取り戻しながら話を聞いたら王太子殿下の話をされて、しかも王太子殿下に興味がないという。その言葉にこちらがどれだけ衝撃を受けたか、アネット様はわからないだろうな。とにかく王太子殿下の印象を上げなければと必死になったが伝わったかどうかは定かではない。

その後、入室してきたダイアナが慌てたり、アネット様にさらりと退出を促されたり、いつの間にかダイアナと二人、呆然と廊下に出ていた。

ダイアナがおずおずと話しかけてきた。


「あの、先程はお話し中に大変申し訳ございませんでした」

「…大丈夫だ。気にしないでくれ」

「それでは、私はこのお部屋の隣におりますので、アネット様にご用がおありのときにはお申し付けくださいませ」

「ああ、ありがとう。そうだ、一つ頼まれてくれないか?アネット様は夕食を召し上がっていない。夜中に空腹で目覚めてしまうかもしれないから、食べやすい果物でも差し入れてほしい」

「かしこまりました。そのように手配致します」

「それとダイアナ、俺はここではただのルゥだ。必要以上にかしこまらないでくれ。あと、差し入れの件は俺のことは伏せてほしい」

「承知しました。それでは」


ダイアナは一礼すると、台所へ向かった。早速果物の用意をするのだろう。

俺は月明かりが差し込む廊下を歩きながら、カノン様の部屋へ向かう。アネット様との話の報告と、先程の失言のお叱り、そして明日の打ち合わせのために。


途中、窓から夜空を見上げた。こうこうと月が照らす夜空は、黒一色というより深い藍色に染まっていた。

それはまるで、先程近くで見たアネット様の髪の色、そして大きな瞳の色だった。


アネット様は強い方だという印象は変わらない。しかし、夜光草を踏み潰すより、迷いなく噴水に飛び込んだように、自分の身を犠牲にすることに躊躇しないのではないか。

これからアネット様に王家を脅かす企みを壊滅するために協力を仰がなければならない。きっと、承諾してくれるだろう。あの強い光を持つ瞳をきらめかせながら。

それは危険を前にしても、光は弱まらないるだろう。それが一番心配だ。


俺はアネット様を必ず守る。誰からも傷つけさせない。

空の神よ、私が愛する者を守り通せるよう、見守りたまえ。


そして願わくば、全てに片が付いたあと、愛する者にこの想いを打ち明けられれば。

いろいろもがいていますね、彼。

余談ですが、ルゥの初恋の人はカノン様です。

でもルゥが初恋を自覚したときにはカノン様はマルク様と婚約していたので、早々に諦めてます。

その次に恋したのがアネット。

ルゥは強い女性、自立した女性にひかれるのでしょうね。

さて、次回は侍女になったアネットが活躍しますよ!

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