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密偵と密室と密談?

ルゥの態度は、ハンスともマルティンとも違うので、アネットは戸惑いを隠せません。

何なの、この人!特殊魔力に関することは繊細な話なのに、平然と!


表情を固くして平静を装っているが、内心では大騒ぎだった。

男性とほとんど交流を持ったことがないので、マルティンやハネスとも全然違う目の前の男に、動揺が隠せない。

そういえば、二人以外の年が近い男の人と話すなんて、本当に久しぶりかも。


いつの間にか部屋には私とカノン様と男しかいなくなっていた。防音の魔法がかけられたわけでもなく、近辺に人の気配はなさそうなので、人払いをしたようだ。


先程男をたしなめてくれたカノン様が、のんびり笑った。


「ルゥったら本当に楽しそうねぇ。久しぶりに見たわ、そんな表情。気になる女の子をからかっちゃう性質なのね、意外だわ」


ええー、カノン様ったら他人事だと思ってらっしゃる!私にとっては特殊魔力の話って大事なのに、密偵と関わりがある人にはたいして珍しくもないのかしら…。それに、この男の人のどこが楽しそうに見えるのさ!企んだ笑顔ほど怖いものはないわ。

気になる女の子うんぬんには考えが及ばず、私は思わず本音をもらした。


「ええっ、楽しそうですか?!この人、ええと、サルゥさん、でしたっけ?すっごく意地悪な顔してません?」

「まあ!うふふ、アネットにはそう見えるのね。呼び方はルゥでいいのよ。でも、そうね。ルゥ、アネットがかわいいのはわかるけど、そろそろいい加減にしないと、ねぇ?いきなり特殊魔力のことを口にするなんて、言語道断ですわよ?」


笑みは絶やさないが、どこか凄んで聞こえるカノン様の言葉に、ルゥがほんの少しだけギクリと表情を変えた。そして一息ついて、私に向かって丁寧に頭を下げた。


「…アネット様、不躾な発言、大変失礼致しました」

「…いえ。そういえば、先程助けて頂いたとき、あなたの洋服も濡れてしまいましたよね。申し訳ありません。風邪など引かなければ良いのですが」

「お気遣い感謝致します。私が暗がりから声をかけたのが悪かったのですから、気になさることはありませんよ。アネット様にケガがなくて本当に安心しました」


いくら意地悪そうに見えても、助けてくれた恩人であることを思い出した私は、体の心配をする。密偵は心身共に強いから、余計なお節介かもしれないけど。

ルゥは驚いたように少し目を大きくさせたが、すぐに目尻を下げて微笑んだ。本当に安堵しているのが伝わって、何故か恥ずかしくなった。彼の冷淡にみえた端正な顔立ちは、笑うと親しみやすい表情になったからだ。

…ほんの少しだけその笑顔に見惚れたのは内緒にしておこう。


つられて微笑んだ私を見て、何故かルゥは口元を片手で覆い顔を反らした。そしてこれまた何故かニヤニヤしているカノン様へと、紙の束を手渡した。


「本題に入る前にこちらをどうぞ。国王陛下、王太子殿下、ハルトマン男爵、その他の方からのお手紙です」

「ありがとう。陛下からの定期便ね。数週間に一度、陛下かイヴ王妃さまから近況報告などが届くのよ。お二人は私の両親代わりに、温かく見守ってくださっているの。イヴ王妃さまは体調を崩されてご実家で静養中だというけれど、心配ですわね。王太子殿下からは、年末のパーティーへの同行のお願い。ううん、無理ね。私はフェリックス様と参加するから。最愛の奥さまが亡くなられてから初めての公の場ですから、いつもお世話になっている御礼もあるし、お側にいてあげたいのよ。フェリックス様とアネットのお父上のゲオルグ様、そして私の父の三人はとても仲が良くて、親友としてお付き合いしていたんですってね」

「はい。一番年上のフェリックス様がお二人を引っ張っていたとか、アンドレアス様は知識が豊富でお話ししていてとても楽しかったとか、聞いております」

「そうなの!お父様は体が弱かったのですが、フェリックス様とゲオルグ様がいつも気にかけてくださって、本当に感謝しておりましたわ」


フェリックス様は現モント公爵、カノン様のお父上のアンドレアス様は現国王陛下の弟君である。

アンドレアス様は十年前にお亡くなりになったが、そのときの父の憔悴しきった顔は、幼い私の心に残っている。私もユーリと離ればなれになったときに悲しかったけど、大人になっても友人を失うことはこれほど辛いのだと目の当たりにしたからだ。

父の話や噂話で、アンドレアス様が不遇の扱いを受けていたことは知っていたが、父とフェリックス様は変わらずお付き合いしていたそうだ。

フェリックス様はアンドレアス様の最後の頼み、自分の娘であるカノン様をフェリックス様の養女とすることを二つ返事で引き受け、マルク様との婚礼も全て任せてくれと請け負った。マルク様亡き後、傷心のカノン様を慮って別邸での生活を勧めたのもフェリックス様だ。それは、とても恩に感じているだろうな。


カノン様の花がほころぶような笑顔を見て、私も嬉しくなった。

私の前でカノン様は次々に手紙の封を開けていく。そして思い出したように口を開いた。


「あ、現在のハルトマン男爵はマルク様の弟のハルク様でね、初対面からお互いマルク様を尊敬していることがわかって意気投合してから、今でも友人関係なの。手紙は、来年の春にお産まれになるお子の名付け親になってほしいとのお願いだわ。他のお手紙は渉外担当としての依頼が今でも来るのよね。表立っては引き受けてないんだけど、陛下のお願いなどで外交の場に参加することがあるから、それで依頼されてしまうのよ」

「な、なるほど」


カノン様は手紙を素早く読みながら、その内容を私に説明してくれた。カノン様は外交官としての才能に秀でていて、現在も保たれている国家間の条約などの締結にも一役かっているそうだ。

それにしても、さらりとおっしゃってるけど、手紙の内容を私に話しちゃっていいのかな。


内心汗だくの私をよそに、カノン様がルゥに王太子殿下の手紙だけ押し返す。


「ということで、これは王太子殿下に返しておいてちょうだい。お断りの返事も伝えてね。あ、ルゥは私専属の密偵と先程言ったけれど、本来は王太子殿下の関係者なの。王太子殿下も、私のことを姉のように慕ってくれて、いつも気にかけてくださるのよ」

「お待ち下さい、カノン様。殿下は大層お困りでして」

「何よ、フェリックス様のことはどうなってもいいというの。王太子殿下はたくさんのご令嬢とお知り合いですから、私のような未亡人にお声をかけなくてもよろしいのではなくて?」

「そんな意地悪なことをおっしゃらなくても、あれが全て仕事だとご存じでしょうに」


カノン様とルゥの軽口に、お二人の関係がただの主従関係よりも親しいことが伝わってくる。ルゥのほうもどことなく私と同じ環境で育ったような雰囲気を感じるため、もしかしたら貴族の子息なのかもしれない。幼馴染みとか?

もしかして、ルゥはカノン様のことが好きなのかしら。昔からの知り合いのようだし、カノン様は気取らない素敵なお人柄だし、うちの弟も一目惚れしたくらいお美しいし。でも、密偵としての立場があるからその思いを口にできない、とか。


勝手な想像だけで内心ルゥに同情していたら、いつの間にかその本人がベッドの側でひざまずいていた。

左にカノン様、右にルゥ、美形が揃い踏みで目の毒だ!


どこを見ればいいのかと思案していると、何故か焦った様子のルゥが早口で話し出した。


「アネット様も、王太子殿下は女好きで女に弱いとお思いでしょうか。あれは、王太子殿下の影武者なんですよ。諜報活動のため、多くの女性から情報を引き出しているのです。本来の王太子殿下は社交の場や女性たちとの付き合いをあまり好みません。友人との会話が何よりの癒しだそうです。ちなみに私はその影武者ではありませんから」

「ルゥは主に頭脳労働よね。影武者が女性たちから聞き出した情報を元に、国に害をなしそうな家を洗い出しているわ。王太子殿下の話も本当よ。婚約者も、たくさん令嬢がいるから選びきれないわけではなくて、仕事人間だから女性に縁がなくて決まらないだけなのよね。でももういい加減決めてないと二十歳になってしまうのに、気になる人くらいいないのかしら」

「はあ、そうですか。あのう、王太子殿下の影武者や本来のご性格など、国家機密級のお話を私にしてしまっても、よろしいのですか?」


数々の衝撃発言にもはや頭が回りきっていない私は、気の抜けた声で質問をした。もちろん他言するつもりはないけど、いやもう、驚きで心臓が痛いです。


カノン様は当たり前のように頷いた。


「アネットのことを信頼してますから。それに、これからお話しすることにも多少関係あることですので」


するとルゥがさっと椅子から立ち上がり


「カノン様、恐れながらそのお話は明日の朝にしませんか?アネット様もだいぶお疲れのようですし」

「それはそうね。ごめんなさいね、無理をさせてしまって」

「いいえ、とんでもありません。それに私、元気ですよ?毎日の体術の訓練で、体だけは丈夫ですもの」

「それでも気を失っていらしたのですから、今日はお休みになったほうがよろしいかと。ダイアナを呼んできましょう」

「では私もこれで。ああ、アネット、起き上がらないでそのままでいいのよ。しっかり休んでちょうだい」

「お心遣いありがとうございます。夜光草の観賞会も台無しにしてしまって、本当に申し訳ありませんでした」

「またいつでも見れますから、気になさらないで。ああ、もう一泊してもいいわね。ではまた明日」


カノン様、お優しい。その慈悲深い笑みにうっとりしてしまった。その上、私のことを信頼してくださってるなんて。明日どんな話があるのか全く見当もつかないけど、カノン様のお力になれることだったら、いくらでも頑張れる私!


うきうきした気分で部屋から出ていくカノン様とルゥを見送りながら、ふとあることを思い出した。

もしかしたら、ルゥなら知ってるからもしれない。今しか機会はないわ!


「あのっ!カノン様、お願いがあります!」

「あら、どうしたの?」

「あ、あの、ルゥ、に少しだけお聞きしたことがあるのですが、お時間を頂けないでしょうか…」


言いながら、大胆なことを口走ってしまったと後悔した。未婚の女性が男性と二人きりになりたいと言外に言っているようで、恥ずかしくなった。語尾が消えゆく。

しかし、カノン様はぱっと明るい顔をされ、ルゥを部屋へ押し戻した。


「ええ、もちろん!話が終わる頃にダイアナを寄越すわね」


部屋を出る間際、カノン様がルゥに何か囁いていたが、私にまでは聞こえなかった。ドアが閉まり、私の方を向いたルゥの顔が少しだけ赤くなっていたが、気付いていないふりをしよう。


ドアの側から離れず、固い表情のままルゥが口を開いた。


「どのようなご用件でしょう」

「ええと、申し訳ありません。手短に済ませますので」

「その前にアネット様、私に敬語は必要ありませんよ。普段の口調でお話しください」

「そう、ですか?では、ルゥに聞きたいことがあるの」

「は、はい」


ルゥの言うとおり敬語をやめてみたら、何故かルゥはまた口元を片手で覆った。

この人、よくわからないなぁ。最初は女ったらしみたいに見えたけど、今は女性に慣れていないようにもみえる。密偵の仕事は幅広いというから、どちらが本当の姿かわからない。

もう突っ込んでいるのも時間の無駄なので、口元を覆うのはハンスの前髪と同じただの癖だということにして、単刀直入に聞いてみよう。


「先程の話だと、ルゥは王太子殿下からとても信頼されて、お側にいるように思えたのだけど」

「そう、ですね」

「あのね、以前から王太子殿下は私と会いたいというようなことをおっしゃっているのね。直接な申し込みでもないし、私の父に雑談程度に話しているくらいなんだけど、何故会いたいのかしら?何か知ってる?」

「何故、会いたいか…」

「ええ。最初は、常に女性に囲まれている姿をお見かけしていたから、巷に流れている私の噂話を聞いて失礼ながら好奇心で興味を持たれたのかと思っていたのだけど、あれは影武者のお仕事であって、本来の王太子殿下じゃないって言うじゃない。私の父と仕事をしているのは、さすがに本物の王太子殿下だと思うから、何故なんだろうって。何度お断りしても、時間を置いて父を介して打診されるのよね。あ、この話は王太子殿下ご本人にお伝えしても構わないわ。そうしたら、もう私に会いたいなんておっしゃらないかもしれないし」


さっぱりとした私の言葉に、考え込んでいたルゥが私の元へ駆け寄り、またひざまずいた。その表情はどこか辛そうだった。


「アネット様は、王太子殿下のことをお嫌いなのですか?そこまで拒まれる理由は、他に想う方がいらっしゃるからなのですか?」

「え?そんな方はいないし、王太子殿下のことは、国王陛下が次期国王とお認めになられた方なので、きっとこの国をより良くしてくださることを信じているけれど、個人として好きも嫌いもないわ」

「きょ、興味なしですか…」

「だって、よく知らないもの。今まで拝見したお姿は影武者だし、女性に不自由していない方と偏見があったし。ルゥだって、よく知らない人のことをどう思ってるか聞かれたら困るでしょ?例えば私のこととか」


この様子だと、ルゥも理由はわからないのかぁ。でも、さっきもそうだったけど、王太子殿下のことを思って必死になっているということは伝わった。

そろそろ話を切り上げようと、顔を伏せて悩んでいる様子のルゥに声をかけようとしたとき、突然ルゥが身を乗り出した。


「アネット様!密偵として理由は申せませんが、王太子殿下は決して好奇心や軽いお気持ちであなたにお会いしたいと願ったわけではありません!それだけは信じて頂きたいのです!そして、私はアネット様のことを…!」

「失礼致します。ダイアナでございます」

「どうぞ」


扉を叩く音と、遠慮がちなダイアナの声が外から聞こえたので、返事をした。

ダイアナは部屋に入ると驚いた顔をして、慌てて廊下へ戻ろうとした。


「た、大変失礼致しました!あの、また参りますので…!」

「もう話は終わるから大丈夫よ。それより、どうしてダイアナはそんなに赤い顔で焦っているの?ねぇ、ルゥ…」


そこでふと今の状況に気付いた。

ベッドに伏す私と、その側でひざまずき私に懇願するかのように寄り添うルゥ。

あれっ、何か勘違いされてる?しかも、ルゥ、固まってる?


「ルゥ!ちょっと、聞いてる?しっかりして!ああ、ダイアナ、違うのよ。話しているうちにこうなっただけだから、何もないから。さあ、私、眠ります!ダイアナ、来てくれてありがたいのだけど、今日はこのまま休ませてもらえるかしら?ついでに、ルゥも連れていってくれると助かるのだけど」

「は、はい!かしこまりました!ごゆっくりお休みくださいませ」


私が早口でまくしたてると、ダイアナはすぐにルゥを立ち上がらせて部屋から連れ出してくれた。その間、ルゥは一言も発することのないままだった。


二人が出ていくと、部屋は一気に静かになった。

私は今になって恥ずかしくなり、ベッドに潜り込んだ。


あ、あんなに近くに男の人の顔があるなんて、身内以外では初めての経験だわ…!しかも、とても整った顔立ちで、まつげが長くて、きれいなダークグレーの瞳が潤んでいて、薄めの唇から聞き心地のよい低音の声が、微かに薫るさわやかな香水…!うわぁ!何これ顔が熱い!


頭を振って記憶から消そうとしたが、頭がクラクラするだけで消えることはなかった。今日一日に起きたことがたくさんありすぎて、私の頭は限界だった。


…寝よう。また明日何が起きてもいいように、とにかく寝よう。


こうして激動の一日が終わろうとしていた。

本当はもうひとつルゥに聞きたかった、噴水から助けてくれた彼が呟いた「マリン」という言葉のことは、このとき私の記憶からすっかり抜けていた。

ようやくアネットの怒濤の一日が終わりました。

まあ、これからもっといろんなことが始まるのですけどね…!

次回はカノン様から重大なお願いの話です。

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