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風の噂は、良い知らせ?

またアネットに噂がつきまといます。

本人を知らない人が多いと、噂も増えるのでしょうかね。

カノン様とのお茶会は、その後もだいたい十日に一回の割合で開かれた。話は多岐に渡り、とても楽しく過ごさせてもらっている。「漆黒の騎士と純白の令嬢」の小説の話をしたら興味を示されたので、いつも良くしてくださるお礼に贈ったら、とても喜ばれた。次回までに読んで、感想をお伝えしたいとおっしゃっていた。


父はカノン様に気に入られた私をすごく誉めてくれた。特に何をしたわけじゃないし、取り入るために仲良くなったわけでもないから、あまり嬉しくない。


セバスとニナは、交遊関係の狭い私を心配していたようなので、表に出さないが喜んでいるようだ。


初恋が実らなかったマルティンはというと、しばらくは悲嘆にくれる表情をして仕事に行っていたが、ハンスに励まされたらしく、徐々に元気になってきたみたい。私も励ましたのに、ハンスの助言の方が効いたようで少し気にくわない。でも、新しい恋でも見つけて幸せになってほしいと心から願う。




そして、久しぶりに我が家でロバ耳会が開かれた。

玄関にてアプフェルとザーラを笑顔で迎え、私の部屋に通した。カノン様にお土産で頂いたバラのお茶を二人にも飲んで欲しくて、ルナから習った通りにお茶を淹れる。

余談だが、ルナからお願いだから呼び捨てにしてほしいと懇願されてしまった。ルナは何となく「さん」付けしたくなる人なんだよね。ま、本人が拒むなら仕方ない。


ああ、いい香り!二人も気に入ってくれるといいな。

お茶を注ぎながら、匂い立つようなバラの香りに思わずうっとりする。

二人にカップを差し出すと、何故か口をつけずにアプフェルもザーラもそわそわしている。不思議に見ていると、少し怒ったような表情でアプフェルが話を切り出した。


「アネット、正直に話してくれる?」

「ん?なあに?」

「あなたと王太子殿下が婚約するって本当?」

「…えっ…ええっ?私が、婚約?王太子殿下と?何それ初めて聞いたんだけど。えっ、そうなの?」


初耳ですけど!よりにもよって王太子殿下との噂?!


あまりにも突然のことに、支離滅裂なことを言っている自覚はあるが、ただただ困惑するばかりだった。

そんな私を見て、アプフェルは口を尖らせた。


「私が質問したことに、質問で返さないでよ。その様子だとただの噂かぁ、あぁ良かった。アネットは何だかんだで貴族としての矜持が強いから、あれだけ嫌がっていた王太子殿下とも周りから固められて婚約しちゃったのかなって。それに、私たちに一言も告げずに王族入りしちゃうのかと思って、水臭いじゃないって文句を言おうと思ってたのよ」

「私もアプフェルお姉さまからお聞きして、本当に驚きましたわ。気の進まないアネットお姉さまがもし強要されていたらどうしようかと」

「アプフェル、ザーラ、心配してくれたのね。ありがとう。お父様から何も言われていないから、噂の域でしかないと思うわ」


私って友達少ないけど、というかこの二人くらいだけど、本当に幸せだなぁ。カノン様も、私のことを友人と認めてくださってるけど、なかなか私から友人扱いをするのはまだ憚られるし。

それにしても、王太子殿下と婚約なんて、誰がでっちあげたのよ!個人的にお誘いがあることは、公爵家の人間以外は知らないはずなのに。公爵家のうちの使用人たちが漏らしたとは考えにくいから、城での王太子殿下と父の会話が誰かに聞かれてしまったとか?全く何やってんのよ!


私が内心で幸せを噛み締めたり、憤りを感じていると、アプフェルが再び尋ねてきた。


「それじゃあこの噂は?カノン様と親しくお付き合いするようになったって、聞いたけど」

「ああ、それは本当よ。先日カノン様からお茶会のお誘いが届いて、お屋敷に伺ったの。まったく、それももうみんな知っているの?どこから情報が漏れるんだかわからないわね」

「まあ!カノン様とお知り合いだったのですか!」

「違うのよザーラ。面識はほぼなかったのだけど、巷で流れる噂の令嬢である私と話してみたかったのですって。まあ、私もカノン様とお会いしてみたかったから、お互い好奇心旺盛ってわけね。色んな話をして、とても親しくさせていただいたのよ。今日のこのお茶もね、カノン様のお屋敷の庭に咲くバラから作ったもので、お土産に頂いたの」


少し冷めて飲みやすくなったバラのお茶をアプフェルとザーラが飲み始め、驚いた顔をする。


「あら、とっても美味しいわ!」

「本当ですね!香りも華やかで、バラの花束を抱えているみたいです」

「喜んでもらえて良かった。また五日後にカノン様とお会いする予定だから、仲良くしている二人のことを話してもいいかしら?」

「ええ、もちろんです。アネットお姉さまはすごいですわ!夜会などにもほとんど参加されず、お茶会を開くことも滅多にないカノン様とお近づきになれるなんて。ねえ、アプフェルお姉さま?」

「…ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたものだから」


アプフェルが形の良い眉毛をひそめる仕草に、アネットは不安を感じた。


「どうしたの?」

「ん。王太子殿下との噂話って、カノン様のお茶会が関係あるんじゃないかなって考えてたの。カノン様と関係を繋ぎたい人なんて、それこそ星の数ほどいるでしょう?あの美貌と教養、王弟殿下の娘という肩書き。現在は臣下になられて、ほとんど隠居同然のお暮らしだけど、今でもカノン様の動向に目を光らせているものは少なくないわ。普段人の出入りも少ないお屋敷から、モント公爵家の家紋付きの馬車で出入りすれば、すぐに話題になりそうだし。しかもそれがアネットみたいな貴族の中でも上位の家柄で宰相の娘だったら、何故なのかって疑問に思うでしょ。カノン様は王太子殿下と仲が良いらしいし、年の近いアネットと王太子殿下をくっつけようとしている、なんて穿った見方をする人がいたとしても不思議じゃないんじゃない?」

「えぇー、そんなこと考えるかなぁ」

「なんて陰謀の香りがするのでしょう…!それに、リンカ・マシワギ先生の新作の予告みたいですわ!したたかな王子さまと好奇心旺盛な令嬢が親の意向で婚約させられて、令嬢が何とか回避しようと奮闘する中で、変装中の王子さまと出会って惹かれていく恋物語…」

「あぁ!それ面白そうよね!私も気になっていたのよ」


いつの間にか、また小説の話になっていた。さっきまで少し不穏な話をしていたのに。肩透かしをくらった私は、お茶菓子のケーキを頬張る。王太子殿下から個人的なお誘いがあるから、婚約も不思議じゃないといえばそうだが、このことを知らないアプフェルとザーラには話せなかった。


―――――――――――――――――――――――――――


四回目のカノン様のお茶会は、お泊まり会となった。


夜光草を大々的に植え替えて、見事に光を取り戻したという、カノン様から喜びのお手紙を頂いたのだ。せっかくだから、泊まって夜に観賞しようという流れになった。


初めての外泊、しかもお供は連れずに一人きり!


ルナを始め、他の使用人さんたちとはすでに顔見知りになっていたので、不安はあまりない。カノン様がお一人で住んでいるので、お屋敷の使用人は合わせて七人だけだそうだ。全員女性で仕事が完璧な上、護衛術と魔法を使えるので、少数精鋭の最強使用人軍団といえよう。彼女たちの話もぜひ聞いてみたい。楽しみがまた増えた!

あぁ、ニナが心配のあまり、あれもこれもとお泊まり準備を張り切って荷物が多くなってしまったことが、一番の不安かもしれない。


セバスの指示の元、力自慢の庭師や護衛の騎士の手で、黒毛馬の馬車にたくさんの荷物が積まれた。貴族の令嬢が一泊するだけで結構な量なのに、それ以上の荷物になってしまった。今日は馬車二台で出掛ける。昼食もカノン様とご一緒することになっていた。


「アネット様、お荷物は全て馬車に積み込みました。ご出発はいつでも大丈夫でございます」

「ありがとう、セバス。他のみんなもご苦労様。仕事の手を止めさせて申し訳ないわ」

「アネット様、どうかお気をつけて。もしも何か火急の用がありましたら、カノン様を通じてすぐにブルーメ公爵家へご連絡下さいね。本日は私が宿直当番で寝ずにおりますから、すぐさま駆けつけますので」

「ありがとう、ニナ。そんなことにならないと思うけど、心強いわ。では行って参ります」


白馬の馬車に乗り込みながら、セバスとニナ、見送りに出てくれた使用人たちに笑顔で手を振った。




「ご機嫌よう、アネット!よく来てくださったわ。ルナ、ダイアナ、荷物を客室へ運んで。今日はダイアナがあなたの側に付くので、何でも言いつけてちょうだいね」

「ご機嫌麗しゅう、カノン様。二日間お世話になりますが、どうぞよろしくお願い致します。こちら、我が家の料理人が作った栗のタルトです。ルナたちの分もありますので、よろしかったらお召し上がりください」

「まあ、家の者にまで配慮してくださって嬉しいわ。ありがとう。さあ、自分の家だと思って楽にして。早速お昼ごはんにしましょう。うちの料理長は元々城で働いていたの。味は保証付きよ」

「わあ!いつも美味しいお菓子を頂いていたので、お料理も楽しみです」


カノン様の後に続きながら、私の大量荷物を運ぶルナたちが心配で、チラリと後ろを振り返った。ルナはダイアナに指示しながら、一番大きい荷物を二つ、両手に運んでいた。その足取りは、重さを感じさせないしっかりとしたものだった。ダイアナも同じく。

見た目以上に二人とも力持ちだなぁ。それにしても本当に申し訳ないわ。




昼食はサンドイッチだった。多種多様な具材やパンを自分で選んで組み合わせるのは初めてで、とても新鮮で楽しく、味も絶品だった。我が家でもぜひやってみたい!

小説の感想を語りながら和やかに昼食を終え、食後のお茶と手土産に持ってきた栗のタルトを食べる。カノン様が使用人さんたちを呼んでくれて、みんなでテーブルを囲んだ。使用人さんたちは恐縮していたが、普段の食事はカノン様と使用人さんたちは一緒に召し上がっているそうだ。

楽しそうでいいなぁ!


「夕食は、ぜひ私もみなさんと一緒に頂きたいですわ」

「ふふ、そう言ってくださると思ったわ。ルナや他の者は、お客様が来るときは席を外すのよ。まあそれが貴族のしきたりとしては正しいのだけど。でも、私は一人の食事が味気なくて好きではないの。旦那様が亡くなってからは、特にね」

「カノン様…」

「まあ、なんて美味しいタルトなの!アネットの家の料理人も素晴らしいわね。キーラ、今度あなたのタルトも食べてみたいわ」

「承知しました。こんな美味しいタルトが作れるよう、試行錯誤してみます」


カノン様専属の料理長のキーラが真顔で頷いた。の髪は肩の上で短く切り揃えられ、白いコックコートに映える。垂れ目の茶色の瞳を輝かせ、タルトを一口一口噛みしめるように味わっていた。

タルトは二つホールで用意した。カノン様とその使用人たちと私を含めて九人だが、多分この屋敷には密偵が付いている。まあ、カノン様の身分からしたらおかしくない話だけど。一応その人たちの分も含めて、手土産を用意したのだ。


カノン様が嬉しそうにキーラの様子を見ていたが、私の皿が空になったことに気付き、口を開いた。


「この後の予定だけど、まだ陽も高いのでひとまず自由時間ね。お部屋でくつろいでも、ダイアナを連れて屋敷の中を見ても構わないわ。小さいけど図書室もあるし。ただ、二階の西の一番の奥の部屋には立ち入らないで。理由は話せないのだけど、約束してもらえるかしら?」

「わかりました。決して入りません、お約束します」

「ありがとう。私は鑑賞会のために準備をするので、また午後のお茶の時間に会いましょう。あぁ、出来れば庭もまだ入ってほしくないわね。夜光草の植え替えの関係で、元々あった花の配置を変えたからその説明をしたいし」

「はい、楽しみにしていますね」


食堂を辞した後、私の部屋である客室へダイアナに案内してもらった。十六歳のダイアナは、癖っ毛の赤髪を一つにまとめた、真ん丸の薄紫色の瞳とそばかすがかわいい女の子だ。


「お食事はお気に召して頂けましたでしょうか?」

「ええ、もちろん!味は美味しいし、選ぶサンドイッチという発想も斬新で、さすがカノン様がお認めになった料理人ね。はしたないけれど、今から午後のお茶菓子が楽しみなのよ」

「甘いものがお好きなお客様はとても久しぶりなので、キーラが腕によりをかけて作っておりますよ。さあ、こちらのお部屋でございます。中を案内致しますね。ちなみに私はアネット様のお部屋の隣におりますので、ご用の際はお部屋の中にあるブザーでいつでもお声がけくださいませね」

「わかったわ、ダイアナ」


ダイアナが開けてくれた扉をくぐると、正面に大きな出窓が設えてあった。良い天気なので、茶色の窓枠がまるで青空を切り取った額縁のように見え、気持ちが良かった。部屋には大きなベッドとソファーセット、簡単な書き物机、ドレッサーがあり、どれも高価な物であることは一目瞭然だ。それでも、カーテンやベッドカバー、クッションやタオルなどには、同じ花の刺繍が施されており、白で統一された家具の中で、その素朴さが部屋に暖かみを与えてくれる。


「素敵なお部屋ね。さしずめここはガーベラの間かしら」


私は書き物机に飾られている、本物のガーベラの花にそっと触れる。ダイアナは満面の笑みを浮かべていた。


「その通りでございます。各部屋には花のモチーフを飾っており、食堂はヒマワリの間、玄関はかすみ草の間、カノン様の自室はバラの貴賓室とも呼ばれております。ここだけのお話ですが、乾いた洗濯物をどの部屋に戻せばいいかわかりやすくて、とてもありがたいのですよ」

「ふふ、そうね、迷わなくて済むわよね。このガーベラは私の好きな花なの。以前カノン様にお話ししたことがあったけれど、覚えていてくださったのね」

「左様でございます。それではこちらの扉が湯殿でして、その隣がドレスルーム。お持ちになられた衣装やお荷物は全てこちらにご用意されております」

「ありがとう。それでは、まず少し休ませてもらってから、玄関ポーチの花壇を見たいわ。馬車からでは夜光草のあとに植えられた野草がくわしく見れなかったの」

「かしこまりました」


ダイアナが部屋から出た後、少しお行儀が悪いけどベッドに勢いよく飛び込んだ。

ふわぁ、思った通りの柔らかさだわ!それに生地の手触りの良さったら!このままぐっすり寝てしまいたい…。


うとうとしたその時だった。

突然、全身に悪寒が走ったのは。


何なの、この凄まじい魔力。しかも、とても禍々しい。

思わずガバリと身を起こした。先程の一瞬だけでその魔力はもう何も感じないが、まだ身震いが止まらない。方角的に東側から感じたが、どなたのお屋敷だったっけ。


幼い頃修行をしたおかげで、風魔法を使わなくても風の流れで何が起きているか、大体わかるようになった。しかし、そこに魔力が関わらないと何も反応しないのが弱点だ。以前、うちの庭にハンスが入り込んだときも、ハンスが魔力なしなので、全然気づかなかったのはそういうことである。このお屋敷に密偵が控えているのがわかったのも。

風魔法を使えば魔力の有無に関わらずすぐに状況がわかるが、どこから密偵が見ているとも限らないので、極力私は魔法を使わない。今さらゾンネルン一族や密偵にスカウトされても困るしね。


それはともかく、さっきの凄まじい魔力だ。おかげですっかり目が覚めてしまった。

私の他に気付いた者がいたかわからないが、東側のお屋敷がどなたのものなのかも含めて、ダイアナに探りを入れてみるか。


今度はソファーに座り直し、ダイアナへ不自然にならない質問を考えることにした。

やっと、やっと不穏な空気になってきました…!(笑)

次回こそ、主要登場人物が意外な形で現れます!

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