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女子大生の場合

これにて番外編終了です。

本編も引き続き楽しんでいただければと思います。


読んでいただいて、ありがとうございました。

 先日、ルイが幼児化を果たした。


 これで、旅の一行の男性は皆子供になったわけである。


 つまり、残る一人は仲間達の中の唯一の女性―――マツリだけ。


 皆それを見越してか、朝起きるとすぐにマツリの状態を確認していた。そして、その確認は確かに必要なものであった。


「・・・・・こうなることはわかっていたが」

 バーントが、目の前の幼児を眺めつつ一人頷いていた。


「オレが二歳児に戻った時点で、この確率の方が高かったからな」

 カインがバーントに答える。


「ですが、これはある意味一番難しい課題かと」

 コウヤも彼らに続く。


 そんな三人の目の前にいるのは、サンジュに抱き上げられた、まだ一歳ほどの幼い幼児。


「あーう」


 マツリである。


 しかし、まだ一歳ということもあってか、言葉を喋る事ができないでいる。本人は何かを言っているつもりなのだろうが、周りからすればまったく検討がつかない。

 それについて、バーント達は頭を捻らせていたのだ。しかしその中でまったくそんな事を気にしていない人物達がいる。


「お姉ちゃん、すっごくかわいい!!」

 二―ルは瞳をキラキラとさせながらマツリを見つめていた。


「本当に小さくなったね」

 ルイも、彼にしては非常にめずらしい裏表の無い顔でにこにこ笑っていた。


「だろう」

 サンジュに至っては、かねがねマツリを自分の娘のように思っていたこともあってか、周りが気持ち悪いと思うほどに笑み崩れていた。


 セピアも、何がそんなに照れくさいのか、体を丸くさせていた。


「「「・・・・・・」」」


 ―――もう、考えても仕方がない。


 一応冷静に状況を分析していたバーント達三人はこれ以上考える事をやめてしまった。

 どちらにしろ、明日には元に戻るのだし、体は小さくても相手は十九歳なのだ。どうにかなるだろう。


「うー(恥かしいんだけど・・)」


 マツリは一生懸命言葉を話しているつもりなのだが、自分の口から零れるのは意味のわからないものばかりだ。しかも、母音だけの。


「あー(サンジュ父さん)」

「どうした、マツリ?」


 自分を抱えているサンジュの腕の中で彼を見上げて、その厳つい顔を少し恐ろしく感じた。


「いーう(怖いよ、その顔)」

「なんだい?」


 隣から覗き込んでくるルイはいつも以上に眩しく見える。


「えぅ(ま、眩しい)」

「マツリさん、どうかされました?」


 ルイの顔を直視しないようにその小さな紅葉ほどの両手で顔を隠した彼女を見て、コウヤが近づいてきた。

 他の者達はその愛らしすぎる行動に胸を射抜かれている。もちろん、これにはバーントやカインも例外ではない。


「おー。いぅ(コウヤさん、助けて!)」


 自分を変な目線で見つめてくる男達に怯えてか、マツリは必死に近寄ってきたコウヤに手を伸ばした。彼しか、今一番安心出来る人間は居ないと思ったのだ。

 自分に手を伸ばしてくるマツリをしばらく見つめていたコウヤは、彼女がサンジュの腕から落ちそうになった時、ようやくその腕にマツリを抱きとめた。


 そんな彼女の行動に、サンジュなぜかひどく悲しくなった。ルイも同じだ。


「あぃ、うぉ(助かった。ありがとう)」


 ほっとした息を零した後、マツリは小さくお辞儀をした。


「!?」


 そこでもまた、男達の心臓が止まった。

 マツリは完全に無意識の行動なのだが、コウヤを除く皆は、マツリの動き一つ一つに一喜一憂している節がある。

 そんな彼らを横目に、コウヤはマツリを見下ろす。


「マツリさん、食事にしましょうか」


 サンジュ達がマツリに骨抜きにされている間に、彼はすでに朝食の準備を済ませていたのだ。


「あい(うん)」


 頷いて返事を返せば、器用に片手でマツリを抱きなおしたコウヤがこれまた手馴れた動作で粥を容器によそった。


「二―ルも、食事にしましょう」

「はーい!」


 そこでようやく、皆揃って朝食にありつくことができた。

 マツリはコウヤに差し出されるスプーンから粥を食べる。

 この際、彼が無表情なことも関係ない。必要なのは、どれだけ冷静であるかということなのだ。サンジュ達のようにあきらかに目尻を下げていると、逆にマツリの方が困惑してしまう。


 そこでマツリは、ようやく何故カインが他の誰でもなくコウヤを頼ったのか納得した。

 もしかしたら、自分が動物に変わってしまっても、彼は今のように冷静に応対してくれるかもしれない。

 感慨に耽りながら素直にコウヤの差し出すスプーンに吸い付いていたマツリだったが、周りからすれば嬉しそうに食事を摂っているようにしか見えなかった。


 それが少し寂しく感じるのは、仕様の無いことだろう。


 それからしばらくして、やはり体の変化のせいだろうか。お腹が満たされたと感じた途端、眠気が襲ってきた。そして今のマツリにそれに抗う術などなく。

 彼女はほどなくして深い眠りについた。


 

「・・・・ぅ」


 唐突に、マツリは眠りの縁から生還した。

 どうやら、ソファーの上に眠っていたらしい。

 向かい合わせのソファーには、サンジュがいる。だが、彼も疲れているのだろう。深い眠りについているようだった。

 その隣には二―ルもいて、彼もまた眠っていた。


「・・・・」


 しばらくそんな彼らを見つめていたマツリだが、なんとなく動きたくなった。

 そろりそろりとソファーから降りようと、短い足と手を動かしてみる。すると、毛布の方が彼女より重いためか、マツリの動きの反動で、毛布がソファーから落ちてしまった。

 そんな毛布に包まっていたマツリもまた、共に下へと落っこちる。


 その際、小さくはない音が移動車の中に響くが、それでもサンジュと二―ルは起きなかった。

 ハイハイをしながら扉まで辿り着いたものの、扉が閉まっているためそれ以上は進めない。


「うー(外、出たいなぁ)」


 少し考え込んでいれば、突然扉から日が差し込んできた。

 驚いて見つめていれば、セピアの姿が見えた。


「あーい(セピア)」


 しばらく見詰め合う。

 サンジュの顔は少し怖かったはずなのに、何故かセピアは近くに居ても怖くない。その口からは鋭い牙が見え隠れしていて、しかも目がギラギラを光っているのにも関わらずだ。


「うー。おー(外、行きたい)」


 果たして彼女の言葉が通じたのだろうか、セピアが黙ってその背をマツリの方に向けてきた。乗れ、ということなのだろう。


 本当の所はわからなかったが、自分の良いように勝手に解釈して、マツリはセピアの背によじ登った。

 おぼつかない足取りではあるが、一応一人でも立てることは立てるのだ。

 マツリを背に乗せたセピアは、静かに移動車から下りた。

 朝食を食べた所には、移動車の中に居なかった四人が居た。しかし、連日の疲れもあったのだろう。皆揃いも揃って熟睡中で、誰もマツリとセピアには気づかない。

 これ幸いというように、マツリはセピアの背に乗ったままのんびりと散歩に向かった。


「ぉー(気持ちいい!)」


 体が小さいせいで、いつもは小さいセピアも、大きく感じる。

 しばらく歩いた所で、水辺に出た。


「あぃ、うー(降ろして、遊ぼ)」


 初めての経験だ。できるだけ色々な事をしたい。

 セピアの毛を掴んで意思の相通を測ってみれば、セピアは素直にその場に座り込んだ。


「うー(実際、言葉、伝わってるんじゃないのかなぁ)」


 セピアに見守られつつ彼の背から降りたマツリは、そう遠くはない所で、石を積み上げて遊び始めた。

 小さいはずの石も、今は積み木並に大きくなっている。

 つい遊びに夢中になっていた彼女は、セピアがいきなり立ち上がって牙を剥きだした時、本当に驚いた。が、その先に居る人物を見つけた瞬間、安堵する。


「うーぁ!(リディアス!)」


 黒馬を引きながら歩いていたリディアスは、いきなり牙を剥いて威嚇してきた狼と、その後ろでなんだか嬉しそうに自分を見つめる幼児をみて、思わず棒立ちになってしまった。

 動きを止めてしまったリディアスを見つつ、威嚇を止めないセピアを宥めるために、マツリは彼の毛を撫でてみた。


「おー(大丈夫だよ、この人は)」


 すると、セピアは少し警戒しつつも牙を仕舞った。

 セピアが落ち着いたのを確認しながら、マツリはヨロヨロしながらリディアスの方に歩いていく。しかし、元々危ない足取りに加え、場所は安定のしない小石ばかりの地面。


「!」


 案の定すぐに転びそうになったのだが、そこはやはり反射神経なのか、リディアスが間一髪のところでマツリを抱きとめた。


「・・・・・」


 彼はしばらく無言で腕の中の幼児を見つめ続ける。

 包帯のせいであまりよくわからないが、その空気は明らかに困惑している様子だ。


「いーうー(わたしだよ、マツリ)」


 何かをしゃべろうとする幼子を見て、それから足元の狼を見る。

 そこで、彼の中で何かが一つになった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前」


 どうやら、マツリだということがわかったらしい。


「おー!(よくわかったね!)」


 マツリは、賞賛の意味を込めて、笑みを浮かべながら拍手を送ってみた。すると相手は更に困惑したようだった。


「・・・・・・・・何故」


 この言葉には、二つの意味が含まれている。


 一つは、何故このような姿になったのか。もう一つは、何故ここにいるのか。

 しかし、マツリの言葉は彼には通じないため、答えることは不可能だった。

 そしてそれに気づいたのだろう。

 リディアスはマツリを抱きなおすと、黒馬に跨った。


「・・・・・・・・・・・・・・・・送る」


 これは、まったく情況が掴めていない彼なりのやさしさでもあった。


「うぃ(どうも)」


 律儀に頭を下げてきた幼いマツリを見て、リディアスは反応に困ったようだった。


 少しして、移動車の近くまできた。誰かに見つかるのはまずいため、リディアスは馬から降りて、マツリをセピアの背中に乗せた。その際、軽くマツリの頭を撫でたのは、いつもの癖だろうか。


「あーいー(バイバイ)」


 去っていく彼を手を振って見送っていたマツリも、リディアスの姿が見えなくなったところで、移動車に戻った。


 やはりまだ皆眠っていた。


 せっかくの良い天気だったため、中に戻る事をやめた彼女は、セピアのお腹を枕に、コウヤが眠っている木陰で眠ることにした。

 

 

 ―――目を覚ました時、何故か隣にはコウヤではなくルイが居た。その衝撃に窒息しかけたマツリだったが、寸前の所でバーントに助け出されたため、窒息死は免れた。それからしばらくの間バーントに世話になったマツリであったが、最後にはやはり、コウヤに助けを求めたのである。




 そして、その次の日、ようやく旅の一行が皆元の姿で揃う事ができた。

 実に、七日ぶりのことである。




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