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腹黒魔王の場合

「まちゅり、たにょむよ(マツリ、頼むよ)」

「・・・はい」 

 

 ―――何故だろう。何故、こんなに逃げ出したい気持ちに駆られているんだろう。


 天使とも見紛うばかりの美しい二歳児を前に、マツリは少し泣きたいそうになっていた。


 想像していた通り、ルイの幼い姿は、十人が見れば十人皆誘拐して自分のモノにしたくなるようなかわいらしい容姿をしていた。

 大きな瞳に、真っ直ぐな質素の薄い長い髪。コウヤ以上に性別がわからなくなる赤子だ。

 この子がルイだと知らなければ、きっとマツリは手放しで幸せに浸っていた事だろう。しかし、現実はそう甘くも無い。


 悲しいことに、このかわいらしい赤子は、日頃彼女が魔王だと恐れているルイその人なのだ。


 ここで下手に何かをすれば、きっと彼が元の姿に戻ったとき、凄まじい報復が待っているに違いない。それが判ってしまうだけに、軽々しく何かをするわけにもいかなかった。

 けれど、そんな彼女の気持ちにお構いなく、ルイはマツリに世話になることを決めていたようだ。


 マツリが朝起きて、ルイの姿を見つけるや否や、直々に世話になると公言した。


「あいつは、小さい頃から腹が黒いのか」

「いかん、あの姿でも笑顔に何かが含まれてるように見えちまう」

「日頃のせいでしょう」


 朝食を食べていると中で、バーント、サンジュ、カインの三人が少し疲れ気味に話合いを行なっていた。その先では、マツリの膝の上で笑顔で朝食を摂っている幼子がいる。

 朝方には普通の子供の姿に戻っていた二―ルも、大人しく朝食を食べていた。コウヤも静かな瞳で黙々と自分の作業に専念しているようで、特に何かを言うわけでもない。

「まちゅり」

「はい」

「あちょで、しゃんぽにいこうか(後で、散歩にいこうか)」


 膝の上の天使の姿をした悪魔を見つめつつ、マツリは引き攣り笑いを浮かべた。


「い、いや、それは」

「だみぇきゃい?(だめかい?)」

「もちろん、行きましょう」


 こんなに幼い姿をして、どこにここまで圧倒される要素があるというのだろう。

 すでに、少し疲れ気味の少女を見て、仲間達は心の中で小さくエールを送っていた。


「ルイさん、本当に綺麗」

「ん?」


 散歩のため、森を歩いていたマツリがぼんやりと呟いた。彼女の腕の中で大人しくしていたルイがマツリの顔を仰ぎ見た。

 そんな彼と視線を合わせて、マツリは言葉を続ける。


「だって、こんなに子供なのに、すごく綺麗だもん」 


―――腹の中は抜きにしても、彼は綺麗だ。


「しょうかい?わちゃしは、かんがえちゃことなきゃったにゃ(そうかい?私は、考えた事なかったな)」

「そうなんだ」

「しゅこし、ねみゅくなっちぇきちゃよ(少し、眠くなってきたよ)」

「いいよ、寝ても」


 いくら中身がルイ自身でも、体は赤子と同じため、やはり疲れはすぐに出てきてしまうようだ。


 眠いといって目を擦っていたルイだったが、マツリが寝るように促せば、すぐに眠りについてしまった。その途端、腕に掛かる体重が重くなった。

 すべての体重が自分に掛かっているからだ。

 このまま歩きつづける事は不可能だと判断して、マツリは移動車の元に戻ろうと方向転換を開始した。その際、ルイの寝顔が目に入ったが、それはそれは愛らしいもので、思わず彼がルイだということを忘れそうになった。

 睫毛は陰ができるほど長く、ふっくらとした頬はスベスベで、申し分のないものだった。


 ―――彼の子供も、こんなに愛らしいのだろうか。


 ふと思いついた疑問は、ある意味確信に近いものがあった。

 そんなくだらないことを考えている間に移動車の前に座るサンジュ達の姿が視界に入った。


「ルイ、寝たのか」

「うん」

「やっぱり、赤子は赤子か」

「大人しければ、申し分ない」

「まったくだ」


 カイン、サンジュ、バーントの三人は、先ほどから言いたい放題である。

 マツリは腕に抱えているルイを起こさないように地面に座ると、彼を膝の上に乗せ、右腕を枕側にした。彼女の隣で読書をしていたコウヤが、ちらりと視線をルイに落とし、しかしすぐに本に戻す。


「・・・・やはりルイは、綺麗な顔立ちをしていますね」

「やっぱり、そう思うよね」

「そりゃあそうだ。こいつは男の癖に、女装をすればそん所そこらの女じゃ適わねぇほど化けるんだからな」

「恐ろしいことだ」


 サンジュもバーントも、ルイが眠っているからなのか、思っていることを素直に口に出していた。


 ルイは未だ熟睡中である。


 そんな彼の寝顔を観察しつつ、今までのことを振り返っていたマツリは、ここで重大な事実を発見した。すぐに隣のコウヤに視線をやり、そのまま彼を見つめ続ける。

 しばらく気づかない振りをしていた彼も、あまり長いこと見つめられればそうもいかなくなる。 

 心の中で疑問符を浮かべつつ、隣の少女に視線をやれば、自分を熱い目で見つめる彼女と視線が交差した。

 まったく身に覚えの無い少女の行動に、コウヤはさらに疑問符を増やしていく。


「マツリ、さん?」

「あのね、コウヤさん。・・・わたし、大事な事を知っちゃった」

「・・・と、いいますと?」

「わたし、コウヤさんが子供に戻ったときにしか、しっかり幸せ味わってなかった」

「・・・・・」


 ―――この言葉に、どう返せばいいのだろうか。


 コウヤは賢明にも無言を通す事でこの場を凌いでみることにした。

 すると、マツリが言葉を続けた。


「カインとサンジュ父さんは恥かしがって逃げてばっかりだったし」

「・・・・仕方がないだろう」

「そうだ」

 マツリの指摘に、カインとサンジュが視線を逸らしながら反論した。

「バーントさんは、小さくてもバーントさんだったし」

「それは褒め言葉か?」

 バーントは首を傾げつつ苦笑した。

「二―ルくんは大きくなってたから、もうなんか、大変だった」

「「「「・・・・・・」」」」


 その言葉に、一応は沈黙した。彼らは、二―ルが大きくなったことで、また別の災難にも合っていたのだ。あの時の苦労は、言い表しようがないだろう。


「ルイさんも、ちょっと、やっぱりルイさんっていうか・・」

「・・・ぅ」


 マツリの言葉に反応したのか、体を振るわせたルイが、ゆっくり目を開けた。


「いみゃにゃんじ?(今何時?)」

「もうすぐ日が暮れます」


 コウヤが夕食の支度をするために立ち上がりながら、ついでのようにルイの質問に答えた。

 マツリの膝の上で眠気眼のままぼんやりと座っていたルイを見て、マツリのかわいいもの好きの本能が呼び起こされようとしていた。


 もうこの際、相手が魔王だろうがなんだろうが関係ない。


「ルイさん、ちょっとだけでいいからさ、ぎゅってしていい?」 

「・・・」


 唐突な少女の申し出に、今度はルイが不意を突かれる番だった。

 けれど、その願ってもない申し出に断る理由も見つからなかった彼は、笑顔で頷いた。

 きちんと了承の意を貰ったマツリは、ニコニコしながらルイの体を抱え直し、改めて正面から向き合うと、その小さな体を抱きしめた。 


 もうすでに、彼がルイだとかいう事は関係なくなっていた。マツリはただ、かわいいものを抱きしめているとしか認識していなかったのだ。


 そんな二人に付き合いきれんとばかりに、バーント、サンジュ、カインの三人は二―ルやセピアの居る移動車の中に戻って行った。

 夕食の準備をしているコウヤもまた、黙認とばかりに二人に背をむけていた。


「はい、満足しました」


 体を離して笑顔を振りまいていたマツリを、至近距離から見つめていたルイは、何かを思いついたような顔をして彼女に向かって手招きをした。


「?」


 言われた通りに顔を近づけたマツリの唇に、不意に触れた暖かなぬくもり。 


「・・・!」


 驚いて顔を話せば、笑顔のルイがじっと彼女を見つめていた。

 そんな彼に唖然としつつ、唇の端にそっと手をやる。


「だきゃら、きみはむびょうびなんだ(だから、君は無防備なんだ)」

「っ、ルイさん!!」


 ―――まさか自分のファーストキスを、こんな赤ん坊に盗まれてしまうとは。


 やはりルイはどこまでもルイなのだと、不敵に笑う赤子を見下ろしつつマツリは思っていた。

 

 そんな彼らの会話を背に、コウヤはただ、見ざる聞かざる言わざるの三つの法則に従って、己を石だと思い込むことに専念していた。



 ―――その後、あまりのショックにルイをコウヤに預けたマツリは、しばらくの間セピアにしがみ付いたまま現実逃避を開始していた。もちろん、そんな彼女を見てルイが楽しそうにしていたことは疑いようもない事実であり、またそんな彼を見て仲間達が少し距離を取ろうとしていたこともまた、人間の本能に則った行動だったのかもしれない―――

 

 


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