将来有望幼児の場合
出来事には逆の発想があるということで。
誰もこのような事になるとは思ってもいなかった。
「お姉ちゃん、朝だよ。もう起きなよ」
「ん~」
「もうみんな外に居るからさ、早く」
「・・・・」
朝、最近どうも疲れが溜まっているらしいマツリは、誰かに起こされる事でようやく意識を浮上させることができた。
が、聞こえてきた声が聞きなれないもので、少し疑問を感じつつ目を開けた。
と、そこには。
「やっと起きた。おはよう」
「・・・・・・・・・」
見知らぬ青年の顔が、お互いの息が掛かるほど近くにあって。
「ぎゃーーーーーーーーーー!!?」
マツリは、普通といえば普通の、けれど凄まじい叫び声を上げて飛び上がった。
その際、自分がハンモックの上に居るという事を忘れていた彼女は、バランスを崩して床に落下した。けれど、直接床に衝突しなかったのは、一重に見知らぬ青年が素晴らしい反発力で彼女を受け止めたからだ。
「マツリ!?」
「どうしたっ」
庇護下にある少女の叫び声を聞いた自称保護者かつ仲間の大人達が、すぐに移動車の中にやってきた。
そこで、現在情況を確認した彼らは一斉に言葉を失う。
もちろん、守るべき大切な少女が、朝から見知らぬ青年の腕の中にいれば、誰だって驚く。
その中でも、驚きだけでは済まされなかった人物が表情を消して二人の元に近寄った。そして、何も言わずに青年の腕から強引にマツリを奪い取る。
ルイの腕の中で身を強張らせた少女の存在を確認しつつ、ルイは鋭い視線で青年を見つめる。その瞳に、情けなどない。
「君は、誰だい?」
後ろにいたサンジュ達も、警戒態勢を解かないまま、ルイの援護に回るように移動した。
そんな彼らの厳しい視線をものともせずに、青年は朗らかに笑った。
「みんなどうしたの?僕だよ」
「・・・・・」
そこで、マツリが一つ気づいたことがあった。
それは青年の髪の色と形。そして、必ずいるはずの人物が居ないこと。
「まさか・・・・」
マツリは息を呑む。すると、そんな彼女に気づいた青年が笑みを深くした。
「さすがお姉ちゃん。僕だよ、二―ルだよ、みんな」
「「「「「・・・・・・・・・」」」」」
「ワフッ」
いつの間にか来ていたセピアは、特に警戒心を持った様子もなく、青年版の二―ルの足に擦り寄っていった。
「わぁ、セピアが小さく見えるよ」
嬉しそうにセピアの毛を撫でる二―ルを見つめたまま、旅の一行はしばらくそのすべての思考回路を遮断してしまっていた。
「なるほど、まさかこういうことになるとはな」
「予想不可能でした」
「まったくだ」
朝食の席で、バーントは感心したように唸り、コウヤもまたそれに深く頷き、サンジュも同じように同意していた。
そんな彼らの視線の先には。
「お姉ちゃん、すごいね、お姉ちゃんも小さいよ」
「・・・そ、そうだねぇ」
この場合も例外ではなく、二―ルもまた、体は大きくなったものの、心は子供のままのようだった。しかし、外見でいえば丁度カインと同じぐらいで。
そんな青年が自分にじゃれてくれば、いくら顔見知りでも少し動揺するものだ。
しかも、二―ルもまたかなりの美青年に成長しているわけで。
「に、二―ルくん」
「何?」
「少し、離れようか」
変に意識してしまうのも、仕様の無いことだと思う。
「二―ル、君は一応体は大人なんだ。少し距離を置いたほうがいいね」
いつも以上ににこやかな笑みを振りまくルイに、マツリは先ほどから怯えていた。何故彼が怒っているのか理由がわからないため、対処のしようもなく。
「コウヤさん・・・」
結局のところ、マツリもコウヤを一番頼りにしているということだ。
ルイが空恐ろしく、二―ルの対応にも閉口していた彼女は、コウヤの隣に座る事で、すべての災難からひなんしようと試みた。
しかし、二―ルがその行動を静止した。
「お姉ちゃん、なんで逃げるの?いつも一緒に食べてるのに」
「・・・・・・・」
上目目線で首を傾げる青年二―ルの顔が輝いているのは、果たしてマツリだけが見る幻想なのだろうか。腕を掴まれてそんなかわいらしいお願いをされてしまえば、マツリに断られる要素などどこにもなくなる。
諦めたように溜息をついたマツリは、結局元の位置に落ち着いた。
明日の朝になれば戻るだろうし、一日の辛抱だと思えばどうにか我慢はできるというもの。
「ねぇ、後で散歩しに行こう」
「いいね」
「今は僕の方が大きいから、お姉ちゃん抱えられるかな」
「・・・どうだろう」
「後で試してもいい?」
「う・・うん、ちょっと、ね」
そう返事をした途端、近くに座っていたルイの握っていたスプーンがまるで何かの手品をしたかのようにぐにゃりと綺麗に折り曲がった。
「「「「・・・・・」」」」
一斉に沈黙が訪れる。
「あぁ、ごめんね。すぐに戻すよ」
沈黙の原因を作った当人はいつものようににこやかな笑顔のままスプーンを綺麗に戻し始めた。
「る、ルイ、さん?」
「ん?」
マツリが恐る恐る声をかければ、スプーンを直し終えたルイが笑顔でマツリを見る。
「・・・・な、なんでもないです・・」
一見無害の優しげな女神に見えなくも無い彼は、しかしマツリ視点では違った。彼女からすれば、後ろに氷河期を背負った優男の魔王にしか見えない。
恐れおののいた彼女は、急いで朝食を済ませると二―ルとセピアをつれて氷河期の訪れを告げそうな移動車の前から抜け出した。
彼女の行動に驚いたのは、サンジュやカインだ。
「お、おい!」
「マツリ、お前が行ったらっ」
―――余計ルイの機嫌が悪くなる。
しかし時すでに遅し。
「・・・・大丈夫。セピアも居るし、きっと何かあればすぐに帰ってくるよ。私達は待っていればいい」
―――色んな意味で一番危ないのはお前だ。
仲間達は一斉にそんな事を考えたが、一人薄ら笑いを浮かべるルイに何かを言える勇気のある者は居ない。コウヤですら、もう関わる事を止めたのだろう。朝食を食べ終わると同時に移動車の中に戻って行った。
「ルイ、怖かったね」
「そうだね」
「ワフッ」
輪から逃げ出した二名と一匹は、森の中を歩いていた。
自然と二―ルが手を繋いできたので、マツリもされるがままになる。しかし、隣に居る二―ルがいつもの二―ルに見えないため、少し鼓動が早くなっていた。
こんな風に近くで男性を感じることなどあまりないためだ。
仲間達の場合、仲間という先入観があるため異性とはあまり考えていないのも、一つの要因ではある。
それを考えれば、リディアスはある意味一番彼女が意識する異性だと言ってもいいだろう。その次に、ルイがくる。二人共、本当に何を何を考えているのかわからない男達ではあるが。
「お姉ちゃん!」
「わっ!?」
突然名前を呼ばれると共に変な浮遊感に襲われた。
反射的に目を瞑った後、恐る恐る目を開いた先にいた二―ルは、にこやかに笑っている。
「やっぱり、軽いや」
「!?」
抱き上げられたという事実を認識した瞬間、顔が真っ赤に染まっていくのを確認して、マツリは顔を覆った。
―――本当に、こういう不意打ちは勘弁して欲しい。しかも、その甘い笑顔は反則だ。
「ふふ、お姉ちゃん、かわいいな」
「に、二―ルくんっ」
次いで掛けられた声に、泣きそうなる。
どこまでが素で、どこまでが計算なのかもうすでにわからない。
ただ一つわかっているのは、先日までのかわいらしい二―ルはどこにも居ないということ。そしてその代わりに、甘いマスクを被った口説き上手の青年が居るという事だけ。
一日だけでもこうなのに、彼が成長した暁にはいったいどうなってしまうのだろう。
「早く大きくなってお姉ちゃんお嫁さんに貰うのもいいかも」
頬にやさしいキスをしながら、二―ルがそう言ったのを確認して、マツリの頭は大噴火を起こした。
そして、本当に間が悪い事に。
「さすがだね。例え体が変わっても、二人の仲の良さは変わらないか」
「!?」
この時、マツリは心の底から自分の人生が終わったと信じて疑わなかった。
そう思えるほど、その時のルイは恐ろしかったのである。もう、魔王の域ではない。この世のすべての悪を統べる神になっていたのだ。
―――ルイの恐ろしい笑みを前に、二―ルは動じた様子を見せなかった。結局彼は夕食の時にサンジュ達が止めに入るまで、いつまでもマツリの傍から離れる事はなかった―――




