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ツンデレ青年の場合。

 初めて知ったキノコ事情に慌てふためいたマツリだったが、ルイの言葉を信用して、一旦は落ち着く。

 医者である彼が言うのであれば、間違いはないだろう。

 そう考えて、ほっと胸を撫で下ろした時、急にマツリの隣に座っていたカインが胸を抑えて蹲った。


「カイン!?」

「おいっ」


 マツリとサンジュの驚きの声が、夜の静まり返った森に響き渡る。

 ルイが真っ先に駆けつけて、彼の動きを押さえようとするものの、カインはそんな彼の腕を払いのけて胸に爪を立てた。


「か、カインっ!」


 ―――彼がこんなにも苦しみだしたのは、間違いなく自分のせいだ。


 マツリは、自分の足元が粉々に砕かれていくような奇妙な感覚を味わっていた。カインの姿は、ルイやサンジュの体に隠れて見えない。しかし、皆が騒然となっているのは確かだ。


「「「「・・・・・」」」」


 しかし、それも一斉に止む。

 唐突に訪れたその沈黙に、マツリは自分を責める作業を止めて彼らを見た。

 そして、真中に居るはずのカインが見えないことに気づいた。何故だろうと疑問に思いつつ恐る恐る彼らに近づいていったマツリはそこで、ある、信じられない光景を目にすることになる。

 

「・・・・え、・・・・・カ、イン?」


「・・・まちゅり・・・」

 


 呆然と立ち尽くしたままの仲間達を見上げたカインは―――推定二歳ほどにしか見えない、幼子へと、変化していたのだ―――。


●  ●  ●  ●


「つまり、あのキノコは、食べた人の体を若返らせると」

「カイン、ちっちゃくなっちゃったよ」

「若返るなんて生暖かいもんじゃないと思うぞ。見ろ、二―ルの言うとおり、すっかりちっちゃくなっちまった」

 サンジュが溜息をつく。

「たいちょー」

「小さくなったのは体だけのようだけれど」


 ルイも、小さくなってしまった同朋を見つめて冷静に分析を続けていた。さすがは医者なだけある。

 ちなみにカインは今、移動車にあった子供用の服に身を包んだまま、地べたにぺたりと座り込み、自分の体の変化に目を瞬かせていた。 


「死ぬわけでもないだろうし、しばらく様子を見るしかないようだね」

「おりぇ、じゅっとこにょままなにょか?(オレ、ずっとこのままなのか?)」

「「「「・・・・・・・・・・・」」」」


 カイン自身は、いつもの通りにしゃべっただけだ。体は違えど、知能は元のままなのだから。

 しかし、周りは違う。


 ―――こんなに小さい赤ん坊が、ませたしゃべり方を。


 気持ち悪い以外の何者でもない、確かに、愛らしいとは思うが、何せ子供は元はカインで、しかも男。そして、自分達も男。他にどんな感想を抱けといおうか。

 だが、マツリは違った。


「か、かわいぃぃぃ!!!」

「うわゃ、まちゅりっ」


 この舌足らずな言葉遣いに、この瞳の大きさと体の小ささ。

 これを可愛いと愛でずにいられようか。

 マツリはすぐさま目を輝かせ、カインを抱き上げそのプ二プ二とした果実のような頬に頬擦りをした。今の彼女の頭の中に、この出来事を招いたのが自分であるという事実は存在しない。

 今までにないほど、マツリの顔を傍で目の当たりにしたチビカインは、その距離の近さに顔を赤らめる。

 そんな彼を見た旅の一行は再び思う。


 ―――このませガキが。


 彼らの思考の中にも、すでにカインが事件の被害者であるという事実は存在していなかった。

 もちろん、コウヤを除いて。


「もしかしなくても、近い内に我々も幼子の姿に戻ってしまうでしょう」


 常に冷静沈着をモットーとする彼の冷静な言葉は、一同の思考を現実へと引き戻した。

 その間に、カインはマツリの腕からどうにか抜け出す事が成功し、頬を赤く染めたまま、一番安全だと思われるコウヤの背中に隠れた。

 マツリの傍に居るのはなんとなく気恥ずかしく、ルイやバーント、サンジュの視線は少し痛い。子供である二―ルの傍に居るのも憚れるため、結局残ったのはコウヤだけだった。セピアも居るが、今の体で彼を見れば、きっと恐ろしく思えてしまうに違いない。

 そして、カインの選択は正しかった。 


「何故、最初にカインが被害を受けたかは私にもわかりませんが、それでも、順番など関係なく我々も」

「・・・・俺が、子供に・・・だと?」


 コウヤの的確な指摘に、今度はサンジュの血の気が引き始めた。

 今は、他人事故に笑っていられるが、もしも自分がその場に立てば、きっとどうしようもなく恥かしいに違いない。いや、それしかありえない。

 ましてや、娘同然のマツリの前で。


「いちゅ、もどりゅ?(いつ、戻る?)」

「すみません、私にはまったく」


 自分の背中に隠れてしまっているカインの疑問を耳にして、コウヤは律儀に後ろを振り返って小さく頭を下げた。

 カインは、コウヤの背中越しにルイを見る。


「りゅい(ルイ)」

「すまないね。私にもわからない」


 その際、ルイの口元が微かに持ち上がっていたことに気づいたカインは、とりあえず見なかったことにしようと彼からすぐに視線を逸らした。

 今はとりあえず、この恥かしすぎる状況から抜け出したい。

 自分の手を見れば、落ち葉ほどの大きさで。

 触ってみれば、とても滑々としていた。―――ある意味、とても恐ろしいことだ。


「カイン、こっちおいで」

「じぇったいに、いやだゃ(絶対に嫌だ)」


 マツリの蕩けそうな笑みに軽い動悸を覚えつつ、カインが首を横に振った。


「いいじゃないか、少しぐらい」

「確かに、恥かしいとは思うが・・・・」

「いつ戻るかもわからないのであれば、そのままコウヤに引っ付いたままでも居られねぇだろう」


 そういうルイは、完全に今の状況を楽しんでいるようだったが、バーントやサンジュの表情には同情の色が見え隠れしていた。

 どちらも、自分が子供になった時を想像して、カインの気持ちを少しは理解したのだろう。

 けれど、カインはコウヤから離れようとはしなかった。


「私は、構いませんよ。コウヤが戻るまで、彼に付き添っていても」

「おめゃえ・・・(お前)」


 迂闊にも、コウヤにときめきそうになったカインは、すぐに自分の雑念を消すべく頭を振った。―――何故か今、無表情のコウヤの周りに、薔薇の花弁が見えた気がした。


「二―ルくん、寝ちゃったね」


 先ほどから静かだった二―ルは、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。二―ルの枕代わりになっているセピアも、目を瞑ってしまっている。

 マツリは二―ルの傍に寄って小さく笑った。


「夜も遅いし、今日はもう寝るか」

「案外、朝起きたら元に戻ってるかもしれないしね」

「だね」


 バーントが立ち上がり、ルイもそれに続いた。

 ルイはそのままセピアの元により、眠っている二―ルを抱き上げた。彼はすっかり熟睡中で、まったく目を覚まさない。

 反対に、その微かな動きにセピアが目を開けた。どうやら、眠ってしまっていたわけではなかったらしい。


「そうだな。他のことは、また明日考えればいいか」


 サンジュも大きな欠伸を噛み殺しつつ他の二人に賛同する。


「カイン、行きましょう」

「ぅ・・・!?」


 コウヤに促されて立ち上がろうとした瞬間、カインは変な浮遊感に襲われた。

 見れば、いつの間にかコウヤが自分を抱きかかえている。すぐ目の前にあるコウヤはいつものように無表情だが、それでも、自分を抱えている事に違いはない。


「・・・・・・・」


 確かに、この同朋を頼もしく思うし尊敬するところは多々ある。しかしそれでも、時々どうしようもなく彼が天然だと思うこともあった。

 移動車の中に入れば、すぐにキラキラの瞳をしたマツリに出会った。


「ねぇカイン、今日は一緒に寝よ?」


 彼女は本当にかわいいものが好きらしい。確かに、普通の少女のようだと思えばそうだろうが、しかし今のカインにとってマツリのこの行動は、心臓に悪い以外の何者でもない。

 体が小さくなり、違う視点からマツリを見ることによって、少なからず動揺しているのだから。


「おりぇは、キョウヤとねりゅ!(俺はコウヤと寝る!)」


 先ほどまでの困惑を捨て去り、そして同朋に対する自尊心も捨てて、カインはコウヤの肩に顔を埋めた。その様子に、マツリが目を丸くした。


「・・・カインとコウヤさんって、こうしてみると親子みたい」

「親子、ですか」


 次に困惑したのはコウヤの方だ。同朋と親子だと言われてあっさり納得する人間など絶対に居ない。

 そんなやり取りを聞きつつも、カインは顔を上げない。

 カインは、最後まで恥かしがり、絶対にマツリの顔を正面から見ようとはしなかった。


 そして翌朝。


「・・・・戻った・・・」


 目を覚ました時、自分の体が青年になったことを確認するや否や、カインは人生で感じた事がない安堵感に包まれていた。



 しかし、すぐにその安堵の心も一瞬にして消え去ってしまった。

 


 ふと目をやった先にあったのは―――



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