始まりはキノコ。
外伝でアップしていた小話を再収録しています。
始まりは、唐突だった。
「ではマツリさん、よろしくお願いしますね」
「はーい」
異世界からの訪問者、女子大生の茉里が、男だらけの旅の一行と共に生活を初めて早数か月。すでに彼らとも打ち解け、己の役割も自覚し、その上で元の世界に戻る方法を絶賛模索中だったある日、一行は人気のない山奥で野宿をすることになった。
いつもは夕食を作るはずのコウヤが、今日は用事があるため席を外した。その代わり、家事にもだいぶ慣れてきたマツリが夕食の準備を請け負った。
コウヤが居なくなり、マツリの周りには誰も居なくなる。
他の皆も、今は出払っている。ただし、この場に危険がないことを確認した上での行動だったので、マツリは特に警戒心を持つ事もなく薪拾いにくりだした。
森の中を歩きながら、手頃な薪を拾いつづける。
「うん、コレぐらいで十分か」
少しして、自分が納得できるほどの薪を拾ったマツリは、移動車へ戻ろうと体を反転させ、元来た道を戻り始める。
しかし、その時、何かが木々の根っこに生えている事に気づく。この道を通るのは二度目だが、来るときには見かけなかったはずだ。もしくは見落としていたのだろうか。年相応に好奇心旺盛な彼女は、恐る恐る、しかし少し興味深そうにその根っこに近づき、その正体を探る。
「・・・キノコ?」
生えていたのは、キノコだった。しかし、普通のキノコではない。
「もしかしなくても・・・」
キノコはキノコでも、マツリが滅多にお目にかかれないような貴重な類に入るキノコ。
―――そう。マツリが見つけたそのキノコは、見た目が「松茸」と瓜二つだったのだ。
● ● ● ●
「腹減ったぞ~」
「マツリさん、すみません。夕食の用意を結局あなただけに任せてしまって」
「ううん、大丈夫。楽しかったよ」
コウヤの言葉に、マツリは笑顔で答えた。他の旅の仲間達も帰ってきたようだ。
「さて、今日は何かな?」
「おいしそー」
「スープか」
「よし、さっそく食べるか」
カインがそう言って、鍋をかき混ぜているマツリに皿を渡していく。その皿に、今夜の食事であるシチューモドキを流し込み、隣に座っていたルイに手渡す。そうすれば、ルイからバーントへ、バーントからサンジュへと夕食の皿が回されていく。
セピアは狼なので、別に与えられた生肉を食べる。
「いただきます」
「いっただっきまーす」
マツリが、習慣のように言えば、それを真似して二―ルも手を合わせて楽しそうに言う。男性陣は手を合わせるだけに留まったものの。
それから、楽しい夕食が始まった。
松茸紛いのキノコを入れたシチューモドキは、中々好評だった。
皆が、揃いも揃って不思議な味だが悪くないと絶賛したのだ。
「おいしかったよ。何を入れたんだい?」
「キノコ」
ルイの何気ない一言にマツリが返答した時、周りの空気が一瞬にして凍り付いた。
「・・・マツ、リ」
カインが唾を飲み込みながらマツリを見た。
彼の顔はなにやら真っ青で、少し心配になる。
「どうかした?」
もしかしなくても、自分はまずいことをしただろうか。
「マツリ、そのキノコは、どこで?」
「え、さっき薪拾ってたら見つけて・・・」
「見つけて?」
バーントが眉を寄せる。
「この辺りにはキノコなど生えていないはずだが」
「いや、でも、見たよ?」
「昼間見たときは何もなかった」
バーントの冷静な言葉に、マツリは何かがおかしいと感じはじめる。
「ねぇ、もしかしなくても、キノコが辺りに生えてないか確かめた?」
「当たり前だ」
「この国のキノコは種類がさまざまで、時には強い毒性をもったものもありますので」
バーントの答えを引き継ぎ、模範解答をしたコウヤを見つめながら、マツリは自分の顔から血の気がなくなっていくのを感じていた。
「・・・・・ちょ、わたし・・・」
「まぁ、変な感じもしなかったし、死の危険性はないはずだよ」
紙と見分けがつかなくなる一歩手前まで血の気がなくなったマツリを救ったのは、ルイの、ある意味一番信頼できる言葉だった。
医者の彼が言うのならとりあえずは大丈夫なのだろう。
しかし、このキノコが後に、彼ら旅の一行を混乱の渦へと突き落とす事になるのだ―――。