95羽:建国記念日って?
2016年2月11日
2月11日は建国記念日。昔から制定されている祝日で嬉しいんだが、あ、ニートはいつも休みなんだけど、一つ疑問に思った。
いつ日本は建国したの?
齢34歳で疑問に持つなんて恥ずかしいかもしれない。
でも、ホントのところいつなのか、ルーツを探ってみる事にした。
日本では、実際の建国日が明確でないため、建国神話が用いられる。すなわち、日本神話の登場人物で古事記や日本書紀で初代天皇とされる神武天皇の即位日(紀元前660年1月1日 (旧暦))より、その即位月日を明治期に新暦に換算した2月11日を「建国記念の日」としている。
Wikipedia引用。
さっぱり意味が解らない。
建国神話って天孫降臨の神話なのだろうか。
天孫降臨系の話は書でけっこう読んだが、それとは時代背景が全く異なるような・・・
俺の中でますます謎が深まっていく。
しゃーねぇ、漁るか。
キーパーソンは「初代天皇とされる神武天皇」だ。
またまたWikiり神話説にちなんで出来る限り端的に記載し太字で俺の考察を整理していく。
『神武天皇』とは。
日本の初代天皇であり皇統の祖。
今の皇族の一番の古株か。
古事記では137歳まで生存、日本書紀では127歳まで生存したとある。
マジか!?超長寿の里!神話の世界だからなんでもありなんだろう。
『神武天皇』という呼称は、奈良時代後期の文人である淡海三船が歴代天皇の漢風諡号(貴人の死後に奉る、生前の事績への評価に基づく名)を一括撰進した際に付されたとされる。異称は、古事記では神倭伊波礼琵古命、日本書紀では神日本磐余彦尊、始馭天下之天皇、若御毛沼命、狹野尊、彦火火出見。
でたー!!!異称が6個もあるよ!!これって「おそ松さん」と同じじゃねぇか!それぞれの異称で人物像違ったらウケル。
神武天皇の事跡は、その内容が神話的で、歴史学では、神武天皇の実在も含めて、その筋書きをそのままの史実であるとは考えられていない。
歴史学文献が日本書紀と古事記しかないから判断しかねるってとこか・・・だから神話説を用いるってことね。
生まれながらにして明達で、強い意志を持っていた。15歳で結婚し子供が産まれた。
羨ましい。神が与えし存在って感じ。
『日本書紀』によると、45歳のとき日向国の地高千穂宮にあった磐余彦は、兄弟や皇子を集めて「天孫降臨以来、未だに西辺にあり全土を王化していない。東に美しい土地があるという、青い山が四周にあり、その地には天から饒速日命が下っているという。そこは六合の中なれば、大業を広げて、天下を治めるにふさわしい土地であろう。よって、この地を都とすべきだ」と宣言した。諸皇子はみなこれに賛成した。
うーん。とりあえず、西しか領土を持ってないから、東に遠征に行くって事か。これが東征の開始ね。
東に軍を向けて生駒山を経て中州へ入ろうとした。この地を支配する長髄彦が軍衆を集めて孔舎衛坂で戦いになった。戦いに利なく、五瀬命(兄)が流れ矢を受けて負傷した。磐余彦(後の神武天皇)は日の神の子孫の自分が日に向かって(東へ)戦うことは天の意思に逆らうことだと悟り兵を返した。草香津まで退き、盾を並べて雄叫びをあげて士気を鼓舞した。この地を盾津と名付けた。5月、磐余彦は船を出したが、五瀬命は山城水門で矢傷が重くなり、紀伊国竈山で死去した。
名草戸畔という女賊を誅して、熊野に経て、再び船を出すが暴風雨に遭った。陸でも海でも進軍が阻まれることを憤慨した兄の稲飯命と三毛入野命が入水した。磐余彦は息子の手研耳命とともに熊野の荒坂津に進み丹敷戸畔女賊を誅したが、土地の神の毒気を受け軍衆は倒れた。
兄が戦で負傷し雄叫るが、神の意思に背くものと解釈し敗走するも、途中で兄は死亡。災害にも見舞われ嫌気になった兄達は自殺。で、神にも嫌われ味方は倒れた・・・ということかなぁ。結局、戦で国取り合戦してるってことだな。
東征がはかばかしくないことを憂えた天照大御神は武甕槌神と相談して、霊剣(布都御魂)を熊野の住民の高倉下に授け、高倉下はこの剣を磐余彦に献上した。剣を手にすると軍衆は起き上がり、進軍を再開した。だが、山路険絶にして苦難を極めた。そこで、天照大御神は八咫烏を送り教導となした。八咫烏に案内されて、紆余曲折ありながらも進軍していった。
天照大御神は皇室の祖神で、日本国民の総氏神。武甕槌神は雷神であり剣の達人、剛力なんだわ。八咫烏はサッカー日本代表にも記されている勝利を導き、太陽の化身。やっと『神』登場ですか。こういう援護があって進軍が進んだってことは、前述の「神の毒気を受け軍衆は倒れた」とは誰の所業だろう。マーラとかそっち系統の悪的神の存在かなぁ。しかし、天孫降臨の神達の出番が遅くないか。天孫降臨の前に天上で神同士で戦えよ。生まれながらにして才を持ち神ならぬ存在なのに、兄達は死んでるって。何故、苦行させた?戦争させた?天孫降臨で日本は完全じゃなかったから神にならざる人にさせたのか・・・ちょっと神のポジションに矛盾を感じる。戦争を良しと思わない日本人、どこの国の人でもだろうが、意地が悪すぎないか、神様。
辛酉の歳(神武天皇元年)の正月、52歳を迎えた磐余彦は橿原宮で践祚(即位)し、始馭天下之天皇と称した。
52歳で即位は普通。異称は3つ目だからツッコミ役のチョロ松のポジションかぁ。で、即位月日を明治期に新暦に換算した2月11日を「建国記念の日」にしたのか。
こっからはあとがき。
結局のところ、建国記念日って新暦に換算した初代天皇の即位日ってことか。
そこに辿り着くまでに戦、戦、敗走、戦・・・
勝利を収め国となったってことは、敗者はどうなるんだ。敗者の事も憂慮した方がいいような気もする。
祝日が減るのは恨めしいが、神話説で建国なんて詠っているだけなんだから天皇誕生日だけでよくない?
勿論戦争は反対だが、領土制圧とかではなく治安維持に関しての有事はしょうがないとは思う。
しかし、領土を膨らまそうと進軍し戦争で勝ち得た国、「日本」建国って良い響きあまりいい気はしないなぁ。
んー・・・
祝日の意味も分からず過ごす日常はつまらない。
ってことだけは、よく分かった。




