91羽:Dove ボディウォッシュ プレミアム モイスチャーケア
2016年2月7日
「寒っ。」
石のタイルに囲まれ、澄んだ冷えきった空気により一層の残響音が響き渡る。
「くぅぅぅぉぉぉぉぉ。」
凄然と開けられた窓。
体の真から体温を奪うべく風が吹き荒んでくる。
俺は慌てて窓を閉め、ステンレス製の蛇口の赤い方を力一杯に捻る。
出てきたのは極の冷水。
「つめたっ。」
予め準備しておけば良かった。
久しぶりの実家で浴びるシャワーは自殺行為に等しい。
築32年。
浴室は隙間風が入り、換気扇は壊れ果て、換気代わりに窓を開放している。
勿論、風呂暖房など最新機器類の設置はされていない。
地獄のシャワーが開幕する。
昼寝から起きて見れば、家族の姿は見当たらなかった。
夢の中で、
「温泉に行くよー♪」
「起きろー!」
とか、声が聞こえたような。
あぁ、みんなで温泉に行ってしまった。
そして、余儀なく今の状況を強いられてしまった。
自爆だ。
お湯が出るまでの数分間、全裸でカブト虫の幼虫の様に蹲る。
お湯が出始め、水と合わせて温度調整に入る。
しかし、何故か上手くいかない。
熱湯の温度が安定しないせいか、水の出る量が一定でないのか。
熱湯と冷水を繰り返し、適温の湯にする事は至難の技と化していた。
「あっつ!」
「つめたっ!」
1人、喚き続ける自分。
我が家のユニットバスとは違い、タイル張りの昔ながらの浴室は声がよく通り響く。
さっさとこの地獄のシャワーから開放され、ストーブで暖をとる事を優先事項に変更し、温度調整を諦めた。
シャワーは出しっ放し。
せめてもの湯気で室内の温度上昇を狙う。
でも、そうは温まらない。
さすが、石タイル。熱伝導率は悪すぎだ。
あれ?
石鹸が見当たらない。
そして、洗顔、シャンプー、リンス、コンディショナーさえもない。
温泉に持っていたかれたのだろう。
あるのは、「Dove ボディウォッシュ プレミアム モイスチャーケア」のみ。
取り敢えず体から急ぎ洗う。
意外にも泡立つDove。
さすがプレミアム。
満足気にDoveの力を解放していく。
想像以上に出来上がった泡が少しばかりのぬくもりを感じさせてくれた。
プレミアムだからいけるだろ。
寒さ故、形振り構っていられない。
Doveで洗顔を試みた。
手のひらにワンプッシュのDoveを拡げ、
「おぉぉぉぉ!」
気合と共に出来あがる凄まじい泡、泡、泡。泡の山を作り上げた。
さすが、プレミアム。
汚れが落ちているかどうかはどうでもよかった。
取り敢えず、「洗う」という行為がしたかった。
このままいけば、頭もいける。はず。
金髪をDoveでトライし始めた。
十分に頭をぬるま湯で流し、洗顔同様にDoveを拡げる。
モコモコモコモコ・・・・・・
やはり感じのいい泡が再度山の様に沸き立つ。
そのままの勢いで前頭葉付近に投下。
???・・・
泡が・・・消えていく・・・
いや、髪が泡を吸収している様な感覚。
「いやいや、顔ほどの油は髪の毛にないでしょ。」
1人だからだろうか。つい、泡にツッコミを入れてしまった。
もうワンプッシュのDoveを手のひらに拡げ泡立て、今度は頭頂部に投下。
また、消えていく。
「はぁ???」
髪がプレミアムを欲している・・・?
更にもうワンプッシュのDoveを手のひらに拡げ泡立て、ラスト後頭部に接着。
「だめだこりゃーーー!」
三度のDoveよりキューティクル。
髪はモイスチャーを渇望しているらしい。
俺の髪の毛は「Doveの法則」を無視し、泡の無効化、更には泡を吸収するというとてつもない理論を確立させていった。
こんな極寒地獄に長居はしたくなかった。
攻略を考える時間さえもが面倒で洗髪を諦めるしかなかった。
流しにかかかる。
「あっつ!」
今度は熱湯かよ。
我流苦行モードに突入し、「諦めの境地」に入る。
熱湯で頭を流す。
素肌はツルツルなのに、プレミアムモイスチャーは金髪をツルツルの艶々にはしてくれない。
絡まる髪達。
引き千切られて流れていく髪達。
「あ゛っ。」
地味に頭皮の痛覚が刺激される。
5分は熱湯と冷水を交互に浴びせられた。
Doveは流れ切ったのだろうか。
ってか、もう、どうでもよくなった。
体は熱いのか冷たいのか、感覚が狂っていた。
踊るように風呂から脱出し、急ぎ体を拭き、頭を拭く。
ギチブチギチブチ・・・
軋む様な音と共に白髪が幾本も千切れていく。
「もういいや。」
びしょ濡れの髪のまま、下着だけを装備してストーブの火で体を温めながら、髪を乾かし始める。
すると、白くプラチナ色の毛が、天使の羽の様に舞い落ちてくる。
綺麗・・・
と思ったが、毛の焼ける悪異臭が部屋中に充満していき現実へと意識が戻された。
残酷な天使のDove。
髪のケアまではしてくれないらしい。
もう二度とDoveで頭は洗わない。




