74羽:不思議な時間の行方
2016年1月21日
ある懐中時計のCMをみて、らしくもなく物思いに耽ってしまった。
「アイツは元気なのだろうか・・・」
思い出す当時の事。
あれは恋だったのだろうか。
それとも、友情だったのだろうか。
別に今の哀愁とも思える感情を不憫とは思っていない。
当時へタイムマシンで戻って片を付けるとかそういう話でもない。
既婚である俺にも、彼女にもなんの関係の無い話だが、過去の記憶を整理していくと納得できない部分が幾つか浮かび上がる。
事実が知りたいだけの話。
高校2年の時。
同じクラスメイトとして、彼女と出合った。
彼女は男並みにさばさば、物言いは歯に衣を着せず、冗談にもノリ安く、明朗快活で清々しい性格。
そして、美貌は特別に綺麗だった。
白く透き通った肌、童顔を醸し出す猫目、尚且つ端整で凛々しい顔立ち、青味がかった艶のある髪、ショートボブがよく似合った少女。
それ故に、直ぐに男子の中では一番の人気となり、かなりモテていた。
対して俺は普通の高校生。
どこにでもいるような、残念ながら取り分けカッコイイと分類される事もなく、『普通』の高校生だった。
気付けば、男子からは羨望の眼差しが痛いほど、彼女と仲良くなっていた。
「アイツと彼女、付き合ってるんだって。」
そんな噂が立つほど、いつの間にか、いつも隣には彼女が居た。
しかし、事実は付き合ってはいない。
周りの男子は彼女に興味がある。
それを逆手に相談すれば、勘違いで告白されてチグハグな関係になってしまう。
俺は、彼女に対して至って『普通』の感情を装っていた。
俺からすれば高嶺の花であり、俺にも興味は持っていないだろうと思っていた。
男女問わず仲良くしたい。そういう性格だから特別の恋愛感情は浮かばせないようにしていた。
男目線からの答えを教えて欲しかったらしい。
彼女の恋愛相談役だった。
と、確証はないが、そう思っていた。
というか、こと恋愛に関して俺は相当に鈍感。
逆に女心の教授してもらった。
『不思議な時間』。
熱波の続く灼熱の夏。
土日は誰も居ない教室で二人だけで語り合う。
窓を涼やかな風が流れ、彼女のショートボブが軽やかに揺れる。
灼熱の陽光が彼女の背景を眩しく照らす。
時折覗かせる白く透き通った綺麗な顔、輝かしい彼女の瞳の笑顔は形容しがたく愛らしく、それを愛寵として眺める。
「いつかは彼女と付き合ってもいいのだろうか。」
下手な妄想が過ぎる。しかし、彼女の話を聞くことで頭は一杯一杯。
話す内容が無ければ外を見て、部活の風景を眺めては二人でボーっと過ごす。
二人でトランプを繰り返す。
腕時計でもよかったんだろうが、俺は試験用に自前で渋い懐中時計を持っていた。
大した逸品ではなかった。
ステンレス製の部品類、ガラス面内の文字盤は至って普通だったが、開閉ボタンを押せば心地よい「カシャーン」という金属音と共にすばやく開き、閉じれば「カチンッ」と音が響く。
俺のお気に入りの時計だった。
最初はバカにしていた彼女も、それを気に入り、開いては閉じるを繰り返す。
「カシャーン」、「カチンッ」。「カシャーン」、「カチンッ」。「カシャーン」、「カチンッ」・・・
切ない二人の時を刻み続ける懐中時計。
家に帰っても、黒電話で3時間も話し込んだ事もある。
おかげで、家の電話代が高くなった理由をお袋に迫られた事もあった。
それでも、毎日のように語り合う。
他から干渉されない、隔離された二人だけの時間。
いつも一緒にいる。
それだけで俺は幸せだったのかもしれない。
『不思議な時間』だった。
独占すれば男子からは遠目で見られる。そうなることが嫌だった。
だから、彼女が妹であるかの様な兄妹愛へと気持ちを変えるしかなかった。
「アイツには好きな人がいる。でも、俺ばっかに連絡を取り続ける意味の分からない女子もいるんだなぁ。」
下手に不思議がるしかなかった。
だから、一度ストレートに聞いたことがある。
「お前は俺の事が好きなのか?」
「ばーか、好きならもう付き合ってるわ。」
軽くあしらわれる。
俺は、彼女の中ではLOVEとLIKEの境い目の存在だったのだろうか。
それとも、都合のいい男か。
にしても、体を密着して腕組むかなぁ。
嬉しそうに手を繋ぐかなぁ。
今思う。
「あれって付き合ってんじゃねぇ。」
「両思いだったんじゃねぇ。」
と。
『不思議な時間』は数ヵ月後に終焉を迎える。
しかも修学旅行で。
俺が別の女子に、彼女の目の前で告白した時。
いや、彼女の強制で告白させられたと言うのが真実。
そんなに俺は好きだった訳ではなかったのに。
告白した瞬間、彼女は部屋から飛び出して自室へと足早に去って行った。
心配になり、時間を空けて彼女の様子を見に彼女の部屋へ足を踏み入れた。
泣いている。
理由が皆目つかない俺。
強制したのは彼女だ。
言ったのは俺なんだが。
困惑。
目にしたものは、ただただ泣いて蹲る少女。
声を掛けようとした俺を見つけた少女は、ありったけの身近にある服、枕を投げつけ、
「もう、顔も見たくない。近寄るな。」
泣きながら必死で言葉を発し、目は鋭く俺を睨み据える。
言葉を無くし呆気に部屋から追い出された。
それから、話す事はほぼ無くなった。
『不思議な時間』もなくなった。
それから、壁ができ、彼女は彼女の好きだった男子と付き合っていた。
俺は俺で見事に告白の場でフラれて、なにもない『普通』の高校生活へ戻った。
何も変わらない時間が経ち、センター試験間近のこと。
突然、隣のクラスだった彼女から声が掛かる。
「ちょっと、あの懐中時計を貸して。」
一言。
「顔も見たくない、近寄るなとまで言っておいてズケズケやってくる。相変わらずな性格。やっぱりわからん。」
内心で思いながら、
「ちゃんと返せよ。それ、お気に入りなんだから。」
大事な時計を貸す。
彼女は嬉しそうな顔をした様な、してない様な。
前髪のせいでよく顔が、瞳の奥が見られなかった。
これが最後に交わした言葉。
それから卒業を迎えた。
当然、彼女と話す事もなかった。
お気に入りの時計も返ってこなかった。
今でも手元にない。
CMを見て郷愁のように思い出す。
「なんだったんだろう。」
甘酸っぱいと言われれば、甘酸っぱい。
しょっぱいと言われれば、しょっぱい。
苦いと言えば、苦い。
『不思議な時間』。
しかし、『不思議な時間』の真実は今も分からない。
あの時計の内蓋には、俺が秘密の呪文を彫ったような。
『バルス!!』
ウソ。
なんて彫ったかなぁ。
忘れちまった。
失った記憶も感情も全ては時計の中。
まだ、持っているのだろうか。
それとも捨てたのだろうか。
動いているのだろうか。
壊れたのだろうか。
今は、俺だけの時として標準時間通り回っている。
それは、しっかり動いて常に俺を前に進めようとしている事だけが事実。
『不思議な時間』の真実は分からないままの方が幸せなのかもしれない。かな。




