99羽:鬼胎と期待
2016年2月15日
季節外れの暴風雪。
親父の押す車椅子に乗せられた老人が車に乗った事を確認しドアを閉めた。
「よろしくお願いします。」
老人は、はっきりとした口調で運転席に座る俺に向かって挨拶をした。
府に落ちず、つい言ってしまった。
「俺だよ!kootだよ、koot!」
老人は乾いた笑いだけ上げ、後部座席にゆっくり座り込む。
やっぱりかぁ…
覚えてないんだなぁ。
認知障害の一つ、痴呆の影響だと直ぐに分かった。
覚悟はしていたので、会計を済ませている親を待つ間、老人と二人だけで会話を進める。
「どうや?体の調子は?」
「もう死にそうだよ!」
余りの即答さに、
「いや、まだ早いって!」
あってはならない話だけに、空かさずツッコんだ。
「ってか、耳はよく聴こえるみたいだね。」
「あー、煩いくらいよぅ聞こえる!」
「あぁー、そうかい。そりゃぁ、良かったなぁ。」
対お年より用に張り上げていた声のボリュームを落として苦笑した。
先日お袋から宣告された。
祖父が癌を再発した可能性があると共に、余命1年あるかないか、だと。
十数年前までは、頑固、生真面目、精密と言った元祖昭和的祖父だったが、ココ数年の内に痴呆に侵され、俺の事をサッパリ覚えていない。
小さい頃は、ユンボ(ショベルカー)、トラクター、稲刈り機等の農耕機械や、鎌、鍬等の扱い方を厳しく教えて貰った。
それでも、何もかもが新鮮であった俺は、怒られながらも熱心に教わった。それより何もかもが楽しかった。
見渡せば山しかない超田舎。家は隣の民家を除けば数百mは存在しない。
俗世と隔離された浮世の世界の山奥。
盆地ならではの、春は爽やかな風と蝶が舞い鳥が歌う、夏は乾いた熱風と灼熱の太陽に襲われ、秋は山菜・果実が実り、冬はしんしんと雪が積もり時折の風が窓を静かに揺らす。
元とした自然が癒しを与えてくれる。
水は綺麗な井戸水。夏は水でキンキンに冷やしたきゅうりとトマトが最高に美味く、冬になると何故か水が暖かい。不思議な井戸水。
雪が積もる中、こたつに埋もれる様にして食べるみかんが美味しかった。
珍味も珍しく、マムシ等のヘビ類は勿論、スズメバチの幼虫やサナギの素揚げ、猪肉、鹿肉、馬肉、山菜系、珍しい川魚等、田舎ならではの高級珍味をふんだんに味わった。
そんな祖父の家。
今日見たの祖父の外見は当時の厳格な面影を全く残してはいない。
同様に家も堂々の風格は無い。
『老い』という人と物の運命に抗う事が出来ない事を、自らが体言していた。
循環器系の病院で入院をしていたが、そこでは精密に検査出来ず病状がはっきりしなかった。今回、総合病院へ転医することになった。
もしかしたら祖父の死に目に会えないかもしれない。いや、もしかすると二度と会えないかもしれないと鬼胎した。
だからだろうか。
出不精である自身が、ドライバーとして親を乗せ、車を走らせた。
総合病院で検査しひたすら待った。
暇つぶしに本を持って行っていたので時間はあまり気にはならなかったが、親は相当暇で疲れた様子だった。
待つこと5時間後、遂に結果が出た。
幸い癌ではなかった。
『総胆管結石症』。胆管に結石が詰まる病気で、4箇所で詰まっているそうだ。
内視鏡で手術が出来、約2週間で退院可能らしい・・・
なっ・・・
なんだったんだ、あの宣告は・・・
87歳と高齢である為、家族は憂慮し死の宣告を覚悟していたはずだが、祖父自身が「もう死にそうだよ!」と言っていたのは冗談だったのか。
してやられた。
と、憂虞であってほしい。
また元気になって、俺の事も思い出すよな。
そして、大往生するよな。




