2 増加する茄子
結花は本屋の勤務が遅番で良かったと溜め息をつきながら、スーパーの袋に茄子を10個ずつ詰めていく。
「ええっと、隣近所5軒ぐらいに……」
それでも大量の茄子が引き出物の袋の中には残っていたが、これぐらいなら冷蔵庫の野菜室に入るだろうと、呑気にアイスティを飲んでいた。
「ピンポン」少し嫌な予感がしたが、インターホンを取る。
「茄子を頂いたから、お裾分けします。
玄関に置いといたからね」
結花が茄子はありますと答える隙も与えず、隣人は立ち去った。
素早い逃げ足に、もしや隣人も茄子を持て余しているのではと疑問が湧いた。
「もしかして、近所はどの家も茄子を貰ったの?
そういえば、誰がくれたのだろう?」
何時もなら母親がくれた農家の人に電話したりして、お礼を言ったり、何かの時にお裾分けをしたりするのだが、今朝は慌ただしく旅行へ行ってしまった。
「ええんかなぁ~、誰がくれたとも解らんのに……」
ボンヤリとしている内に茄子が増加する。
「ピンポン」という音が鳴る度に、茄子が増えていく。
結花の母親なら、あら、家も貰ったのよ! と速攻で返しに行くだろうが、まだ未熟者なので、大阪のオカン相手は荷が重い。
玄関に置いてある茄子を眺めて、これは近所にも配られたのだとガックリする。
「近所が駄目ならバイト先に持って行こう!」
取りあえずスーパーの袋に詰めた分だけでも減らそうと考えながらシャワーを浴びる。
「鍵は掛けたし、火の元は使ってない!」
いつもは専業主婦の母親がいるので、鍵を掛けることもない。
結花はガサゴソと茄子の入ったスーパーの袋を5個持ってバイト先へと向かった。
「いゃあ! 茄子やわ! 私も貰ったのよ~」
「もう、間が悪いなぁ~、昨日買ったんよ~」
「スイカで満杯なのよ~、茄子4本だけ貰っていくわ」
パートの主婦なら喜んで貰ってくれるだろうと考えていたが、それぞれ夏場は冷蔵庫の容量と相談しなくてはいけない。
でも、どうにか4袋ははけた。
「そうだ! ナンベーにあげよう」
結花は同じモールの診療所でバイトに来ている兄の友達に茄子を押し付けることにした。
南部という医者の卵なのだが、結花とは友達以上の恋人未満という微妙な関係が続いている。
青年海外協力隊に入りたいと言って、医者の親から勘当された南部はアパートで一人暮らしだ。
自炊しているなら、茄子も食べるだろうと考えた。
「茄子は好きだけど……俺は唐揚げしか作ったことないねん」
そういえば弁当のおかずは何時も唐揚げだったと結花は今更ながら驚いた。
「結花のお母さんに料理して欲しいなぁ~
サージのお母さん、料理うまいからなぁ~」
兄は西園寺という名字からサージと呼ばれていたし、自分も南部からナンベーと呼んだりしているくせに、結花は何故かカチンときた。
『お兄ちゃんの妹に過ぎないのかな?
お母さんの料理目当てで、会っているだけなん?』
春から何となく付き合っているような感じだけど、どうも恋人には発展しそうにないと結花は溜め息をつく。
母親は結花のお弁当を作るついでにと、勘当されたナンベーにも弁当を作って持たせていた。
自分の手作り弁当でない所からして、結花のお子様振りが透けて見えるが、本人はちゃんとした? いや、契約社員だから半人前の社会人のつもりだ。
南部は友達の妹ということや、結花が箱入り娘として大事に育てられたのを知っているので、なかなか次の段階に進めないのだ。
「お生憎様、お母さんはお父さんと旅行やねん」
ツンとして茄子を持って仕事先の本屋に帰る結花を南部は心配そうに眺める。
「あんな大きい家で一人で留守番……
大丈夫かなぁ? サージに帰ってくるように言おうかな……」
南部は両親の旅行中というシチュエーションに妄想を抱いて、それをかき消す為に友達を思い出す。
遅番で帰った結花は、鍵を自分で開けるのから面倒に感じる。
「うわぁ~! しもた! 真っ暗や」
門の灯りは夜になると自動でつくし、庭の灯籠にも灯りはついたが、玄関も廊下も真っ暗だ。
それでも産まれ育った家なので、どうにかスイッチを探り当てて灯りをともす。
玄関の戸を開けっ放しで入ったので、閉めに行くと、陰に茄子の入った袋が置いてあった。
「留守中に置かれたんだ!
これでは一生茄子から逃れられない」
折角、40個減らしたのに、増殖する茄子にウンザリしながら、結花はベッドに入った。
夢の中で茄子達に『早く食べてくれんと、しなしないになるわ~』と追いかけられて、すっとんと落ちて目が覚めた。
「茄子め! ナンベーめ!
料理ぐらいできるわ!」
一富士、二鷹、三茄子! 自分の夢は吉兆なのか? と思いながら、先ずは兄を呼び出すことから始める。
両親のいない家に微妙な関係の南部を呼ぶのは、恋愛経験0の結花には敷居が高い。
兄の妹に過ぎないの? と怒っているくせに、臆病な結花なのだ。