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如月先輩  作者: みゅう
3.手紙
7/16

3-1 秘密

 それからの一週間は特に何事もなく過ぎていった。どうやら、長峰(ながみね)さんが約束を守ってくれたらしい。――などと油断をしていたらこれだ。

 下駄箱の中に一枚の紙が入っていた。便箋(びんせん)なんて良い物ではなく、安っぽい印刷紙だ。そこにはパソコン特有の人間味のない字で、こう書かれていた。

《先輩と親しくするな。私はお前の秘密を知っている。バラされたくなかったら、精々大人しくする事だ。》

 読み終えた紙を丸め、ズボンのポケットに突っ込む。

 しょうもない。おそらく、こいつの言っている〝秘密〟とは、俺がきー(ねぇ)と一緒に住んでいる事だろう。だが、俺ときー姉は従姉弟(いとこ)同士、親戚だ。別に一緒に住んでいても何ら問題ない――いや、待てよ。問題はそんな一般論ではないのか。それを聞いた人、特に生徒達がどう思うかで……。

 脱いだ下履きを下駄箱に入れ、代わりに上履きを床に(ほう)る。それに足を通すと、俺は教室へと歩き始めた。

 大体、親しくとはどういう事だ。俺ときー姉は確かに親しい。しかし、それは親戚の範囲内で説明が付く親しさだし、尚且(なおか)つ学校では他人を装おっている。現状に問題らしい問題はないように思えるが……。

「――君」

「うわ!」

 顔を覗き込むように声を掛けられ、思わず()()る。

「びっくりした」

「ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなくて」

 声を掛けてきた相手――宮本(みやもと)さんが申し訳なさそうに縮こまる。

「いや、俺の方こそごめん。少し考え事をしてて」

「そうなんだ……」

 そのまま、どちらともなく黙り込み、無言で肩を並べて二人で歩く。

「宮本さんは電車通学だっけ?」

 沈黙を打ち破るため、どうでもいい話題を振ってみる。

 通学手段については、話すようになって少しして宮本さん・田口(たぐち)さんとの会話の中で話題に出て、お互いに話していた。

「うん。毎日、片道一時間以上。結構、大変だよー。今日も電車遅れちゃって……。危うく、遅刻しちゃうところだったよー」

 先程までの沈黙も影響しているのだろう、宮本さんがおどけた調子で言う。

金城(かねしろ)君は居候(いそうろう)中だったよね?」

「そう。毎日、気ぃ(つか)って本当に大変。親戚の家とはいえ、居候は肩身が狭いよ」

「家には誰が住んでるの?」

伯母(おば)さんと伯父(おじ)さんと、後はイトコ」

「へぇー。女の子? 男の子?」

「女の子」

 別に隠す必要はないので正直に答える。

「美人?」

「まぁ、美人かな?」

 (はた)から見ても、俺から見ても。

「そっか……。金城君から見てもやっぱり美人なんだ……」

「やっぱり?」

「へ? いや、その、金城君のイトコなら、やっぱり美人なんだろうなって」

「え?」

 それって、どういう……?

「あっ。違くて。そういう意味じゃなくて。客観的な判断であって、私の主観とは関係ないというか。蛙の子は蛙とも言うし」

「落ち着け」

 軽い錯乱(さくらん)状態に陥っている様子の宮本さんの額を、弱くはたく。

「あう」

 妙な声を出し、宮本さんが後ろに一歩後ずさる。宮本さんの足が止まったので、俺も足を止める。

「落ち着いた?」

「はい……」

 額を押さえ、上目(づか)いで俺を見る宮本さん。

 もしかして、宮本さんって……。いや、確証はないし、今は止めておこう。

「行こうか」

「うん」

 宮本さんを促し、再び歩き始める。

 その後、教室に着くまでの間、宮本さんのテンションは異様に高く、また口数もいつも以上に多かった。


「――という感じなんですけど、どう思います?」

 放課後、ウチに来ていた柚希(ゆずき)さんが一人になったタイミングを見計らい、これまでの流れを軽く説明した。ちなみに、きー姉は今台所でお菓子作りに没頭している。余程大きな声で話さない限り、リビングの俺達の会話は聞こえないだろう。鼻唄混じりだし。

「その程度なら、まだ放っておいてもいいんじゃないか。相手がどのくらい本気かも分からないし」

「ですね」

 俺も元々はそうしようと思っていたので、柚希さんの意見には全面的に賛成だ。

「しかし、意外に早かったな。君と姫紗良(きさら)の関係がバレるのは、夏休み前くらいと踏んでたのだが」

「バレる事は前提だったんですね」

「それはそうだろう。いくら必死に他人を装おった所で、親戚同士、ましてや一緒に住んでいてはバレない方がおかしい」

 おっしゃる通りで。

「これから俺はどうすれば?」

「まぁ、開き直るかこれまで通り他人を装おうかどちらかだろう」

 それは今の状態が続く場合の対策法だろう。なら、

「もし大々的に俺達の関係がバレたら?」

「開き直るしかないな、その時は」

「そんなー……」

 殺生(せっしょう)な。

「うふふ。さて、どうなる事やら」

 他人事だと思って、楽しそうに笑う柚希さん。

「もういっそ、実際に付き合ってしまえばいいんじゃないか?」

 そして、突如、とんでもない事を言い出す。

「はい?」

 何言っているんだ、この人。

「だって、どうせ叩かれるなら、親戚としてではなく恋人としての方が君もまだ納得出来るだろ?」

 言わんとしている事は分かる。分かるが――

「俺ときー姉が付き合ったら、学校側から問題にされますよ」

 何せ、一緒に住んでいるんだから。

「ほら、その辺はうまく誤魔化してだな……」

「何の話?」

 お菓子作りが一段落したのか、きー姉が台所からこちらにやってきた。

雅秋(まさあき)君は、姫紗良にファンが多過ぎて気が気でないらしい」

「は?」

 突然向いた矛先に驚く俺に、柚希さんがウィンクをしてみせる。

「あら、ヤダ。まーくんってば、そんな事考えてたの?」

「いや、別に……」

「大丈夫。私の目にはまーくん以外映ってないから」

「……」

 そんな台詞(せりふ)を満面の笑顔で言われて、俺はどう反応すればいいんだろう。

「お菓子はもういいの?」

 返答に困り、話題を換える。

「うん。後は焼き上がりを待つだけ」

 言いながら、俺の隣に腰を下ろすきー姉。相変わらず、距離が近い。

「お菓子も作れて、料理も出来る。掃除・洗濯もそつなくこなすし。こりゃ、姫紗良をお嫁さんにする男は幸せ者だな。なぁ、まーくん?」

「そうですね……」

 いちいち、俺に振らないで下さい。いいじゃないか、別に。――というような会話を、柚希さんと目線だけで交わす。

「結婚か……」

 しかし、思ったよりきー姉の食い付きは悪く、俺は内心でほっと胸を撫で下ろす。

「なんだ、姫紗良はあまり結婚願望がないのか?」

 柚希さんもこの反応は想定外だったらしく、少し拍子抜けの様子だった。

「そういうわけじゃないけど、まだ先の話でしょ? 最短でも二年後、就職やら何らやらを考えたら更に四年以上……」

「ん? 女性は十六で結婚出来るから、最短なら半年後じゃないか?」

 きー姉の誕生日は、十月。そして、今年きー姉は十六になる。

「え? 女性は十六だけど、男性は十八でしょ?」

 何を当たり前の事を、といった風にきー姉が言う。

「……なるほど。姫紗良には、もう具体的な結婚相手が頭に浮かんでいるわけだな」

 そう言う柚希さんの表情は、若干呆れ気味だった。

「あれ? そういう話の流れじゃなかったっけ?」

 きー姉は、柚希さんが何を問題視しているのか分かっていないようだ。

「いや、何でもない。雅秋君、大変だろうけど、頑張ってくれ」

「はー……」

 そう言われても、何をどう頑張ればいいものやら。

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