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如月先輩  作者: みゅう
エピローグ
16/16

6-1 世界で一番素敵な人

 放課後。廊下を歩いていると、前方から見知った人物が歩いてきた。

「あら、如月(きさらぎ)さん。これからお仕事?」

「ええ」

 丸山(まるやま)先生が立ち止まったので、私もそれに(なら)う。

「あの、色々とありがとうございました」

「うふふ。その様子だと上手くいったみたいね」

 上品に微笑(ほほえ)むその姿は、女の私でもドッキとする程、可愛らしくまた美しかった。

「相談に乗ってもらっただけじゃなくて、その、発破まで掛けて頂いたようで」

「いい子なんだけどね、決断力に欠けるというか、下手をすれば八方美人になり兼ねない性格よね」

 先程から主語がないのは、周りに話を聞かれた時のためだ。日頃から丸山先生とまーくんの話をする時は、いつもこんな感じで喋っている。

「少し心配です」

「しっかり捕まえておかないとダメよ。あんな優良物件、中々ないんだから」

 丸山先生のいい回しに、思わず笑いが(こぼ)れる。

「え? 何?」

「いえ、私の事をそう勧めてくれた友人がいたので、つい」

「そうね。お互い優良物件の、まさにお似合いの二人だわ」

「はい。ありがとうございます」

 私があまりに強く肯定したためだろう。丸山先生が一瞬、目を丸くする。

「うふふ。ごちそうさま」

 丸山先生と別れ、再び生徒会室に向かって歩き出す。

 生徒会の仕事は、およそ一時間で終わった。

 一緒に帰ろうと何人かから誘われたが、寄る所があるからとそれを断り、私は一人生徒会室を後にした。

 学校から歩いて数分の場所に、そのお店はあった。

 扉を開け、中に入る。相変わらず、お客さんは少ない。というか、いない。現在、店内にいるお客さんの数はゼロだ。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは、百合(ゆり)さん」

「あ、姫紗良(きさら)ちゃん。久しぶり。元気してた?」

 微笑み挨拶をする私に、百合さんは満面の笑みで応えてくれた。

 カウンターの隅に腰を降ろす。右か左、どちらか空いている方の隅に、私はよく座っていた。

「最後に来たのが三月だから……もう一ヶ月近く?」

「すみません。ちょっと、家の中に変化がありまして」

 去年まで私は、学校帰りによくこのお店に立ち寄っていた。学校で疲れた気持ちをここで癒してもらうためだ。しかし、三月の途中からは、ここより私を癒してくれるまーくんが家に来たので、学校帰りに寄り道をする事がなくなった。

「変化って、何があったの? あ、いつものでいい?」

「はい。それが……」

 私はこの春から従弟(いとこ)がウチに居候している事、その従弟がとても素敵な男性である事、そして付き合いだした事を百合さんに報告した。

 私の話を聞きながら、百合さんはミルクティーを作り、私の前に出してくれる。

「おめでとう。こんな可愛い子を射止めるんだもの、よっぽど素敵な男性なのね、彼」

「あの、ここに呼んでもいいですか? 百合さんに会ってもらいたいんです」

 百合さんは、私にとってお姉さんみたいな存在だ。だから、ずっとまーくんをいつかは紹介したいと思っていた。私がこの世で一番だと思っている彼を。

「もちろん」

 百合さんから笑顔で了承を得た私は、自分の携帯からまーくんの携帯へと電話を掛けた。

「あ、まーくん? 今、何してた? へ? ゴロゴロ? もうダメだよ、そんなんじゃ。うん。そう。生徒会はもう終わって。それでね、もし暇だったら、ちょっと出てこない。うん。今、行き着けの喫茶店にいるんだけど、〝ルーブル〟っていう。え? 知ってる? しかも、結構、行ってる? うん。分かった。待ってる」

 通話を終え、携帯をカウンターの端に置く。

「彼、来るって?」

「はい。で、この店の常連だって言うんですけど……」

 しかも、結構の頻度で来ているらしい。

「常連? 待って。まーくん? もしかして、彼の名前って、雅秋(まさあき)?」

「え? 百合さん、知ってるんですか? まーくんの事」

「へー。あの子が姫紗良ちゃんの……」

 百合さんが、意味あり気な視線を私に向けてくる。

「な、何ですか……?」

「べっつにー。姫紗良ちゃんは、ああいうのがタイプなんだって思って」

「ダメ、ですか?」

 もちろん、私がまーくんの事を素敵だと思っていればそれでいいのだが、やはり人の――特に知り合いの評価も気になる。

「ダメじゃないよ。うん。姫紗良ちゃんにぴったりの素敵な男性だと、お姉さんも思います」

「百合さん……」

 百合さんにそう言ってもらえると、凄く嬉しい。

「そっか、そっか。雅秋君が姫紗良ちゃんの」

 そして、私だけでなく、百合さんもなぜだかとても嬉しそうだった。


 その後、まーくんが来て、三人で色々話した。

 ここが私の行き着けの店である事、百合さんが私にとって姉のような存在である事。

 ここがまーくんの行き着けの店である事、親衛隊に所属している女の子と何度かここで会っていた事。

 二人が付き合い始めた経緯や今までの事、お互いの好きな部分、直して欲しい部分。

 私達の話を、百合さんは時にからかい、時に真面目に聞いてくれた。

 気が付くと、時刻は六時半を回っていた。

 私達は百合さんにお礼と謝罪を告げると、慌てて店を後にした。

 今日のお代は、百合さんのご好意に甘えてタダにしてもらった。これからは、もっと来るようにしよう。

 店外に出て、二人並んで歩き始める。

 考えてみたら、制服姿でまーくんと肩を並べるのは初めてかもしれない。といっても、まーくんはジーパンにポロシャツの私服姿だが。

「にしても、驚いたな。まさか、〝ルーブル〟がきー(ねぇ)の行き着けの店だったなんて」

「それを言うなら、私もだよ」

 知らず知らずの内に、二人で同じ店を行き着けにしていたなんて。

「感性が似てるのかもね、俺達」

「だね」

 好きな人と感性が似ている。それはきっと、とても素敵な事だ。

「まーくんと私はお似合いなんだって」

「何だよ、それ」

 私の言葉に、まーくんが恥ずかしそうに苦笑する。

「だって、丸山先生と百合さんがそう言ったんだもん」

「なんで、丸山先生?」

「前々から色々な相談に乗ってもらってて」

「あ。そうなんだ」

「まーくんもでしょ?」

「……まぁね」

 認めつつも、若干嫌そうだった。相談した内容が内容だからだろう。

「どこまで聞いたの?」

「別に。まーくんか私の事を相談した事と、発破掛けておいたって事ぐらい? なんか、私に聞かれちゃ不味(まず)い事でもあった?」

「そうじゃないけど……」

 明らかに何かを隠している風だったが、これ以上は深く追求しないでおく。恋人だからといって、何から何まで知らなければいけないわけではない。

「まーくんは、丸山先生や百合さんみたいな大人の女性がタイプなのかしら」

「俺は、一見完璧そうだけど、実はそうじゃない、可愛らしい甘えん坊な女性がタイプかな」

 嫌みに対し、完璧な返しをされ、私は何も言えなくなった。

 こういう所は、本当にズルいと思う。また、こういう台詞(せりふ)が似合ってしまうのだ、まーくんは。

「やっぱ、可愛いよ、きー姉は」

 そう言って、まーくんが笑う。

「もう。からかって」

「ごめん、ごめん。でも、可愛いのは本当だから」

「……もう」

 まーくんは、本当にズルい。

 昨日、私の両親に二人が付き合い始めた事を報告した。といっても、まーくんがほとんど喋ってくれたので、私はただ椅子に座っていただけだったが。

 お母さんは満面の笑みで、お父さんは複雑そうな顔で、私達の関係を認めてくれた。夏休みになったら、まーくんのご両親にも会いに行くつもりだ。もちろん、従姉(いとこ)としてではなく彼女として……。

「うふふ」

「何? どうしたの?」

「ううん。何でもない」

 そう言うなり、私はまーくんの腕に自分の腕を絡め、腕に抱き着いた。

「ちょっと!」

 まーくんの慌てた様子か可愛くて、いっそう強く抱き締める。

「いいじゃない、別に。付き合ってるんだし」

「だけど、誰かに見られたら」

「その時はその時って事で」

「きー姉」

 うわぁ。このやけに落ち着いた声と顔は、まーくんが本気で怒っている時のものだ。

「ごめんなさい」

 私は慌ててまーくんから体を離すと、全身で反省の意を表した。

「きー姉は何もしなくても目立つ上に、今は俺も目を付けられてる状況なんだから、あまり不用意な行動は取らないように」

「はーい……」

 更に落ち込む私を見て、まーくんが溜め息を漏らす。

「家に帰ったら、いくらでも甘えていいからさ」

「まーくん!」

 再び抱き着こうとした私の顔の前に、まーくんの手の平が現れ、それを拒む。

「待て」

「だから、犬じゃないって……」

 何気ない()り取り、何気ない日常が今の私には、とてつもなく愛おしい。その理由は、隣に大好きなまーくんがいてくれるから。

「きー姉」

「ん?」

「俺、頑張るから。きー姉の隣にいてもおかしくない、そんな男性になれるように頑張るから」

 目を見開き、まーくんを見る。

 感動、喜び、嬉しさ、愛おしさ、まーくんを大好きな気持ち……。様々な感情が私の中に去来する。

「あはは」

 けど、そんな私の口から零れ出したのは、それらの感情とは程遠い、笑いだった。

「あの、俺、結構マジだったんだけど……」

 思っていた反応と違ったのだろう。まーくんが凹む。

「ごめん、ごめん。違うの」

 私は笑いに寄って生じた涙を拭き取りながら、弁解をする。

「まーくんが頑張るなら、私はもっと頑張らなきゃなって思って」

「え? どういう事?」

 訳が分からないといった様子のまーくんに、私は笑顔で告げる。

「だって、私にとって、まーくんは世界で一番素敵な男性だもん」

 私の隣で、私の大好きな人が、恥ずかしそうな、照れ臭そうな笑顔を私に向けた。

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