0003.死神長クロウ・クルワッハ
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死神長クロウ・クルワッハ。
上級死神の中でも、最古参の彼は、異質な容姿をしていた。
一言で言うならば、彼は漆黒の竜人の姿をしていた。
何故、人間姿でなくても良いのかと言えば、それは彼ほどになるともう、現場に出る事は無いからだ。
人間形態とは別に、自由な姿を取れるというのは、上級死神の特権の1つであった。
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「そうか、天宮カレンは既に『契約済』だったのか」
「はい。『契約』が何を意味するのかは私には分かりませんが、私の愛銃は、彼女には通用しませんでした」
「それで、彼女を取り逃がしてしまったと。そう言うのだな、セシリス・アトラクト・カーパス?」
「『特別弾』は携行しておりませんでしたので。残弾を撃ち尽くすまで戦っても倒せないと思いましたし、そうなれば逆に、私の方が殺される可能性も有ります。イレギュラー過ぎる状況で有る以上、あれが最善の選択だと判断しました」
「……ふむ。確かに、死神が人間如きに殺されるなど、笑えない冗談だな。仕方ない、下がって良いぞセシリス」
最後に一礼して退室する彼女を確認すると、眉間を揉み解しつつ、ため息をつく。
「全く、主神も戯れが過ぎる」
これから起きるであろう事を思うと、今のうちから憂鬱な気持ちになるのだった。
これまで数多の世界が、主神が無聊に耐え切れなくなった事により、滅ぼされている。
恐らくはこの世界も、『前例』のように滅びてしまうのだろう。
この世界が好きだっただけに、立場上何も出来ない事が、悔しくて悲しかった。
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「……はぁ。まさか、死神長が直々(じきじき)に呼び出すだなんて、思わなかったわ」
ことはそれだけ大事なのかしら――って、そんな事考えるまでもないわね。
死神が人間を殺せないなど、その時点で既に、笑えない冗談だ。
契約者かなにか知らないけれど、私の力が通じないなんて、中級死神になって初めての事だった。
私が疲れて机に突っ伏していると、友人の優しい声がした。
「あ、死神長の話は終わったんだね。セシリスにしては珍しく、疲れた顔してるけど……一緒に食べに行かない? 愚痴なら聞くよ?」
「……ありがとうナムセヌス。でも大丈夫よ、ちょっと緊張しただけで、特に叱責された訳じゃないから」
「むー、なら良いけどさ、溜め込んじゃダメだよ? ストレスはちゃんと、発散しなきゃね」
「こんなの、ちょっと気分転換すれば、それで充分よ。そうね、ケーキでも食べに行かない? 確か、新作出てたと思うし」
「なはは、セシリスは相変わらず甘いもの好きだねぇ。新作かぁ、どんなのか楽しみ楽しみだよ」
友人との会話に癒されつつも、私は頭の隅で考えていた事がある。
それは、あの少女についての事だった。
死神弾で殺せなかった事だけでなく、もっと根本的なところで、異質な気がしていたから。
本来ありえない筈のイレギュラーなのに、何故か予定調和な気もしていたから。
人は、『分からない』事に対して、恐怖心を覚えたりする。それは、私達死神でも、同じことだ。
私の攻撃が通じなかった以上、その謎に対して恐怖心か、警戒心を持って当然だというのに。
(私はどうして、彼女に対してこんな――親近感を感じているの?)
何度思い返してみても、彼女に対しては、温かい気持ちばかりが湧いてきてる。
そんな自分が理解できなくて、戸惑って、でも何故か少し嬉しかった。
死神長との会話ではなく、自らの謎に対してこそ、私は疲れていたのだった。
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「始まったか」
世の無聊を慰める、世界を滅ぼしかねない危険な遊戯。
余波が他の世界に向かわないよう、既に隔離は完了している。
世界が滅びようが、そんなもの知ったことか。
もう、世には耐え切れなかったのだ。
昨日と同じ今日、今日と同じ明日、満たされない日々を過ごすことが。
死んで解放される事すら出来ない世は、どれだけ空しく感じていようとも、主神として在り続けなければならない。
永遠の時を生きるというのは、どれほど残酷なことか。
だから――
「世を楽しませてくれよ?
死神:セシリス・アトラクト・カーパス。
契約者:天宮カレン。
お前たちは、その為に創ったのだからな」
これからの事に対して、期待の笑みを浮かべずにはいられなかった。
*クロウ・クルワッハ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%83%E3%83%8F
死神長の名前の由来は、ケルト神話に出てくる、暗黒竜と同一視される事も有る神です。