葛藤
年末の(コミケで)お忙しい時期ですが、皆さんいかがおすごしでしょうか。
書籍から来て下さった方、はじめまして!
いつも読んで下さっているなろう民の方々、本当にありがとうございます。
おかげさまで 12/27に、2巻が発売されました。
WEBとは違うエピソードを盛り込んで、頑張っております。
これからもどうぞよろしくお願い致します。
あの後部屋に戻り、何があったかイズーに話した。
「ノアは何も悪くありません。目の前で苦しんでいる知り合いを助けて、何が悪いのでしょう」
「……陛下の言うように、誰かに任せて、俺は手を出さなければよかったのかもしれない。俺のせいで、陛下達に迷惑が……」
「陛下に呼ばれてしまえば、ノアはどうする事もできません。何かしても、しなくても、結果は同じだったように思います」
それなら、レンジーを助けられただけ良かったのかもしれない。
彼女を助けないで引っ込んでいたら、もっと立場は悪くなっていたかもしれないのだ。
先王陛下の判断は間違っていないのだろう。
ロトス帝国の使者が帰って数日。
王の説明では、今すぐロトス帝国に行くような事にはならないと言われた。
だが、絶対にロトス帝国へ連れて行かないとも言われていない。
王宮にいる近衛兵のステータスも見終わり、俺は隊の見直しを行っていた。約五分の一の近衛兵が、新しく決めた基準に不合格であると分かった。
その中には、以前ヒゲの兵士長と紅白戦をした時知り合ったワットもいる。
基準。ステータスの数値を参考に、平均のラインを作ったもの。
この基準は、何も俺ひとりで決めた訳ではない。
平均のラインは、ギルドで集計した数字を元に、冒険者や傭兵、騎士団などの平均を見て、近衛兵ならばこのくらい無ければ、王宮を守る者として相応しくない、と決められたものだ。
体力と魔力の数値と、健康である事。
主にこれで判別され、極端に体力に偏った者、魔力に偏った者、特殊なスキル保持者については、親衛隊のロバート達に判断を任せた。
五分の四の合格者には、これから騎士団や傭兵・冒険者との合同訓練なども行なってもらう。
指揮系統の再編については、もう少しゆっくりやっていく事になっている。
俺が口出ししても拗れるだけだと思うのだが、一応上の指揮官に向いていると思う者を教えて欲しいと、ロバートに言われている。
実際戦った仲間同士でないと、信頼関係なんか分からないだろう。
そう言ってみたものの、ここは立場や血筋に関係なく、素質のある者を知りたいと言われた。
これはスキルだけでなく、ギルドの窓口で傭兵や冒険者を見てきた俺の勘を頼りにしてくれているようだ。
パーティーも、人数に大小あれど組織のひとつだ。
仲間の能力を生かし、まとめる力というのは、数字だけでは計れない。
近衛兵は実戦経験も少ないので、合格者に関しては、これから先の訓練で見極めていくしかないだろう。
今回の件で、辞めた近衛兵もいる。
それに、兵の増強も行いたいと王は言っていた。
つまり、近いうち新しい基準を元に、民衆も含めた近衛兵の新規雇用を行うらしい。
俺個人は大賛成だが、果たして王宮が民間人や獣人を近衛兵として受け入れられるのか疑問だ。
五分の一の不合格者だが、これは本人達のやる気次第だ。
健康でない者は、そもそも近衛兵として王宮にいても、これから先遠征などがあった際に、皆について行く事が難しいだろう。
それでも、王宮で働きたいという者は、相談に乗って仕事を斡旋した。
体力・魔力が基準に満たない者は、三ヶ月の猶予の中で各々力を付けてもらう。
教本を参考に頑張れば、合格者達を抜く事だって可能だ。
その辺りの説明会を、行なっているのだが、皆浮かない顔をしている。
「三ヶ月なんて、無理だ……」
「どうせ、俺なんて近衛兵に相応しくないんだ」
そう言って、いじけている人はまだいい。
基準が理不尽だ、不当だと言って、自分が不合格だと認めない者もいれば、諦めて王宮を去って行く者もいる。
「皆、よく聞け。これは陛下も認め、決めた事だ。去る者は引き止めない。だが、近衛兵として王宮に迎え入れられた時の事を、もう一度思い出してほしい」
ロバートが、不合格者に対して大きな声で言った。
「王の力となって、アルビオンの民を、家族を守ると己の剣に誓った日の事を」
皆、自分の剣を握り締めている。近衛兵になった時の事を思い出しているのだろう。
もしくは、それぞれ守るべき人の顔を思い浮かべているのかもしれない。
ここにいるのは、力が足りないと言われ、合格者に馬鹿にされても、近衛兵としてありたいと残った人達なのだ。
「俺、この間戦ってみて分かったんだ。お前達、本気で訓練してたか? 毎日、全力で走ったか?」
ワットが、ポツポツと話しだした。
「どうせ、強い奴には敵わない。力を抜いて、上に怒られないように上手くやろう。睨まれないように、上手くやろう。騎士になれるチャンスがあれば、それもいい。俺はそう思ってた」
でもさ、と苦しそうな表情でワットは続ける。
「それで、実際戦ったらアレだ。いくら落ちこぼれでも、実力が足りないのは自分の責任なんだ。出来なければ、訓練するしかないのに、やり方ひとつ変えずにこうなっちまった」
「分かってるさ、俺達だって。でも、最初からそうだった訳じゃねぇ」
他の人が、口々にそうだと言い始める。
「俺もそうだ。だからさ、これはチャンスなんだよ。ノアさんは、家柄や力が全てじゃないって、俺に教えてくれた」
「力が全てだから、こうして不合格なんだろうが」
「違う。だったら、最初から王宮を追い出されてるよ。ノアさんは、俺の力の使い方を教えてくれた。負けたけど、初めて自分に自信が持てたんだ!」
「……ワット」
「この前は三日だった。今度は三ヶ月あるんだ。合格した奴らは、絶対に油断してる。これで自分達は安心だって。でも、これから俺達が相手にするのは仲間同士じゃなくて、暗黒期のモンスターだ。だろう、ノアさん?」
「……そうだ。これから三ヶ月かけて、体力や魔力だけじゃなくて、皆にあった力の使い方、スキル習得を手伝うよ。暗黒期から国を守るために、皆を強くしたい。その為に俺はここにいるんだ」
ギルドの窓口とやる事は同じだ。彼らが一人でも多く、生きて帰ってこれるように。
ワットと俺の言葉に、多くの人が決意を固めたようだった。迷っている顔の人もいる。
兵士は自分以外の為に命を使うという選択をする。その覚悟はすごいと思う。
ロバートが皆を見渡して言った。
「今日の夜までに決めるように。立ち去る者は荷物をまとめて、城を出るんだ。厳しいようだが、迷いがある者は取り残されるだけだ。明朝から訓練をはじめる。いいな?」
どのくらい残るだろう。
朝早く訓練所の宿舎に顔を出した俺は、そのガランとした室内に目を見張った。
「誰もいない……?」
――そんな。
一瞬、言葉を失う。
やはりプライドを傷付けられて、我慢ならなかったのか。
俺が気に食わなかった?
モンスターと戦う事が、彼らを及び腰にさせたのだろうか。
「そうだ、ワットは?」
彼は残る事に前向きだった。
きっとどこかにいるはずだ。
表にでた俺の目の前を、昨日の面々が走り去っていった。
「あ、ノアさん。おはようございます!」
「お、おはようワット。いったい、皆どうしたんだ?」
出会った時とも、昨日とも違う。晴れ晴れとした顔で、ワットは笑った。
「走り込みです! 誰よりも早く始めなきゃ。ただでさえ、俺達は遅れてるから。気がついたら、自然と皆集まってて」
「皆、いるのか?」
「ええ、皆。昨日あそこにいた全員です」
2015/01/12 修正