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平和の終わり

「皆に集まって貰ったのは他でもない。我が国は年々、国境侵略の危機にさらされている。来る日に備え、アルビオン王国は、軍の強化に踏み切る事にした。ノア・イグニス・エセックス!前へ!」


「はい、陛下」


 俺は今、謁見の間にずらりと並ぶ人々を、王の隣で眺めている。

 貴族達の冷たい視線が刺さる。だが、下がる場所はない。俺はもう後戻りできないのだ。


「知っている者もいるだろう。彼は、エセックス辺境伯の縁者で、アビリティースコアというスキルの持ち主だ。彼の協力を経て、手始めに、近衛兵団の入団基準を見直す。また、軍役を課す兵に、教本を中心とした訓練をするよう、徹底させる」


「例のスキルの持ち主を、アルビオンで独占するというのか……」

 

「ロトス帝国が黙っていない!」


「そんな……、先代が築いてきた平和な世を、陛下は終わらせる気でございますか!」


 ざわめきが広がる。

 軍の強化を表明するというのは、戦争の準備をすると言っていると捉えられてもおかしくない。来る日、暗黒期に備えるためだと言うのも、他国からすれば、表面上の理由に聞こえるだろう。

 俺が特殊なスキルの、現在唯一の持ち主であるのは、他国も知っている。これまではギルドに籍を置いていたため、他国も静観していた。

 だが、ひとつの国の軍に介入するとなれば、話は変わってくる。


「これは私と、三貴族の評議会で決めた事。撤回するつもりはない。皆も知っているだろう、平和の世など常にギリギリの所で成り立っておる」


 しかし、と並び立つ貴族達が、反論を続ける。

 ここにいる王宮の貴族は、その殆どが地方を知らない。

 国の境を守る、軍人貴族と違って、実戦を経験した事のない頭でっかちばかりだ。


「よいか、これは命令だ」


 王の太陽のような視線を浴びて、それまでわめいていた貴族達が、一瞬にして黙った。




 やけに静かだ。

 謁見の間の、耳が痛いくらいの静寂さに、なんだか体も重く感じてくる。

 その異常さに、俺は初めて気が付いた。

 アリスを見ても、その態度は変わらない事から、俺の気のせいかと思えてくる。

 音。そうだ。

 精霊の声が聞こえないせいだ。

 この謁見の間には、精霊が全くいない。いつも無意識に、耳に入る、囁きのような彼らの声。

 普段意識しなければ、雑音として、生活に溶け込んでいる声が全く聞こえない。


「どうかしたかな?」


「……いえ、」


 王の質問に答える最中、酷い耳鳴りに、眉をしかめた。


「例えば、体が重いとか、な」


「これは……城壁と同じでしょうか?」


 俺達の会話を、アリスが不思議そうな顔で聞いている。


「そうだ。この謁見の間には、大掛かりな魔法陣が敷かれている。ここで魔術やスキルを使用する事は出来ない」


 なるほど。

 王の安全を考えれば、当たり前かもしれない。

 城壁と同じなら、精霊が近付けないような呪いや、魔力を封じる仕掛けが施されているのだろう。


「ああ、ちゃんと私や親衛隊は、魔術が使えるぞ。方法は国家機密だがな!」


 笑顔の王に、俺は大きく頷いた。言われずとも、方法など聞かない。

 その右手に嵌まる指輪ってマジックアイテムですよね。ロバートもしてましたよね、とは言わない。

 国家機密が、そんなに分かりやすいとは思わないし、鑑定すれば分かるようなアイテムに頼っているとは考えにくい。

 王都自体が、大きな魔法陣の中にある。大規模な攻撃を防ぎ、王城では、更に魔力を封じられ、王を守る親衛隊は武力公使が可能というのは、かなり鉄壁な守りだと思った。


「話は聞いているが、実際に会うのは初めてだな。オプティマス・アルビオンだ」


 俺はただ頭を下げる。


「魔力量が多いらしいとは、報告で聞いていた。 ロバートが初めて謁見の間に入った時も、魔力封じを直線肌で感じると言っていた」


 嘘だと思っていたが、ロバートが言っていた事は本当らしい、と王が続けた。

 確かに少し体が重い気がするが、これがそうなのだろうか。

 俺が仕掛けに気が付いたのは、精霊がいないせいだが、それを口には出来ないので、沈黙した。


「父上は、とんでもない拾い者をしてきたな、全く。……ああ、ノア君は悪くない。むしろ大歓迎だ。よく我が国に留まってくれた」


 赤の皇女に接触し、ロトス帝国に貴族として迎え入れるから、来ないかと勧誘され、この間は誘拐されかけた事が一瞬で頭の中を駆け抜けた。


「私は、軍を強化する機会をずっと窺っていたんだ。そこに君が現れた。アルブス支部出身で、ここ一年の間に昇格したギルドメンバーの数は、他の支部に比べて二倍以上だ」


 知らなかった。あの頃は、アビリティースコアのスキルを隠して使っていた為、その変化は緩やかだっただろう。


「そして王都での、ステータス焼き付けを始めてから、明らかに、アドバイスを受けた者とそうどない者に、差が現れてきた。君達ギルドと魔法ギルドが、共同で作った教本は、大陸に広まりつつある。ギルド全体のレベルアップは、来る日のためにも必要だ」


教本とは、スキル発現を手助けするアドバイスや、どんな経験をつめばいいかという、方向や基準などをまとめた本である。


「五大国同盟を組んで、三百年あまり。そろそろ、この同盟にもほころびが見えつつある。この大陸は豊かになりすぎた。だが、人が求める欲には、キリがない」


 アリスが、小さく頷いた。


「いくら大掛かりな戦争がないと言っても、国境では日々、小さな諍いが起きている。特に、ここ数年のロトス帝国は、あからさまな態度だ。領土の境目を正すべきだと、言ってきている」


「私の村も、国境が近かった。まだ直接の被害はないが、噂だけは耳にしている」


 戦争が無ければ、人の暮らしは豊かになってくる。

 だが、それ以上の豊かを求めれば、隣の領地を奪うしかない。

 そしてまた戦争が起こる。

 暗黒期があるこの世界では、国が疲弊すれば、そこがほころびとなって、大陸全体が闇に飲まれる事になる。

 それでも、ロトス帝国がアルビオンにちょっかいをかけるのは何故だろう。


「ロトス帝国は、領土が広い割に畑になる土地が少ない。厳しい山岳地帯には、鉱脈がいくつもある。今は貴金属を加工して、他国に売り、どうにか穀物などを輸入しているが、それにもいずれ限界が来る」


 なる程。

 ロトス帝は、近年、代替わりしたと聞く。

 オプティマス王と同年代くらいの、年若い皇帝は、自国の民を飢えさせない為に、恵まれたアルビオン王国の土地が欲しいのだ。


「お互い大規模な戦争をする訳にはいかないから、妥協せざるをえない。 こちらが下手に出れば、相手はどんどんつけ上がる」


 困ったものだ。

 そう言って、深くイスに腰かけ遠くを見つめる王の姿は、若々しさだけではない、思慮深さを感じる。

 その瞳は、先王にとてもよく似ていた。


「そこで、ノア君にやってもらいたい事だが。まずは、近衛兵団を強くして欲しい。貴族は私が黙らせるから、君は近衛兵団を叩き直してくれ」


 確かに、国全部の兵を、いきなり強化できるわけもない。

 だが、俺はただのギルド職員だ。軍の訓練のノウハウなんて、分からない。


「何、やる事はギルドにいた頃と変わらん。直接的な指導をする者は、こちらがやる。君はステータスを見て、近衛兵や私が持つ騎士団が成長するのに効果的なクエストを斡旋してくれればいい」


「しかし、私の言う事に従う者がいるのでしょうか?」


 ただでさえ、プライドの高い貴族に、俺ごときが指令を与えるようなマネをすれば、かなり嫌われそうなものだ。

 それに、メンシス騎士団のステータスを見た時でさえ、嫌がる者がいた。

 身の危険を感じるのは、当然だろう。


「だが、君は貴族にはなりたくないのだろう? 私も君を貴族にするのは反対だ。貴族になれば、その身分に縛られる。ノア君には、貴族や軍を、一歩引いた所から監督してほしいのだ」


「は、はい、陛下」


 その後も王の話は続いた。王の言葉は重かった。

 そして話は冒頭に戻る。


「まずは、近衛兵団のこれからに関する事をまとめた。ロバート、読み上げてくれ」


「はい、陛下。

 一、ステータスを見られるのを拒否する者は、反逆の意志ありとして、処罰する。

 二、ギルドと魔法ギルドが共同で作成した、教本に従って、再度訓練内容を見直す。

 三、近衛兵になるための、体力や魔力量の基準値を設け、基準に達しない者は、原則として近衛兵団に入れない。

 四、現在近衛兵で、三に当てはまる者は、一度見習いとして訓練施設に戻す。ただし、半年で基準に達すれば、復帰を許す。半年たっても、基準に達しない場合は、近衛兵団から解雇する。その場合、もう一度近衛兵団入りの試験を受けるのは自由とする。

 五、また、獣人にも近衛兵団入りの資格を与える」


「強制とは、あまりに横暴ではないですか!」


「獣人を近衛兵に? 他国にあなどられる隙を与えますぞ!」


 王の大胆な発言に、貴族達はいっせいに叫んだ。

 ここで下手に喚くのは、自分の立場を悪くするだけだと思うのだが、最後に付け加えられた言葉は、確かに普通では考えられない事かもしれなかった。


「笑いたい者には、笑わせておけばよい。彼らも我が国民に変わりない。前回の暗黒期は、その力に助けられたのを忘れたか?」


 フラテル教を否定するわけではない。あくまで希望者がいて、そのものが基準に達した場合のみ、採用する。

 そう言って、王は俺を見た。


「王の名の下に、ノア・イグニス・エセックスを、特任練兵顧問に任ずる」


 なんだか物々しい肩書きだが、これは王が俺を王城に置き、守る為に考えた新しい役職だ。

 近衛兵団のポジションに収まるのではなく、兵の訓練にあれこれと口を挟む事ができる。

 期間限定ではあるが、軍事関係では、総司令である王の次に地位が高い事になり、大変都合のいい役職である。


「来る日は近いのだ。すでに各国をまわる調査隊から、いくつも異変が知らされている。ケルベロスの出現もそのひとつと見て間違いない」


 貴族からは、次の暗黒期は、まだこないのではという声も上がっている。ここ何十年かは、十年周期でやって来ていたようだが、その間隔はじょじょに狭まっているのだ。


「前回の暗黒期より、魔物の侵攻は、激しいと予想される。期間もどれくらい長くなるか分からない。暗黒期が終わった時に、王都だけが残っていても意味がないのだ」



王がすごいしゃべる。

この話でまとめたかったのですが、すごいしゃべってまとまりきらなかったので、はみ出た部分は、次の閑話で使いたいと思います。


2015/01/12 修正

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