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獣人街

「ようやく、まとまりましたわ」


 ある日の夕方。

 ラヴァはそう言って、重そうな紙の束を机の上に置いた。

 業務が終わり、事務所でひと休みしていた俺とユージン達は、一体なんだとそちらを向いた。


「言うなれば、スキル習得マニュアルです。習得者の多いスキルは、ある程度どういった経験を積めば、スキルを習得できるのか分かってきましたでしょう?」


 これまで相談者には、俺の聞き取り調査を元にした情報をユージン達に理解してもらい、ある程度の方針を伝える事しか出来なかった。

 もっと分かりやすく、多くの人にスキルを習得してもらうにはどうすればいいか。

 ラヴァは、集まったデータを元に、今分かっている職業の分岐やスキル習得の目安を一冊の本にまとめようとしているのだ。


「スキルと属性魔術の組み合わせに関しては、まだまだ資料が足りないのよね。でも、これで少しは皆さん楽になるのではないかしら」


「すごいです! 本物のスキル指南書ってやつですね」


 ユージンが目をキラキラさせている。

 これまでも、スキル習得の研究本や、師匠と弟子の間に口伝で伝わる方法をまとめた指南書はあったものの、どれも正確性に欠けていたのだ。

 全員が全員、同じ修行をしたからと言って、スキルは習得できるものでは無かった。

 スキルにも属性魔術にも、本人の向き不向きがあるし、何が不足しているのか、何を努力をするべきなのか確かめる術も無かったからだ。


「条件を満たせば、習得できるスキルがいくつもあります。難易度別にも分けてみました」


 これからはずっと、モンスター討伐や、生活の役に立つスキルが習得しやすくなるだろう。

 ラヴァと魔法ギルドの協力に感謝だ。


「じゃあ早速、先王陛下とギルドに許可を取って、各ギルドに配布できるようにしよう」


「ルーク!」


 いつの間にか事務所に現れたルークが言った。

 この男、神出鬼没である。


「やっと王都内の新規登録者の数が減ってきたけれど、まだまだノアさんは忙しい。相談員を育てるためにも、そのマニュアルはかなり重要だ」


 確かに。

 最近は新規登録者より、予約者を見る時間と人数を増やしている。

 王都の新規登録者は、もうあまりいないようだ。

 だが、これからは国内外問わず、各地から人が集まる事になる。

 あいにく俺の体はひとつしかないし、相談員も交代でフル稼働しているのだ。

 マニュアルを各地のギルドに配り、相談員を育てる。

 それが現実的に今出来る事だろう。


「今は無理だけど、いつか誰もが簡単に利用できる指南書を作ってみせるわ!」


 ラヴァが意気込んで言った。


「指南書と言っても、何らかのマジックアイテムにするのが理想ね。スキル情報をすぐにアップデートして、各地に据え置きできる物がいいわ」


 ヒートアップしたラヴァは、研究の鬼と背中に書いてあるようだった。

 きっと彼女ならやってくれるだろう。

 俺も出来るだけ協力するよ、うん。ユージンと目を合わせ頷いた。



「そういえば、今日はどうしたんだ?」


 ルークに向かって俺は尋ねた。ラヴァの資料を取りに来ただけではないと、勘が告げている。


「あ、そうそう。前々から言ってた、三の郭の獣人街に行く準備が出来たんで、お知らせに来たんです!」


「ああ、そっか。結局、三の郭のギルド支部には集まらないんだな」


 王都に住む獣人達が、二の郭にまで上がってくる事は、ほとんどない。

 三の郭にいる冒険者や傭兵は、日雇いの形でクエストを受けたパーティーに参加して金を稼ぐ。

 それは危険な討伐クエストから、魔窟探索や荷物運びまで様々だ。

 正式なパーティーメンバーではないので、報酬は等分されない。

 ギルドカードを持っていても、功績には残らない。

 初心者や人数の足りないパーティーには、使い勝手のいい助っ人である。


「本当は支部で作業してもらいたかったんだけど、なかなか難しくてね」


 ルークが困った顔で唸る。

 あちら側からすれば、ギルドが勝手に決めた事だ。

 彼らはギルドカードを必要としていないのに、わざわざ街から引っ張り出すのは迷惑な話しだろう。

 ならばこちらから出向くのが筋である。


「俺達ギルドが研究のため、お願いするんだ。獣人街側は、場を設けてくれたんだろう? それだけでありがたいじゃないか」


「……ノアさんがそう言うなら。休み明けに迎えに行きます」


 ルークはそう言うと、後ろにひっそり立っていたクインシーをチラリと見た。


「ああ、ハイハイ」


「旦那、本当に分かってる?」


「分かってるって言ってんダロ!」


 クインシーの態度の軽さに、ルークが念押しする。

 面倒そうシッシと手を振るクインシーに、ルークはため息を吐いて帰っていった。




 久しぶりの休みは、ユージンとレンジーを連れて、露天商を見て回った。

 休みの日にも仕事熱心な二人に驚いたが、楽しかったのでよしとしよう。

 明くる日、ギルドの馬車で獣人街に向かっていた。

 馬車には、ルークとユージン、テオとクインシーが同乗している。

 広場に着いた馬車が、ゆっくりと止まる。

 静かなそこには、十五人程度の獣人が俺達を待っていた。


「本日はこの場を設けて頂きありがとうございます。ギルドより参りました、ノア・エセックスです」


 馬車を降りた俺は、輪から少し外れた場所に立っている、リーダーらしき獣人に礼をした。


「……なぜ、私などに礼を」


「あなたがリーダーなのでは?」


 あれ?間違えただろうか。

 彼は鷹の獣人だった。

 獣人の中では、鳥の獣人は賢く位が高いものとされている。

 鷹の獣人は特に、強さと賢さを兼ね備えた性質を持つのだ。


「いかにも。私がこの街の守護者、タロンです。……ノア様、本日はご足労頂きありがとうございます」


 何故か様付けされ、俺は不思議と首を傾げた。


「皆、出て参れ」


 タロンがそう言うと、どこに隠れていたのか、獣人達がわらわらと広場に集まり出した。


「ノア様だ」


「ほんもの?」


「ノア様!」


 急に現れた獣人達に、ルークやクインシーが警戒する。

 俺はといえば、獣人達から寄せられる、多くの好奇の目に後退りした。

 タロンが俺の前に立つ。

 輪になっていた獣人達も、タロンの後ろに整列した。

 その頃には、広場は老若男女、様々な獣人達で一杯になっていた。

 つい先程まで静まり返っていた広場が、今はざわめきで満ちている。


「我ら街に住む獣人は、あなたの存在を希望としているのです。獅子王の息子よ」


 タロンはそう言って、膝を着いた。広場の獣人達も、一斉に同じように膝を着いて頭を下げる。

 その先にいるのは俺だ。

 何が起きているのか理解できず、俺はただ目を見開くばかりだ。


「私は、エセックス辺境伯にお世話になっている身ではありますが、血縁ではないのです」


 自分が頭を下げる事には慣れていても、かしずかれる事などこれまで無かったのだ。

 タロンが立ち上がり、分かっていますと嘴をカチリと鳴らして微笑んだ。


「意志を継ぐものよ。これは我らの勝手。獅子王を魔の手から守って下さった礼がしたかったのです」


「はあ……」


「本当は街に出向いても構いませんでしたが、きっとあなたは望まれないでしょう」


 ギルドの支部で同じ事をされたらと思うと、俺は血の気が引いた。

 目立ちすぎる。

 そしてきっと、獣人達が人族に反旗を翻すのではないかと誤解される。

 そしてどう見てもその頭は俺という構図。なんて悪い夢だ。


「我らは人族を襲うつもりは無い。領分をわきまえていれば、我らが何かを仕掛ける事は、これからも無いでしょう」


 タロンは両翼を広げた。


「ただし、王国側も分かって頂きたい。我らは持ちつ、持たれつ。これからもそういった関係を続けていきたいのだと」


 それは多分、この場にいる王国側の人族、ルークに向けられた言葉だろう。


「さて、言いたき事は言った。我らはあなたに協力する。ご指示を」


 カチリと鳴った嘴に、俺は頷くしか出来なかった。


 それからはスムーズに事が進んだ。

 参加する者にはギルドカードを配り、列に並んでもらう。

 データは着々と溜まっていった。

 参加しない者も、興味深そうにこちらを覗いていた。

 一度休憩を取った時だ。

 クインシーがニヤニヤと笑って話し掛けてきた。


「人気者じゃネーか。お前がその気になりゃあ、獣人を集めて戦争ができるな」


「……クインシー。ありえない事を言わないでくれ」


 冗談じゃない。

 誰と誰が戦争するって言うんだ。

 俺が努めて静かに否定すると、ハイハイと手を振って、クインシーはどこかに消えた。


「あの、」


「……はい、どうしました?」


 振り向くと、子供連れの女の獣人が立っていた。


「この子、ゾーイと言うんです。どうか良かったら……」


 そう言って女は子供を抱っこして、その子供の頭を差し出してきた。

 犬の獣人らしいゾーイの頭には、緊張しているのか、ペタンと三角の耳が張り付いている。


「ああ。ええっと、ゾーイに良きことがありますよう」


 笑って俺はゾーイの頭を撫でた。

 ゾーイの耳がピンと立ち上がり、尻尾がゆらゆらゆれる。

 俺もよくナイジェルにしてもらった。獣人の仲間内でよくやる挨拶みたいなものらしい。

 俺なんかでいいのかと思ったが、母親もゾーイも満足そうなので気にしないでおこう。


「ありがとうございました! ノア様にも、良きことがありますよう」


「あなたにも」


 バイバイと手を振るゾーイに、俺も笑って返した。

 その後も何人かに同じ事を頼まれた。


「おや、アモルですか。私にも、やって頂けますか?」


「え!」


 様子を見ていたらしいタロンが、突然そんな事を言うものだから、思わず声に出して驚いた。

 アモルとは、あの挨拶の事だ。


「いや、冗談。あなたに良きことがありますよう」


「……タロン殿にも、良きことがありますよう」


 子供は頭を撫でて、大人は言葉のみで。

 アルブスの街ではたまに見掛ける光景だった。知らずにいたら、タロンの頭を撫でていたかもしれない。良かった。


 休憩も終わり、希望する全員を見終わった俺達は、帰り支度を始めていた。


「今日はありがとうございました。データは大事に利用させて頂きます。この街の方がスキル相談できる場も、作りたいと思います」


「ご無理はなさらず。我らが目立って強くなっては、心穏やかでいられぬ者もいるでしょうから」


 タロンは遠く城の方を射抜くような眼差しで見つめた。


「だが、あなたへの協力は惜しまない。何かあれば頼って下さい。我らが、きっとお役に立ちます」


 タロンはそう言って締め括り、ギルドへ向かう馬車を見送ってくれた。


こういうお話が書きたかったんですけど、だいぶ引っ張ってしまいました。


2015/01/12 修正

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