スカウト
巡検3は次話に続きます。
「お前、俺が弱いって言いたいのか?」
隣から聞こえてきた不穏な声に、つい耳をすましてしまった。
右側の窓口で、相談員のルシオラが、慌てずに丁寧に否定している。
だが、いくらルシオラが言葉を尽くしても、男の怒りはおさまらないようだ。
「じゃあ、この数字が間違ってるんじゃねぇのか? なぁ、もう一回やり直してくれよ」
ああ、うん。
何となく分かった。
男の言いたい事を簡単にまとめると、男は自分のステータスの数値が気に入らないのだ。
ルシオラが参考までに、体力と魔力の平均値でも言ったのだろう。
「申し訳ございません。もう一度この制度を利用するには、改めて予約して頂かなければなりません」
「予約? 今ちょっとそこに並べばいいだろ? 間違ってたら、そっちのミスなんだから」
今ちょっとそこに並ぶって。
ギルドの外で待っている人はどうするんだ。
完全に、割り込ませろと言っているのと同じだ。
俺は何となく隣の会話を聞きながらも、目の前の新規登録者を次々とさばく。
その間にも、男の態度は悪くなる一方だ。
まず、ステータスの焼き付けに失敗した事はこれまで無い。
数値が本当に合っているか間違っているか。
それは、はっきり言って分からない。前例が無いのだから、仕方ない事だ。
これは推測だが、数値が間違っているとしたら、これまで見た全員が間違っているという事になる。
例えば魔力が十の人が二人いるとする。
俺以外のスキル持ちが現れて、魔力は二人とも三十だと言うかもしれない。
その場合、数に違いはあっても言っている事は同じだ。
俺ともう一人のスキル持ちの基準の数値が違うだけの話しである。
結局、確かめる術は今の所ない。
スキルが失敗せず、ステータスがカードに表示されているなら、ひとまずはそれを自分の暫定的な数値だと納得してもらうしかない。
ひとつの目安として考えてもらうしかないのだ。
その辺は最初に同意書にサインを貰っているはずなのだが、男は理解出来なかったようだ。
「なあ、あんた。ちょっと退いてくれよ」
焦れた男が、俺の目の前の新規登録者のお兄さんに圧力をかける。
予約すると三十日待たなければならないと聞いて、嫌気が指したのだろう。
若いお兄さんは、荒っぽい男の様子に、すぐにその場を明け渡してしまった。
右側を見ると、いつも穏やかなルシオラが流石に引きつった顔でこちらを見ている。
「申し訳ありませんが、」
「なあ、いいじゃねぇか。すぐ終わるだろ」
この男の厄介な所は、直接手を出してこない事だ。
掴みかかろうとでもすれば、すぐに職員が引っ張り出してくれるだろうに。
一応それは最終手段なので、セリフを遮られても、めげずに笑顔で続けた。
「同意書に明記してある通り、更新をご希望される場合、いかなる事情でも予約が必要です」
言えば絶対怒るだろうが、更新には手数料がかかる。
「そっちのミスだろう? 何日も待たせるのかよ」
完全にこちらのミスと断定した言い方に変わった。
きっとこの男の中では、そうなんだろう。
ここでもう一度見るのは簡単だが、そうすれば同じようなやつが次々と現れる。
それでは困る。
「通常、更新には手数料がかかりますが、そちらを無料とさせて頂きます。どうでしょうか?」
だから、もう帰ってくれ。
無料と言う言葉に、男は少し考えたようだ。
三十日でどれだけ成長できるかは本人次第だが、魔力・体力の数値が急激に上がる事はないと思う。
「更新の際、数値に大幅な差がありましたら、謝罪致します」
俺はなるべく申し訳ない、と言う顔をしながら言った。
「本当だろうなぁ」
「はい、心からお詫び致します。重ねて申し訳ありませんが、更新の際、納得のいかない数値だったとしても、」
「分かったよ。文句言うなってんだろ」
男は、俺のセリフをまた遮ったが、ようやく引き下がる気になったらしい。
ギルドからのお詫びに金を要求しよう、とか考えているのだろうか。
心からお詫びはしますが、特に何も差し上げませんよ。
ただの口約束だしな。
俺は上機嫌で帰って行く男の背中を生ぬるい笑顔で見送った。
「大変お待たせしました。どうぞ、再開しましょう」
様子見していたお兄さんが、ああ、と呟いてカウンターに戻ってきた。
「よろしく」
名前はキミーか。
彼が気の短い男でなくて良かった。
いつものように、スキルを発動させる。
「あ……」
「え、何?」
驚きを思わず声に出してしまった。
キミーは特殊なスキルの持ち主だったのだ。
俺はカードをキミーに見せて、質問する。
「こちらをご覧下さい。もしかして、今まで発動された事がないのでは?」
「お、俺がスキル持ち? そりゃあ無いよ。今まで知らなかったんだから!」
キミーが驚きに満ちた表情で、カードを握った。
「後日改めて、お時間頂けませんか? 特殊な事例ですので、直接私が相談の担当をさせて頂きたいのですが……」
「え?」
「もし職をお探しでしたら、斡旋の方も力になりますので」
キミーはまだ混乱から抜け出せていないようだったが、職と言う単語にとりあえず頷いた。
「良かった。では、二日後の昼、ギルドに来て頂けますか?」
「わ、分かった」
これまでに、こうして直接俺が声を掛けた人は、キミーも入れて五人程度。
一応、宿泊先などを聞いておいて、改めてギルドに来てもらう事にしている。
特殊なスキル持ちや素質持ちは、スカウトして適性のある仕事に斡旋する。それも俺の仕事だ。
キミーを見送り、数人さばいた所で、午前の業務が終わった。
「お疲れ様です。先程の対応は、私のミスでした。申し訳ありません」
終了と同時に、ルシオラがやってきて、俺に謝った。
「ルシオラのせいじゃないよ。お疲れ様」
俺は気にしていないと、手を振った。
「ナイスフォロー。俺だったら挑発してとっとと出入り禁止にしてる」
反対側からもう一人の相談員、テオが来て言った。
「はは。出入り禁止は最終手段だよ。初めての事だから、理解を得るのも大事な仕事だと思うし」
まあ、たまに言葉が通じない人もいるけれど。
頬をかきながら俺が言う。
「まあ、確かにな。なるべく説得すんのも仕事か。オーケー、ボス。努力はする」
俺の肩を軽く叩いたテオは、昼飯を食べにギルドを出て行った。
「私も、努力します。失礼します」
ルシオラは、きっちり一礼して去っていった。
テオとルシオラは、同じ時間帯で仕事をしているが必要以上に話さない。
まだよく掴めていないが、ルシオラのキッチリした姿勢とテオのユルい態度は正反対だ。
今の所、二人とも大した衝突は無く、仕事は仕事と割り切って働いているようだった。
「あ、昼飯食べよう」
早く食べないと、ギルドの馬車の迎えが来てしまう。
今頃魔法ギルドでは、ラヴァのまとめたデータをユージンとレンジーが必死に読み込んでいるだろう。
馬車は一度魔法ギルドへ寄り、彼女達を拾ってから、メンシス騎士団へと向かう予定だ。
シュテルン家の執事であるクラウスさんが、お弁当を渡してくれたので、今日の昼は事務所でとる事にした。
件の弁当は、包みも入れ物もやたらキレイである。
この弁当、昼休憩時に外出するのを面倒くさがった俺が、弁当があれば、とこぼした事から始まった。
アルブスにいた頃は、自由気ままだったので食堂を利用したり、弁当を自分で作って持ち込んだりしていた。
今は屋敷に住まわせてもらっている身だ。自炊もできる雰囲気じゃない。
やたらと外出するには、護衛のクインシーにも悪い。
話しを戻すが、弁当を知らないらしいトリスタンに質問され、携帯食料がうんぬんと話している内に、執事のクラウスさんが気を回して作ってくれたのだった。ありがたい。
「……弁当ってレベルじゃない」
蓋を開けると、素晴らしい料理の数々が整理されて収まっていた。偏りもなく、完璧である。
「いただきます」
クラウスさんの弁当は、とってもうまかった。
後で必ずお礼を言おう。
2015/01/12 修正




