トロイメライ 5
「キューの旦那。ノアさんの事、よろしくお願いします」
「お前に言われんでも分かってるっつーの」
手当てをすませたルークが言うと、クインシーが手をひらひらさせながらも了承した。
女魔術師達は馬車に乗せ、ギルドへ輸送する事になっている。
俺とユージン、護衛のクインシーは、いつもお世話になっているトムさんの馬車に乗って、ギルドへ向かう。
「ルーク、無理するなよ」
「大丈夫ですよ。ちょっと後始末したら、俺もすぐギルドに向かいます」
俺の言いたい事は分かっているくせに、ルークはわざと分かろうとしない。
いつもは、俺の無茶な頼み事を聞いてくれるルークだが、彼の一番の主は先王だ。
先王の命令が何より優先されるのだろうから、いくら俺が休んでくれと言った所で、聞き入れられないのだろう。
「さぁて。準備はいいか?」
リーダーの呼びかけに、俺達は頷いた。
シュテルン家の屋敷に、ギルドの大きな馬車が止まっている。拘束された女魔術師達が、順番に馬車へと入っていく。
「……? なんか、変な感じがします」
ユージンが唐突に呟いた。
「どうした?」
「えっと、何か足りないような……」
本人もはっきりと分からないが、違和感があるらしい。
俺はユージンに、危険察知のスキルを使用してみればと提案した。
「ああ! 仲介人、仲介人がいません!」
「え……?」
改めて馬車を見る。
女魔術師、助手、そして調査課のメンバーが荷台に乗っている。
そこに仲介人はいなかった。
「おいおい、マジかよ」
リーダーが水晶で他の仲間と連絡を取り合う。
そんな馬鹿な。これだけの人が警戒していて、どうやって姿を消せるんだ。
クインシーですら、気がついていない様子だった。
それは流石におかしい。
「いた! 裏手で騎士さん達が捕まえてくれたってよ!」
リーダーが仲介人の行方を掴んだ。
どうやら仲介人は屋敷の裏へと逃げたが、見張っていたソル達に捕まったようだ。
しばらくすると、ソル達が馬車の方まで、仲介人を引きずって来た。
仲介人は手だけではなく、足と口を縛られた姿で登場した。
唯一目だけが動いて、辺りを見回している。
「残念だったな、仲介人さんよ」
フランがにんまりと笑って、仲介人をリーダーへと突き出した。
「ありがとう、助かった」
リーダーが代表して、ソル達に礼を言った。
また逃げられたらたまらない。
俺はスキルを発動させて、仲介人に触れ、ステータスを読んだ。
「なる程。目眩ましのスキル持ちか。どうりでみんな気が付かなかったわけだ」
仲介人の目がギョロリとこちらを向いた。何故分かったと言う顔だ。
わざわざ説明する気もない俺は、その視線をまったく無視して、ユージンに言った。
「ユージンのおかげで気が付いたよ。スキルのレベルが上がったようだな」
「え! 本当ですかノアさん!」
危険察知のスキルレベルが上がると、意識している間はずっとスキルを使用できるようになる。
これまでワンポイント使用だったものが、意識している間は、ずっと辺りを警戒できるようになる。
今の所、無意識のようだが、その内もっと使いこなせるようになるだろう。
仲介人が目眩ましのスキルを使ったのは、リーダー達が突入した直後だろう。
あの場にいたみんなの意識が、女魔術師達に向いていた時だ。
しかし、ソル達はあの場にいなかったので、仲介人の姿を見つける事ができた。
そう言えば、偽物の腕輪に掛けられていた目眩ましも、仲介人の仕業かもしれない。
上手に使えば勝手の良いスキルだな。人にも物にも使用できて、範囲や時間も自由らしい。
その代わり、効果は簡単に解ける。
ユージンに指摘されれば、すぐに仲介人の存在を思い出せたように。
「足を縛ってりゃ、逃げるのは難しいだろうが。一応、やっとくか」
リーダーはそう言って、仲介人と女魔術師や手下達にも包帯で目隠しをした。
「よし。とっととギルドに向かうぞ。そろそろお偉方がいらっしゃる」
ギルドの馬車に乗り込んだリーダーにならって、俺達もトムさんの待つ馬車へと向かった。
「――と言う事で、女魔術師とその手下には、何の力もありません。全ては腕輪の能力です」
ギルドの大会議室。
そこは異様な雰囲気に包まれていた。
上座には王宮魔導師が座り、その右手後方に近衛兵が控えている。
ギルド本部長やリーダーも比較的前の席に座っていた。
左手の壁に沿って、目隠し、猿轡、手足を縛られた女魔術師達一味が立たされている。
俺は下手で、ユージンやラヴァ、ネスタと共に、今回の事件について説明を行っていた。
そうは言っても、さっきから一方的に俺が話していると言うのが現状だ。
証拠や証言をまとめた報告書もある。
はっきり言って、魔導師の出番は無かった。
「この腕輪の名は『トロイメライ』と呼ばれていましたが、それは能力を発動させるためのキーワードです。 本当の名前は、『アルプトラウム』。キーワードに反応して、装着した者の魔力を喰い、無理に奇跡を起こしていたのです」
俺が腕輪の能力に気が付いたのは、ルークの生命力が減っているのが見えたからだが、それを話す訳にはいかない。
鑑定士のスキルで解析した結果、アイテムの能力が分かったと言う事にしている。
ネスタは被害者の遺族として、その悪辣な手口をみんなの前で証言してもらった。
「なんの罪もない被害者から、全てを吸い尽くそうとしていたんです。商人、仲介人、女魔術師、金貸しが全員グルなのです」
そして、事態を把握していない金貸しの元締めが、今からギルドへやって来る。
ギルドが仲介人になって、ネスタから金を返すようにするから、ギルドへ来て欲しいと言って、上手くおびき寄せたそうだ。
「失礼。私から金を借りたのに、いつまでも返さない不届き者をギルドが裁いてくれると聞いて参ったのだが、」
「マクスウェル卿」
堂々と会議室に入ってきた貴族らしい男は、いきなりペラペラと喋り出し、壁に立たされた一味を見てやっと動きを止めた。
「な、なんだねこれは! 私は何も知らないぞ。帰らせてもらう!」
まだ何も聞いていないのに、自分から何も知らないとは。
色々知っていると教えているようなものだ。
俺は、男の目が仲介人を見た瞬間見開かれたのを見逃さなかった。
回れ右するマクスウェル卿とやらを近衛兵が取り囲む。
マクスウェル卿が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ぶ、無礼者!」
「マクスウェル卿。話しは王宮でお聞きします。ご同行願います」
近衛兵の中から、立派な騎士姿の男が歩み出た。
その男の顔をみた瞬間、マクスウェル卿は、今度は真っ青になって座り込んだ。
俺は最初、近衛兵は魔導師に花をそえるための、おまけで付いてきたのだと思っていた。
しかし、この騎士はただのおまけではない。
近衛兵とは、王宮を守る全部の兵の総称だ。
その中でも近衛騎士は、近衛兵をまとめるエリートだ。
この騎士は、そんなエリートの中でも更にエリート。王直属の近衛騎士らしい。
なんでそんなすごい騎士がギルドにまで足を運んだのか分からないが、そんな騎士に睨まれたら、中流の貴族など相手にならないだろう。
近衛兵に運ばれて行くマクスウェル卿の背中は真っ白に燃え尽きていた。
赤青白と、忙しいやつだった。
これで一件落着だろう。
後の細かい取り調べは、王宮がやってくれる。
ネスタも店を失わずにすむだろう。
女魔術師達も次々と引きずられていく。
それを横目で見ていると、目の前に立派な鎧が見えた。
「君が、ノア・エセックスか」
「……はい」
クインシーが俺の後ろに張り付いたのが分かった。
エリート騎士が俺に何のようだろう。
「そう警戒しなくても、何もしない。ただ王より、君を見てこいと言われてね」
「! ……そうですか」
騎士の目的は俺だった。
先王陛下の指示で俺は動いているが、それを現王はどのくらいご存知なのだろうか。
まさか、危険視とかされていないよな?
「ロバート様。帰城の準備が整いました!」
「ああ、いま行く。ご苦労」
ロバート様と呼ばれた騎士は、俺をもう一度見下ろすと、小さく笑った。
「また会う事もあるだろう。今日はこれで失礼する」
「あ、はい。ご足労、ありがとうございました」
何を考えているのか、全く分からない目をしていた。
また会う事もあるだろうって、そんな機会は正直訪れて欲しくない。
背筋が震える。
「ふん。いけ好かない目をしたヤローだったぜ。気にスンナ。俺を誰だと思っていやがる」
クインシーの手が、力強く肩を叩いた。
とんでもなく痛かったが、心強かった。
後日、一味とマクスウェル卿を尋問した結果が、ギルドにも簡単に伝えられた。
一連の詐欺の手法を考えたのは仲介人で、金に困っていたマクスウェル卿が仲介人の話しに乗り、今回の事件に発展したそうだ。
女魔術師は、大した力もない占い師だそうだ。
儀式の雰囲気と、仲介人の目眩ましで場を乗り切っていたらしい。
ネスタは無事に、店の権利を取り戻した。
多くの金と、母の命は戻ってこない。
それでも、ネスタは俺達に感謝の言葉をくれた。
こうして『トロイメライ』事件は終わった。
2015/01/12 修正