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なるほど、壁際を丹念に調べまわるその動きは、獲物の匂いをたどる猛犬さながらだ。鼻先で土の表面を撫でまわるように、黒い機器が白い壁を撫で回す。
彼が猟犬なら、この男はさしずめ猟師といったところだろうか。間宮はさして面白くもなさそうに、再び手袋の毛羽をむしっている。
「ありましたか?」
猟師の号令で犬が動く。少し離れた壁面を探り始めた太刀洗の表情には心なしか焦燥が浮かんでいた。
「ねえ、見つけられないんですか?」
「少し黙っていろ!」
両膝をついて、男は床に近い壁を丹念に機器で舐める。
できの悪い猟犬に失望した猟師のように、間宮はこれ見よがしなため息をついた。
「この部屋には『盗聴器』なんか仕掛けられていないんですかねえ?」
ぎょっと体を震わせた猟犬は、大きく伸ばした腕を部屋の中央に向ける。
ノイズ混じりの反応音が機器から響いた。
「はじめっからそうしていればいいんですよ」
猟師が猟犬を窘める。
「部屋に飛び交う電波を探し出すのなら、まずは立体である『空間』から始めるのがセオリー。なのにあなたは、いきなり壁という『面』から探り始めた。空間を探ってはまずいことでもあったんじゃないんですか」
猟犬は声を低め、猟師に牙を剥く。
「お前こそ、この部屋に仕掛けられているのが『盗聴器』だと知っていたんだな」
「ああ、これ?」
間宮はポケットから何かを包み込んだハンカチを取り出した。無造作に投げ出せば、床に小さな黒い立方体が散らばる。
「そうだ。これも、そうでしょ?」
壁際に歩み寄った間宮は、延長コードを指先だけで摘むようにして引っこ抜き、太刀洗の前に放ってやった。
太刀洗は大きな猟犬さながらの動きで床に跳び、己の失態を拾い集める。
「あなたはこのうちのいくつかをいかにもしたり顔で『探し当て』て、それでお茶を濁すつもりだったんでしょうね」
這い蹲った男が、鼻先を憎しみに歪めて間宮を見上げる。
「手前ぇ、知っててわざと俺を呼んだのか」
「ええ。誰かを糾弾するつもりなら、それ相応の確証が必要ですからね」
「くそっ! このクソガキが!」
延長コードを手繰り寄せる背中が明らかな怒りに震えている。
八尋は呆れた。
「あんた、さっき『個人情報に関するガイドライン』とか言ってなかったっけ?」
「仕事上知り得た情報を漏洩するような愚は冒さない。これはプライベートで取り付けたものだ」
その態度には罪悪感も、それに伴なう反省もない。
「だいたい、お前が悪いんだ。俺はユヅキが高校生だったころからずっと見ていたんだぞ。それを横から掻っ攫っていきやがって!」
猟犬は、ついに獲物を見つけた。