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……第一印象は『可愛らしい』だった……
入試に青春をかけた反動なのだろうか、不器用な化粧が多い。白粉がどぎつく香る講堂の中で、肩までの黒髪を揺らす彼女の周りだけが楚々としていた。
「大丈夫? 顔色、悪いけど」
突然話しかけられてどぎまぎしたことを、今も覚えている。
だが、心配そうに差し出された手から、間宮は大きく身を引いた。
「さっ! 触らないで!」
雪月があわてて手を引っ込める。
「あ、ちが……う、心配してくれたのは、ありがとう……ですけど」
間宮は手袋で覆った自分の手を見せた。
「けっ……ぺき……なんです」
黒髪がふわりと揺れて、彼女が首を傾げる。
「触らなければ、平気?」
「ああ、うん」
「じゃあ触らないようにするね。それより、具合は?」
……それがきっかけで彼女とは親しくなった。
体が触れないように注意しながら、それでも隣で何くれとなく話しかけてくれる雪月の存在が、どれほど間宮を癒したことか!
自他共に認める友人の立場を、彼は手に入れた。だから他の男に奪われるまで気づかなかったのだ、雪月に対して抱いていた本当の気持ちに。
夏季休業が始まるころ、雪月は一学年上の男と付き合い始めた。間宮にそのことを告げたのは、律儀にも親友としての義務だとでも思ったのだろうか。
「彼氏ができたの」
「へえ、オメデト」
そっけなくしながらも、胃の辺りに何かがこみ上げる。
「けっこう積極的な人でね、きっ! キスとか、されちゃった」
「ふうん、それはそれは」
なんだか彼女が汚れ物になってしまったようだ。他の男の唾液にまみれ、さぞや汚物じみた存在に……そう思いながら顔を上げれば、くるりと黒目がちな彼女の瞳が目の前にあった。
(ああ、汚れてなんかいない)
恋する力というものなのだろうか。より優しく、暖かみを増した瞳。
(でも、僕にはできない)
間宮の潔癖は悪質だ。自分の唾液ですら汚物のように感じて、時々吐き戻す。
心では目の前の愛くるしい存在をどれほど欲していようとも、体が受け付けはしないだろう。自分の大事なものに唾液を擦り付け、排泄された体液で汚すなどという行為は……
ならばせめて友人として傍に居ようと、間宮は決めた。